8,"彼"

商店街を抜け、煉瓦で組まれた階段を登っていく。

クロニも彼を追い、同じ階段を駆け上がる。


「はあっ、はあっ...待て!」


 彼に届いているのかいないのか、動きを止める仕草すら見せず歩き続ける。

その速度はヒトが歩くよりも速いためクロニは少し息を切らしながら追いかける。

建物の間を縫うように進む彼は、ある場所に辿り着いて歩くのをやめた。


「僕のことを追いかけていたが...なにか理由が?」


 彼は振り向いてクロニの顔を見つめる。

地面が舗装されておらず、土色が見える小さな広場。

ベンチが一つ置いてあるだけで、周囲は煉瓦の壁で視界を遮られている。


「こんなところで、何をする気だ?」

「なにも。ただ、ここなら僕も少しだけ気を緩められる」


 彼はそう言ってローブを脱ぐ。

白銀の機体フレームを基盤に、ところどころ蒼いラインがはしっている。

関節部分には球体が埋め込まれており、ヒトと同じような動作が可能。

腰は黒金で覆われているため内部は見えないが、柔軟な動きに対応している。

左脚には何故か包帯が巻かれていた。


 少なくとも、クロニが見た機械の中では異質な部類に含まれる。

これほどまで精巧にヒトを模した機械は見たことがない。


「...立ち話はあまり好きじゃない。座らないか?」

「ああ、いいだろう」


 一つしかないベンチに腰を降ろし、彼は先程の商店街で買ったニッカを袋から取り出す。

そして、まるでヒトと思わせるかのように果実を齧り、咀嚼を始める。


「最近はこればかり食べている。栄養は足りないし偏っているが、この身体にはあまり関係ないらしい」

「雑談をする気はない。昨日の件、その真意を確かめたい」

「...分かった。可能な限り答えよう」


 休暇であるはずのクロニは急ぐ必要がない。

少しでも早く真実を知りたいのか、焦りで鼓動が早鐘を打っている。

小さく深呼吸を一つして、核心を突いた問いを投げかけた。


「お前は、ヒトの味方なのか?機械の味方なのか?」



== == == == ==



 白銀の塔、その最上階。

年数を数え始めるよりも前から存在している、この塔は、キカイが占領したヒトの建造物。

かつての戦争ではキカイたちの本拠地として機能し、今でもそれは続いている。


 大きな窓ガラスから一つの生命体が世界を見下ろす。

短い白髪を揺らしながら、大地を慈しむように眺め、微笑む。

エメラルドに輝くその双眸は、女神から授かったかのような澄んだ色。

全身にある継ぎ目の黒線が幾何学模様のように身体に刻まれている。

彼女こそがキカイの頂点、絶対的威厳の象徴。

その名を―――"クゼノ"といった。


「また世界を見ているのか?飽きない奴だな」


 背後から聞こえた聲に、クゼノは慈愛を浮かべたままゆっくりと振り向く。

黒地に文字のようにも傷のようにも見える黄色の線がはしるローブ。

黒金の機体フレームに取り付けられた腕は、コーヒーの入ったカップが握られている。


「こうしていると、不思議とココロが落ち着くんですよ。ヒトも私も対等な位置にいる、そう思えるのです」

「だがアンタはヒトに創られたんだろう?たしか...パテシバって奴だったか?」

「たしかに私は創られた存在。ですが命に優劣はなく、彼が上に立つこともありません」

「ココロというものはよく分からんな。ついでにアンタのことも分からん。同じキカイなのに俺は構築された...アンタが上なのは何故か理解しているが、なんで違いが分かるんだろうな」


 やれやれといったように首を振り、カップの中身を飲み干す。


「貴方もいつか分かる時がきますよ、"セロ"。パテシバは必ずここに現れる。それまでにこのフィクションを、本来の姿に戻します」


 クゼノはセロとの視線を切り、再び世界に向きなおる。

かつての世界と変わり果てた世界、その両方に生きる彼女の脳には、自身を創り上げたパテシバの姿があった。

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