第四章

 母の実家から帰る電車の中から、馬鹿みたいに雨が降るのを眺めていた。日曜日の夕といえども電車は中々に混んでいて、座ることはおろか余裕を持って立つこともできなかった。背に知らぬ男の肉が当たる。これは当然あまり好ましいことではなかった。

 私にしては珍しく、ワイヤレスイヤホンをつけていた。電車が満員になりそうで、スマートフォンをいじる余裕も産まれないことを察して、折角の帰省の帰りだからと何かの娯楽を求める私がホームで鞄の底から取り出したのだった。充電はまだ少しあった。ミュージックアプリのホームに映った適当なアルバムだかプレイリストだかを選んで押したので、イヤホンの中では全く知らない男性歌手が、大分高めのその声で必死に歌っていた。「もう要らない もう要らないよ 君の他にはなんにも要らないよ」、私はその歌詞を聞いて、ずいぶん長い間忘れていた恋という感情を思い出した。正確に言うと、恋をしていた自分を思い出した。私の中の恋という感情はもうあまりに腐っていて、とても賞味できなかった。中高生の頃にも幾分か恋愛はしたけれども、彼氏ができたのは大学生の時に一度だけだった。私は今思えば恥ずべき役職、ラクロス部のマネージャーになって、一年生の時に、三年生の先輩と付き合って、馬鹿みたいに処女を散らした。彼はセックスの時、嘘みたいに不快に私の胸を揉んだ。これは全部が恥ずべきことだった。私はあまりにも暗愚で、浅はかだった。その時、「急停車します、ご注意ください」とアナウンスが鳴って、電車が大きく揺れた。その反動でドロリと経血が漏れた。私は驚きの後に、急停車の振動によって、元より歪な隊列の崩れた車内の人々が後方から順に姿勢を直す波に呑まれて、同じように体を動かした。直した姿勢は急停車前よりずいぶん不快に思えた。その時、窓の外に大きな川とその河川敷、そこに架かる橋と、その全てに降り注ぐ雨が見えた。天気は泣きたい私の代わりに泣いてくれているようだった。私は泣いたかもしれなかった。天気だけが私に寄り添ってくれていると思った。

この孤独は私の悪い癖だった。




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