5,使命
「詫びるなら...今この場で死ぬがいい。それが機械のできる、ヒトに対する唯一の償いだ」
剣を片手で防がれたという事実を前に、クロニの怒気が滲んだ声は変わらない。
金属から血が出ることはなく、彼は顔色ひとつ変えず剣を掴んでいる。
剣が動かない。
クロニがどれだけ力を込めても、武器は彼の手から離れようとはしない。
剣を取られてしまえば体術を学んでいない彼女は戦えない。
決着は既についた―――かに思えた。
「...キカイは、悪なのか?」
一つの問いと同時、彼の手が降ろされる。
剣は再び自由となり、クロニのもとへ返される。
「僕には分からない。キカイは悪なのか?ヒトに害をなしているのか?」
「...当たり前だろう」
剣を握る手に自然と力が込められ、わなわなと震える。
「貴様が同族を守って何の意味がある!?機械が私の故郷をメチャクチャに壊したんだ!機械がこの世界を血で濡らしたんだ!だからこそ私たちブリューナクが貴様たちを鎮圧して、ヒトの生きられる世界にする!機械は悪そのものなんだ!!」
「ブリューナク...それが組織の名前で、キカイを世界から鎮圧するのが仕事か」
頭に血が上りすぎたクロニは、ハッしたように冷静になる。
彼の言葉に少し違和感を感じた。
ブリューナクは数多くの機械を殲滅しており、組織の名を知らない機械などいるはずがない。
ましてや彼はA機構、それほどの機械がブリューナクを知らないなどあり得ない。
彼が今まで戦ってきた機械と違うことは、どう考えても明白だった。
「あなたから見れば僕はキカイ、それは事実だ。だがここで歩みを止めれば、もう二度と会えない。もう一度お願いする、どうか剣を収めてほしい」
「く...っ」
彼の言葉がクロニの判断を鈍らせる。
機械は全て敵だと思っていたクロニは、彼からの停戦にどう対応したらいいのか分からなかった。
彼は今までとは違う機械なのか、単なる格下であるクロニへの情けか。
下した決断は―――師ネザーの言葉通り。
『どんなときでもヒトとしての使命を忘れるな。機械からヒトを守る、それがブリューナクだ』
彼は機械、ヒトに害をなす敵。
ブリューナクとして、機械を鎮圧する。
彼の願いを聞き入れず、クロニはもう一度彼に襲い掛かる。
背後には壁があり、彼が先程のように退いて避けることは出来ないと判断。
クロニは大振りの攻撃で仕留めようと剣を薙ぎ払った。
だが―――彼の見せた動きが、クロニの想定を超える。
「...できるなら手を出したくはなかった」
背後の壁を蹴り、真横に放たれた剣を上空で躱す。
直後、クロニの視界に映る世界が変わる。
背景は壁ではなく曇天の空。
剣は手元になく、どこにあるかは見えない。
自分を見下ろす彼の感情の籠っていない顔。
気付けば自分が彼の姿を見上げていた。
「あなたにも使命があるように、僕にも使命がある。だがこれだけは忘れないでほしい。僕はヒトに危害を加えることはない。仮に今のが正当防衛だったとしても、手を出したことは償う。すまなかった」
クロニは立ち上がろうとするも身体が動かない。
後頭部に痛みがあり脳も揺れている。
声を出すことも出来ないまま、ゆっくりと視界が暗転していく。
彼の言葉を聞きながら、クロニの意識はここで途絶えてしまった。
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