第五章

 朝、駅に向かう道の途中で太陽はいつものように私を照らして、アスファルトの照り返しはいつものように私を照らした。今日はいつもよりふたつ手前の横断歩道を渡ったので、比較的見慣れないものを見ている気持ちになる。まずインドカレー屋の前を抜けた。その次に焼鳥を看板商品にしている居酒屋の前を通った。そして次にラーメン屋の前に差し掛かった時、私はここに越してきた半年前に、荷物の整理を終えた後の深夜の入り口頃、一回だけこのラーメン屋に来たのを思い出した。味はまぁ普通だったが、夜遅くまでやっているのと、雰囲気が気に入ったので、また来ようと思ったのを覚えている。けれどもその時私は一人暮らしを始めたてで、そして初月のみの仕送りもあったので金銭感覚が少しずれていたからそう思えた。社会人一年目一人暮らしにとって、ラーメンの八百五十円は少し高かった。そういえばさっき通ったインドカレー屋も、同じような時期に同じような経験をして同じように行かなくなったのを思い出した。少し落胆して歩み、その後に通った喫茶店と私の関係性も同じようなものになっているのに気が付いた。ついに一瞬、何のために働いているのかわからなくなった。駅まで歩くために働いているのだと思った。それは違った。


……


 私はまたこんなようなこと、今日駅に来るまでのこと、を今日は駅のホームで思い出して、この汗と不快とその原因とについて考えていた。シャツはまた汗で、ジャケットの中で蒸されていた。、ジャケット?そうか、私が暑いのはジャケットのせいだったのか。この暑い日にジャケットを着て、日差しの溢れんばかりのエネルギーを矢鱈と取り込んでそこに押しとどめているからだ。ではなぜジャケットを着ているのか、この真っ黒いジャケット、私が持っているジャケットはこれしかなかった、毎日何も考えずにこれを着ていた、前に洗ったのは、、、たしか一か月前、クリーニング代をひねり出して洗った、それ以来は何もせずに、脱ぎ散らかして、拾い上げて、また着て、汗をかいて、、、そういうことを繰り返して、生きていた。そういえば職場の同僚達は皆半袖のシャツを着ていた、ではなぜ私はそれを着ていないのか、それは持っていないからだ。半袖のシャツを、持っていないからだ。持っていないというか、買っていない、買えていない、金がなかった、それはなぜ持っていないのか、誰が悪いのか、それは私が悪かった、でも節約はしている、金がなかった、とにかく、


気付いたら電車にいた。




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