第二章

 朝にじりじりと日が照った。そのせいで汗をかいた。電車の中で叫びだしたくなって、それをやめて、泣き出したくなったあとに、それもやめた。それは毎日同じだった。いつから始まったことかはわからないが、毎日同じだった。私は朝家を出てからこの電車に乗るまでのことを思い返してみた。そこにこの不快感や絶望感の原因があるかもしれなかった。

 朝、いつものように少し焦って家を出た。私の住むマンションの生む影を抜けると日が照るのを感じた。分けた前髪の間から覗く額と括った髪の側のうなじに日が差し、汗が滲み、数秒もして心地よい熱さを通り過ぎて肉の焼け始めるのがわかった。

マンションの隣の駐車場の横の道路を歩く間はそれが続いて、次にアパートの影に入った。すると日が当たらなくなった代わりに、先程にかいた、下着とシャツの間、シャツとジャケットの間の汗がずいぶん気になり始めた。歩いて上半身が少し揺れる度に、首元や袖口の僅かな隙間から蒸気が出るような感じがした。自分の臭いや汗というのは自分からすれば幾分愛らしいものであるから、それは悪い心地がしなかった。けれどもシャツの悪い着心地は気になった。汗が染みてジトジトしたシャツ、それは体にまとわりつく不思議な膜のようだった。アパートの影の中、日差しは当たらないけれども、それゆえ蒸されることに気持ちが支配される。私の少し大きな胸の、下の汗が気になった。

アパートの影を抜けるとそこは曲がり角で、いつも左に曲がる。今日もそうした。そこからは一直線に進むと踏切があって、その右に駅がある。この三分ぐらいの一本道は南東に面しているので、朝の間はずぅっと太陽に照らされている。それは夏において非常によくないことだった。少なくとも私にとってはそうだった。子ども二人が自転車に乗って私の横を大声で話しながら抜けた。頭がくらくらしてきた。私はつい半年前まで学生で、運動も太陽の下でそれなりにしていた。けれども大学生の時に感じていた高校生の時からの衰えが些細なものに思えるほど、大学生の頃と比べた今の私は衰えていて、不思議な気持ちになった。ドラッグストアの前を通って、お高めのスーパー、お婆さんやお爺さんしか使っていない、の横を抜けて、細い道路を一本跨いで、まだ花を買ったことのない憧れの花屋の前をゆっくり通り過ぎた。まだどこも開く気配すらなかった。踏切がすぐ近くに見えてきて、銀行の前の横断歩道を渡って駅側の歩道に移動した。この町を動く車は思いやりに溢れたものが多くて、その時抜けた横断歩道のように信号がないところでも、歩行者をずいぶん優先して、渡りきるまでしっかりと待ってくれる。この瞬間は、他人の純な優しさに触れているようで好きだった。

また太陽に向かって、少し長めの横断歩道を渡った。駅前の小さな広場は木が少しの影をつくっていたが、それは気休めでしかなかった。線路沿いの高い生垣に、この前の選挙で使われた掲示板がまだ残っていた。駅前のバス停には、この暑いのに長袖の、白地に赤と青のラインの細かい格子模様が入ったシャツを着た一人の老人と、スマホを見ている太った腕をまくった眼鏡のサラリーマンが並んでいた。スマホを見ると電車までまだ時間があったので、階段ではなくエスカレーターに乗って改札に向かって昇った。改札を通った。Suicaの残高はたしか二百六十一円だった。今度はホームに向かう階段を下りた。そこからの数分は、特に何も起こらず、そして今だった。

 …つまり周りは何も変わっていなかった。シャツがただ汗ばんでいた。冷房の効いた車内が寒かった。私はこの不愉快な気持ちの責任の所在を私に求める他なかった。私は絶望した。この絶望の責任の所在も、私は私に求める他なかった。私は絶望した。この絶望の責任の……




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