第46話 身に覚えのない恨み
謁見の間が近づくにつれて桶に水を入れて運んでいたり、布や包帯を手に走る人間が増えた。そしてここを曲がればホセデレズバが見えるという角を曲がっても、廊下に奴は倒れていなかった。人が救護活動をしている姿だけだった。奴は城主で、『麻痺』の魔法は数分で効果が切れる。どこかに移動したのだろう。謁見の間はそのまま救護室になったようだ。廊下に死体が運び出されたりはしていない。
火傷で苦しむ
このとき廊下や謁見の間で混乱の対応をしていた人の中には、原因が廊下で立っている私たちだと気づいていた者もいたはずだ。城主であるホセデレズバは1日以上の時間をかけて準備をしてきたはずだし、私が来ることが城の中で話題にならなかったはずがない。ちらちらと私を見ていく者も多かった。何も話し掛けられなかった。
「ここに倒れていた城主はどこに運んだ?」私は廊下で声を出した。
全員がちらりと私を見た。ほとんどの人間がすぐに目を逸らした。私の近くにいた女が、「
「ありがとう。2階はどこだ?」と聞くと、案内しますと言って歩き始めた。私たちはそのあとについていった。途中で謁見の間への扉の前を通った。人が通るたびに臭気がむわっと流れてきていた。
私は足を止めた。
ちなみにだが『炎の壁』で焼かれて私が見たときに息をしていた兵士たちはその後にすべて死んだ。逆に『
2階に上がり、奥へと進むと、謁見の間の物音はほとんど聞こえなくなった。
寝室は立派だった。ホセデレズバはベッドの上に横になり、侍女らしき者が1人だけそばについていた。私たちが入ると彼女はこちらを見た。頭を下げたが、何も言わなかった。
刺繍の入った立派な掛布団だった。ホセデレズバに意識はあった。目を開いて天井を見ていたが、ベッドの横に立った私と目が合った。「あっ」と彼は声を出した。
ネゾネズユターダ君、乳母、
私は手の中に蠅を持ったままだった。『発狂』の魔法を10回も唱えてかなりの疲労があった。できれば杖が欲しいと思った。杖の補助が欲しいと思ったのは久し振りのことだった。
ホセデレズバはベッドから身を起こした。それからちらりと私から目線を外して足元に立っている一行を見た。表情が変わったので何事かと思い私もそちらを見ると、ネゾネズユターダ君が離れた位置から杖を彼に向けていた。こういうときには南西
身を起こしたまま彼は固まっていた。やがて形勢を判断した彼は力を抜いた。食いしばっていた顎が緩み、見開いていた目も細くなった。ベッドから出ようともしなかった。上体を起こした失礼な態度のまま、彼は口を開いた。
「俺はお前に皆の前でお馬さんごっこをさせられた屈辱を忘れていない」
私は黙って聞いていた。部屋にいる人間は侍女も含めてじっとしていた。
「会うたびにギュキヒスは俺を田舎者扱いした。口先では感謝していたが口先だけだ。金だけ寄越してそれで終わりだ。お前ら王族はクソだ。そこのガキもクソだ」
私はもう王族ではないしその子供はさらに無関係だ。そこから更に養子にまで出された2歳と0歳の子供がクソな王族となんの関係があるのかというと、なんの関係もない。
「その通り」私は手を伸ばし、ベッドの上に起きている彼の頭に手を置いた。彼はビクリと震えたが逃げなかった。「王族はクソだ」
『遺伝子融合』の魔法を唱えると反対の手の中にあった蠅が消えていった。ホセデレズバに魔力が流れ込むのを感じた。彼自身も感じたはずだ。私は彼の頭を押しつけて離さないようにしていた。1秒にも満たない時間で魔法は完了した。彼の外見に変化はなかった。
私は彼の頭から手を離し、蠅を握っていた手も開いて、両手を腰に当てた。「いい開き直りだった。見事だったぞ」
ホセデレズバは私を見た。言いたいことを言ってもまだ憎しみは目つきに残っていた。
「何かほかに言いたいことはあるか?」
「お前らはクソだ。くたばりやがれ!」
私は笑った。ネゾネズユターダ君が何かやりたそうだったのでそちらを制した。「待った。もう処分は終わっている」
彼の杖から飛び出した白い『魔法の矢』が、ホセデレズバを大きく逸れて後ろの壁に拳ほどの大きさの穴を開けた。止めることもできたはずだ。私は彼があえて魔法を唱えたのだと分かった。何かしないと気が済まないと彼自身が判断したのだろう。パラパラと壁の欠片が落ち、それで終わりだった。
「そこの乳母と魔法使いは私の方で召し上げる。文句はないな?」
反応がなかった。
「いいな?」
「うるせえ! お前らには何もやるものか!」
私は腕を組んだ。「分かった。それなら勝手に連れていくから文句があったら連れ戻しに来い」そして腕を解いて後ろを向くと、寝室をあとにした。
侍女だけがそこに残った。
廊下に出た。消耗が激しく、私は廊下の壁に寄りかかった。魔法を使いすぎた。心臓がバクバクいっている。もう一歩も歩けない。
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