第3話 やり直し希望
「あー。今日は掃除でもしてるか」
やっぱりお客さんが来ない。沢山来ても困るけど。パソコンで占ってみるか。今日のラッキーアイテム。さっそく占おう。
「今日のラッキーアイテムは…熊のキーホルダー?」
この占い、本当に当たってるの?怪しすぎる。やらなきゃよかった。
地元では有名な私立の中高一貫校。
「…どうしよう…」
確かに友達はできて、部活動も楽しくやれている。ただ…。
最近、これでいいのか分からなくなったのだ。
もっと勉強した方がいいのか。他の事を頑張ってやればいいのか。
両親は共働きで家におらず、妹はまだ三歳。友達にも相談しにくい。完全に孤立してしまった。
「中学受験の時に戻ってやり直ししたい」
那奈は最近ずっとそう願っている。電車に乗っている今だって。
「次はー駅」
あ、もう次か。学校に一番近い最寄りの駅。
那奈は電車が止まり、ドアが開いたので外に出た。那奈がホームに足をおいたその瞬間ー。
「え⁉︎ここどこ?」
目の前には変な店があった。少し昭和レトロ感のある店。
中は薄暗く、手前にあるカウンターしか見えない。
「ようこそ…時間屋へ。お客様、どうなさいました?」
「時間屋?そんなお店はこの駅には無いはずなのに…」
店も外装も不思議だが、店の中から出て来た店員はもっと不思議だ。
大きめの古い茶色のコートを着ていて、右耳にはイヤーカフ、左耳には大きくて豪華なイヤリングをつけている。
そして右手で大きく分厚い本を持っていた。
「時々出張で遠くの行く事もあるんですよ」
「で、ここに来たんですか?」
「そうです」
那奈はまだ分かりきっていなかった。今の状況が。
「何かご希望はありませんか?」
「えっと…。時間屋って時間を戻せるんですよね。私、去年の今頃に戻ってやり直したいです」
不思議な店員はじいっと那奈を見つめた。
「なるほど。少々お待ちください」
そう店員は言うと、店の奥に入っていった。
一人取り残された那奈は困っていた。かなり心細い。
時間屋。噂で聞いた事がある。どこかに存在する奇妙なお店。薄暗くて中はよく見えないし、入れない。
那奈がもうここを出ようと思った時に店員が来た。
「お客様。長徳那奈様ですよね」
「はい。どうして分かったんですか?」
それは秘密。知らない方が幸せよ。
「過去に行っても問題ありませんでした」
「許可がいるんですね」
那奈は変に納得した。もう何でもありだと分かった。
「この扉からどうぞ。鍵も貸します」
店員はアンティーク調の古い扉を指さし、少しさびた鍵を那奈に渡した。そして那奈をじっと見つめた。
「10分以内には戻って来て下さい。10分経っても戻らなかった時は強制的に連れ戻します。後、代金についてですがー」
那奈はビビった。ある物を貸すという事なのか…。
「思い出を貸して下さい」
「え?」
「10分以内にお返ししますので」
この店員、やっぱり不思議だ。那奈は彼女の額に手をかざそうとする店員を無視して扉に鍵を差して回し、そのまま中に入ってしまった。店員は扉を見つめる。
「ま、別に思い出はいつどこでも借りられるからいいんだけどね。ばれないように少しずつ借りよう」
私はそこまで優しくない。D・Kみたいにすぐに貸してくれる人もいれば、さっきの彼女のように貸す事を拒む人もいる。結局、どんな人であろうと私は借りる。
へえ。彼女は親が高学歴なのか。弟はまだ小学校にも通っていない。長女である彼女にかなり期待してるって所か。
たぶんいい学校に行けば、いい会社に就職できると考えている人だ。いつの時代の話?
彼女…本当は書道をもっとやりたかったらしいけど…親に言われて諦めているのか。親の…言いなり…。
ちょっと同情しちゃうなあ。親に「絶対この道に進めば人生大成功だ」って言われた道を歩いて…失敗したって思う奴。パターナリズムのやりすぎってか。
しかもこの後…彼女は…。悲しい事になった。
「あの…10分経ちましたか?」
あ、帰って来た。少し嬉しそう。
「いいえ。まだ…6分ぐらいです」
「私、過去を変えられたんです!」
「どうやって変えましたか?」
気になる。ここまで速い人は珍しいから。
「願書の封筒の切手を一枚はがして料金不足で届かなくさせました」
「…」
ご…強引。
「ではここにいる必要はもう無くなりましたね」
「…はい。さようなら」
そう言うと彼女は消えた。そして駅にあった時間屋も消えた。いつも通りの駅になった。
ふう。未来の事とか聞かれなくて良かったよ。
6ヶ月後に自殺未遂をして入院するなんて言えないから。
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