第三章

 いとこの結婚式に呼ばれた。母親は三姉妹の次女で、長女の娘の結婚式だった。煌びやかに始まり、華やかに終わり、翌日の今日、私達親族は片付けをすませて母の実家に移り、暑さもまだいない朝方に墓参りを済ませ、居間の絨毯の上に座ってくつろいでいた。母方の祖父母はもう亡くなっていたが、こうして親戚で集まったりする時には毎度ここを使っていた。大分山奥の田舎だけども、いい町だった。この家の面する道路の先を望めば、大きな山が見えた。いい町だった。自然は好きだった。

 母達三姉妹は緑茶を飲みながら談笑し、その朗らかな声達を波のように繁く響かせていた。私の父は仕事でいなかったけれども、叔母二人の夫はその場にいて、それぞれの妻の少し後ろに座って時々三姉妹の会話に口を挟んでいた。新郎新婦はいないけれども、そのせいで却って彼らの話の種はずっとそれだった。その場にはその五人と、私と、新婦の妹、つまり母の姉の娘と、母の妹の息子がいた。息子はまだ十二歳だった。彼は黒いブックカバーに包まれた厚めの文庫本を読んでいた。新婦の妹がその十二歳に何を読んでいるのかと問うた。その十二歳は芥川龍之介を読んでいるのだと答えた。ずいぶんませたガキだと思った。その文庫本を一瞥して、後に続く会話の内容をうすぼんやりと聞きながら、天井に吊るされた電灯を眺めた。この場で会話に参加していないのは私だけだったけれども、私はそういった状況があたかも自分で意図して生み出したものであるかのように振る舞うのに慣れていたから、それは苦ではなかったし、今回もその試みは成功しているように思えた。

 昼食に母達三姉妹がつくった炒飯を全員で食べて、片付けを済ませると、紳士二人は寝室かどこかに引き上げ、残った婦人達の茶会がまた始まった。例の十二歳は、また同じ黒いブックカバーの中のある一点に視線をうずめていた。その時私ははっきりと見てしまった。彼はまだ昼食前と全く同じページを読んでいたのだ。私はその一瞬間に、以前母がリビングで父に、この十二歳がいくつも中学受験に落ちたこと、三歳まで一言も喋らなかったこと、親の目を盗んでこっそり青年漫画を買うこと、などについての噂話をしていたのを全部一気に思い出した。その後私の目には急に、この十二歳が軽蔑を通り越して憐みを向けるべき対象であるように映った。彼は上から私達のレースを眺めている気でいるのだろうが、彼はただスタートラインのずっと後ろにいて、ただ参加資格がないだけだった。そのように感じられた。私はこの恍惚を抑えるべく、膝を抱え、少し体をくねらせた。その間顔を少し横に向けて、流れる髪の間から彼の、顔を眺めた。私のその垂れた髪が簾代わりになって、私の微笑が人の目におおっぴらに晒されるのを防いだ。私はその私の性格の悪さに、今や唯一の中学時代の名残を感じた。それはもちろん守るべきものであった。私はこの性格を留めていたことを誇らしく思った。これらのことを考えている間も、ずっとこの糞ガキのことを見下していた。それも当然、ずいぶん誇らしいことだった。




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