第47話 これからの話

 ネゾネズユターダ君が私を運ぼうとしたけど、私がそれを拒否した。ねじれた杖の魔法使いに私たちの馬車の一行を見つけて連れて来るように頼んだ。彼はそれを受けて1階へ向かっていった。

 廊下に私とネゾネズユターダ君と子供2人に乳母。護衛についてはネゾネズユターダ君がいれば充分だが、廊下に倒れているのは目立ってしまってあまりよくない。なんとかしたいが全身がダルい。そもそも『発狂』10連発が無茶だったのだ。眠らせておけばネゾネズユターダ君が処理してくれたはずなのに、自分のテンションもおかしくなっていた。そもそもそんなに連発できる魔法だと思わなかった。

 寝室からはいまさらのように中のホセデレズバが、「誰か来い。あの魔女を殺せ!」と叫んでいる声がする。もう人間じゃなくなったのに威勢のいい奴だ。

 自分が気絶すると分かった。最後の気力を振り絞ってネゾネズユターダ君に告げた。「あいつにもう手を出さないで」

「分かった」

 彼氏の声を聞くと、急速に気が遠くなっていった。私は気を失った。


 目を開くと見慣れない天蓋てんがいが見えた。知らないベッドだ。

 まばたきをするだけで頭の奥がガンガンする。自分が限界以上の魔法を使って倒れたということはすぐに思い出した。悔しくて歯軋りしてしまう。それがまた頭痛を引き起こす。

 これからは古代史の研究だけでなく、もっと基礎的な魔法使いとしての修行もしないと駄目だな。そう思った1秒後に考え直す。いや、自分のことだから面倒な修行をやろうと決心したところでどうせ三日坊主で終わる。読書だけしている方が向いている。『発狂』を1日に10回唱えただけでもマシな方なんじゃないの? 比較できる他の精神魔法の魔法使いがいないからよく知らんけど。

 頭痛がひどかった。状況的にこのまま二度寝しても問題なさそうだ。しかし私はもう一度目を開けて、首を動かし、上体を起こそうとした。

「あ、起きた」ネゾネズユターダ君の声がした。

 足音が遠くへと離れていく。ドアを開ける音が聞こえた。

 ネゾネズユターダ君の声は離れておらず、同じ距離で聞こえた。「無理しなくてもいいよ」

 まだ体が起こせない。「私の子供は?」

「そこに寝てるよ。ベビーベッドを運ばせた」彼は起きれない私の上に覆い被さって顔を見せた。「完全に魔力が切れていたみたい。ポーションも飲めないくらい動けなかったから寝かせるしかなかったんだ」

 私は起きようとする努力をやめた。首をまわして周囲の天井を見る。「ここは?」

「城の来賓用の寝室」彼はキュートな苦笑を見せた。「僕らが来賓らしいよ」

「あいつは?」

「城主のあいつのこと? 元気に吠えて、僕たちを殺せって言ってるよ」——私はつい笑ってしまった——「誰も命令を聞いてないけど」彼は寝ている私の背中に手を伸ばして、「起こすよ」と言った。

 彼に体を動かされて、私はヘッドボードにもたれるように上体を起こした。見たことのない部屋だったが、豪華な来賓室であることは分かった。鏡に絵画に調度類が整えられている。花瓶に薔薇まで生けてあった。私が横になっているのは天蓋付きの豪華なベッドで、その横にはベビーベッドが横に2つ並んでいた。息子と娘が寝ている。さらに隣には長椅子が持ち込まれていて、そこに私たちが救出した乳母が上に毛布を掛けられた状態で寝ている。

「安心したみたいで、急に乳が出て、さっき授乳をしていたよ」私の視線に気づいたネゾネズユターダ君が言った。

「そう。私も乳をあげたいわ」私は言った。

「これから充分にあげられるよ」彼は言った。「帰りは1週間以上かかるらしい。普通はそのくらいかかるんだって。夜はベッドで寝れるよ」

「ああ、そう」それはどうでもよかった。

 彼は言いにくそうに、ちょっと鼻を掻いた。「あいつには何の魔法をかけたの?」

「『遺伝子融合』」私は言った。「飛んでいたはえの遺伝子情報を混ぜてやった。1週間くらいで効果が出て、半年から1年後には人間の形じゃなくなるはず」

「蠅?」

「蠅」

「蠅の遺伝子?」

「蠅の遺伝子」

 彼は私の顔を見て、考えるのをやめた。「しばらくは普通ってこと?」

「そうね。しばらくは。公式な処遇が決まるまでは」2年は生きられないだろう。それにどこかの段階で自殺するだろう。それはこのときは言わないでおいた。「そのうち代謝に合わせて体が蠅に作り替えられていくと思う。日記を書かせたいな。魔導書にも実用例が少ないんだ」

 このあとの彼の質問はよかった。こういう質問ができるところが私が彼を好きなところの一つだ。「なんのための魔法なの?」

「もとは品種改良の魔法みたいだよ。牛とか豚とかを大きくするための」

「あー、なるほど。納得」

 ネゾネズユターダ君も優等生であり、学術の下僕しもべであるレシレカシの生徒なのだ。こういうときに知的好奇心が表に出てくる。「そんな魔法を蠅と人間に使う事例はなさそうだね」

「まあね」私は深呼吸をした。深い意味はない。疲労が溜まっていて体に力が入らないのだ。

 私が子供を見ているとネゾネズユターダ君が乳母から聞いたホセデレズバの話を私にも語って聞かせた。内容は前述の通りだ。本家への恨みを私の子供にぶつけたというのが要約した動機ということになる。

 話を聞き終わって私は言った。「ネゾ君は、私の親が、その恨みを承知で、ガス抜き、ストレス発散のサンドバッグのために私の子供を養子に出したと思う?」

 彼はそんなことは思ってもいなかったようだ。言われてはっとして、顔が憤怒ふんぬの形相になった。それから相貌そうぼうを崩した。いつもの穏やかな顔に戻った。「僕は分からないけど、お姉ちゃんは、あの親ならやりかねないと思っているんだね?」

 私は悔しくて泣きそうになった。「一石二鳥だとは思う。面倒な子供を処分できて、あのカスの不満も解消できる」言って思いついた。「さらに養子を殺したという貸しを作れる」舌打ちする。「いいこと尽くめだ」

「もしそれが本当なら父親として僕がやることは1つだ」彼は指を1本立て、もう1本増やした。「いや2つかな。『光電球こうでんきゅう』も捨てがたい」

 私は笑った。「3つだよ。蠅との融合も忘れないで」

「あの2人を融合させたら善人が生まれたりしないの?」彼も笑った。

「どんな品種改良だよ」私は大笑いして突っ込んだ。「そういうんじゃないから」

 そして私たちはしばらく笑った。疲労のせいで笑うと頭が天板に当たって痛かった。

 実家に逆らわない限りは私たちは自由だったがそろそろ次の自由を見つける必要があった。そのことを私たちは言葉ではなく笑い声で確認し合った。

 落ち着いて横を見ると、私の子供たちも起きていて天使のような笑顔を浮かべていた。

 あー、かわいい。

「また眠くなったけど、その前に何か食べたいわ」

「さっき食べ物を取りに行ったよ。人がたくさん来ると思うから先に話を聞いておいた方がいいんじゃない?」

「めんどくさいわ。食べたらもうちょっと寝る」

「分かった」

 寝室のドアが開いた。来たのは食事ではなく、馬車隊にいた護衛や報告者たちだった。知らない顔もいた。この城の秘書官や事務官といった人間で、私は無罪ですと言いに来たのだった。裁定は私の役割ではない。報告者が話をすべて記録に残し、王都に報告するところまでしか面倒は見れない。私はその手の仕事は別の人間に丸投げした。いいからめしを持ってこい。

 やがて食事が来た。魔力回復ポーションというのもあって、それを飲んだら体が楽になった。私はもう一度寝た。

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