第41話 “ダトベ城の虐殺” その1

 ホセデレズバという男は最初からやる気充分だった。広い謁見の間には左右に20人以上の訓練所上がりの魔法使いが配置されていた。全員が大きい杖を構えていた。さらに100人近い兵士が私たち2人を囲み、剣を抜いてこそいないがいつでも抜ける臨戦態勢りんせんたいせいだった。雰囲気から、相当な額の報酬が約束されているなと私は思った。これだけの人数に覚悟を決めさせるとはなかなかのものだ。

 ホセデレズバは部屋全体に響く大声で言った。「子供の命が惜しければこっちに来て俺のチンポをしゃぶれ」

 大声で堂々と言えるセリフではない。味方の士気も下がると思った。しかし見回したところ兵士たちの反応はそれほどでもない。それどころかニヤニヤ笑ってこっちを見ている奴も多い。考えるにギュキヒス家に恨みのある人間を集めたって感じか。

 とりあえず最初から話そう。これまで何本ものチンポをしゃぶってきたけど、そっちの話ではなく。


 目的地であるホセデレズバの城が遠くに見えた。丘陵きゅうりょうの中でぽつんと尖塔と城壁の一部が見えた。到着したのは昼下がりで日没までは充分に余裕のある時間帯だった。3日間の道中に通常の想定よりペースは圧倒的に早いと聞かされてはいた。

 私は目的地を見ることで少し落ち着き、私が落ち着いたことで一行のそのほかのメンバーも少しほっとした。

 進むとまた別の丘に隠れた。

「あと1時間はかかります」御者は言った。

 私は黙った。馬が常歩なみあしより速歩はやあしベースの、かなり無理のある速度で進んでいることは外の景色を見れば分かる。自分の足で走るより速く移動していた。

 ネゾネズユターダ君が私の代わりに返事をした。「分かった。ありがとう。気が早いけどお礼を言っておく。ここまで大きな事故もなく、みんな見事な仕事だった。南西蛮族にはとても真似できない」

 彼の声を聞いたみんなが分かりやすく気分よくなった。あからさまなリップサービスだった。けど、こういうのは本当に効果がある。

 馬車はたまにガタンと舌を噛みそうな衝撃を発生させた。レシレカシでは馬車の板発条いたばねにかける『衝撃吸収』の魔法が最近ブームだが、この地までは届いていないようだ。

 ちなみに私もネゾネズユターダ君もその魔法は使えない。工業系や建築系の魔法にはまた別の才能が必要なのである。道中で馬車の天井に頭をぶつけるたびに、こんなことなら覚えておけばよかったとネゾネズユターダ君は言っていた。そこは彼も男の子だからね。バトルの魔法に夢中になるのも仕方ないね。

 やがてその城の全容が見えてきた。一方向からでは全体の形までは見えないが、厚い城壁と尖塔に囲まれた、実用的な城に見えた。焼け焦げた黒い染みが外周だけでなく中の城の石壁にも残っていた。領地が安定するまではここでも戦があったことをうかがわせた。正方形や正確な多角形ではなく、丘の形に合わせた形になっているようだ。後ろから見たわけではないのでよくは分からないけど。

 手前の窪地に入り、一番下から丘の上の城を見上げると、そのてっぺんは首をかなり上げないと見えなかった。尖塔も高いが城壁もなかなか高い。

「なかなかの大きさだね。レシレカシの大学くらいありそう」ネゾネズユターダ君は馬車から顔を出して見上げていた。

 私も反対の窓からちらりと見た。「そうね」

 正門に向かっての登りで馬がバテ始めた。御者がすいませんと言った。下りて走るべきか迷った。ごちゃごちゃ色々葛藤もあったけど、結論から言うと私とネゾネズユターダ君は馬車を下りて坂道を駆け上がった。大きな杖を持った魔法使い2人ではカチコミと思われても仕方がない状況だった。

 道の左右に衛兵が立っていた。その先には門番もいた。私は、こちらはギュキヒス家の娘ザラッラ゠エピドリョマスであるぞと制止をねじふせて開いている門から中に入った。分かりやすい可能性を潰したかった。事故や病気の可能性だ。

「子供部屋はどこ?」

 私はその辺の人間に食ってかかった。

 母親の虫の知らせも子供の居場所までは分からなかった。どこかで子供が泣いている気はする。しかし耳をすませても聞こえない。場所までは分からない。地上ではなく地下という気はした。問い詰めた相手が怯えながら建物の上の方を指して、子供部屋はあちらですと言った。私はそちらを見上げてから思わず、「あそこに私の子供はいないだろ!」と怒鳴り散らした。ひいっと怒鳴られた相手は悲鳴を上げた。

「ネゾ君、たぶん地下だ。そんな気がする」

「分かった」

 私たちが城の中に入ろうとしたところで、大声で制止された。

「城主がお会いになるそうです。ザラッラ゠エピドリョマス様」

 私は思わずそちらに杖を向けた。これはもちろん剣を抜くのと同じことで、相手に正当防衛の権利を与える危険な行為だった。周囲の群衆がどよめいて息を飲んだ。

 私に声をかけた男は、10メートルほど離れたところに立っていて、杖を向けられてひるんでいた。正装に身を包んでいる。背が高く、顔も整っていた。

「どうか杖を上げてください」

 私は相手を睨みながら、それでも杖の先を上に向けた。

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