第40話 子供たちの元へ

 出発前に色々あって時間を取られた。気は焦っていた。早く早くとか急いで急いでとか、言わなくてもいいことを言ってしまった。

 それはそうと夕食を摂らずにこちらに来たので果物とサンドイッチを持ってこさせた。

 また、ネゾネズユターダ君の『照明』の魔法も2台の馬車の両方にかけて、どちらも問題なく夜に走れるようにした。宿駅ごとに乗り継いでいくので馬には無理をさせることになる。危険なく夜道を走るのに充分な『照明』だった。夜明けまで大丈夫ですかと聞かれたが、ネゾネズユターダ君は問題ありませんと答えた。私には、「悔しいけどこの杖の性能は本物だよ」と耳打ちした。

 両親は見送りには来なかった。寝室でバイバイしてそれで終わりだった。

 待たせることなく果物とサンドイッチが本邸の車回しに届けられた。果物は柘榴ざくろだった。お腹が減っていたので乗り込む前に2人で立ったままかぶりついた。2人とも口の周りが真っ赤になり、吸血鬼の食後のようになった。お腹が減っていた私たちは一気に柘榴を食べた。それからなんとなく目が合い、抱き合うと互いの口の周りを舐めあった。彼の背に回した自分の腕に力が入り、一時だけ焦燥感しょうそうかんが消え、私たちは屋敷のみんなが見ている前で唇をむさぼり合った。

「よし、行こう」彼は唇を離し、言った。

 大きな杖を馬車に慎重に入れた。私の杖は斜めにしないと入らなかった。私たちは乗り込み、御者が前に、もう1人は後ろに腰掛け、ついに私の子供のいる城へ向けて馬車が出発した。

 使用人が御無事でと見送りをした。

 馬車の中でサイドイッチを食べ、そこでやっと一息ついた。『照明』は指向性が高い魔法だ。馬車の横の窓からは前方の照り返しでぼんやり光る木々と畑が見えるだけだった。

 馬車の中には私たち2人だけだ。しばらくは黙って馬車の音を2人で聞いていた。揺れは大きく、なかなかのハイペースで進んでいるのが分かった。

 やがてポツリとネゾネズユターダ君が言った。「あんなエロいキスをみんなの前でする必要はなかったなあ」

「それな」私はアホっぽく言った。「けど私も同じ気持ちだったから最高だったよ。みんなの反応も」

 私たちは隣り合って座り、お互いの体に手を回した。

 ネゾネズユターダ君はささやいた。「子供はまだ無事?」

「たぶん」私は答えた。「危険が迫っているけど、死んではいないと思う。怪我をしている気がする」

「そう」彼は私の体をぎゅっとした。「ここからは焦っても仕方がない。とにかく無事を祈ろう」

「そうね」私も手に力を込めた。

 そのまま子供を心配してまんじりもせず馬車に揺られていればいい話だったのだけど、食事をして夜になり、彼がぴったりくっついているので、私はセックスがしたくなった。先に言っておくと2日目と3日目はしなかった。しかしこの夜はしたくなったのだ。あとになってもしてよかったと思っている。お陰で気持ちが落ち着いたからだ。

 私は短いスカートの中に手を入れ、珍しい黒の見せドロワーズをずり下げた。履いていた靴を両方脱ぎ捨ててドロワーズを取る。そのあいだにネゾネズユターダ君は制服の上着を抜いで肌着だけになった。

 私はローブの前をはだけた。

 ネゾネズユターダ君がズボンを下ろすと彼の物が勢いよく飛び出してきた。

 私は笑ってしまった。「いつもより興奮してない?」

「うん。その真っ黒な魔法使いの格好、すごくいい」

「意外な発見だ」私は足を広げた。「今度、つば広のとんがり帽子もかぶろうか?」

 目に見えて彼の勢いが増した。「是非!」

「あはは」

 彼は正面から覆い被さって私にキスをし、股間をくっつけてきた。

 実は彼に限らず、私の黒の短衣に黒いローブに黒いミニスカート、そしてその下のふくらはぎまである黒いドロワーズという今回の魔法使いの服装は見た人に好評で、今後、着る回数が増えることになった。私自身は娼婦のファッションを取り入れたイケイケな格好が好きだ。しかし私が似合う服装というのは貞淑でお堅い方らしい。なかなか自分の好みと自分に似合うものというのは一致しないものである。

 前戯の最中も彼は短衣の下に手は入れるのにローブを脱がせようとはしなかった。彼について、本当に意外な発見だった。まだ知らないことがあったとは、という感じだった。

 行為が盛り上がってくると私は遠慮なく声を上げた。

 馬車の前後に座っている御者と報告者に聞こえるようにあんあんとよがった。後ろの2台目にも聞こえたと思う。

 出発前の濃厚なキスから馬車の中のこの行為によって、子供が心配で駆け付けた母という上がった私の株は下がるだろうなと思った。おかまいなしである。夢中になった私は揺れる馬車をもっと揺らして最後までやった。世間から見ると非常識なのだろうけど、私の中に不安と緊張もあって、やらずにはいられなかったんだと思う。終わってから私は彼の肌着も脱がし、私自身も短衣を脱いでローブの下で全裸になると、ローブで彼を包んで互いに肌をくっつけ合った。行為そのものもよかったが、そのあとの肌の触れ合いの時間も幸せだった。

 馬車が揺れて、いいムードは長くは続かなかったけど。

 それ以降、その夜から朝まで、一行の協力的な雰囲気は一転してどこか白けた雰囲気になった。しかし私についての悪評が広がって定着したかというと、そういうわけでもない。

 報告者以外の使用人は宿駅で交代になり、私たちも2日目3日目はおとなしく過ごしたからだ。

 おもしろおかしくスキャンダル風に話されただろうし、広がりもしただろうけど、10歳で勘当されていて、すでに私生児を2人も産んでいることが公然の秘密となっている私にとっては、これも追加のエピソードにすぎなかった。そして目的地に近づいた3日目のみんなは白けた1日目のスタッフと違い私たちに協力的だった。

 移動は完全に休みなしだった。私とネゾネズユターダ君は馬車で寝て馬車で起きた。食事も半分は馬車の中だった。みんなは交代したあとで食べるのだ。全体が休憩を取るのは宿駅が遠く、みんなで食事を取る必要があるときだけだった。体がおかしくなるのでたまに馬車から下りて自分の足で走った。1分もすると馬のペースについていけなくて馬車に戻った。そのくらい早いペースだった。

 トイレの時間を作るのが大変だった。

 道中についてはあと1つ。練習をする時間がないと思っていたけど、この移動のおかげでネゾネズユターダ君の練習時間は充分に確保できた。彼は自分の杖の使い方に慣れていった。

 魔法使いの杖の役割はいくつかある。第一には方向の付与。杖を使わない魔法は指向性を持たずランダムに飛ぶ。自分の方に飛んできて自爆することだって充分にあり得る。杖があって初めて魔法使いは魔法を対象に向けて飛ばすことができるのだ。あとは追加の性能である。増幅の作用は説明不要だと思うので省略。もう一つはスタックと呼ばれる格納の機能で、事前に魔法を組み合わせて中で構築できるのだ。これによって同時詠唱や追尾性能などのアレンジを自力の詠唱ができない未熟な魔法使いでもすることができる。

 私やネゾネズユターダ君の大きくて石がいくつも埋め込まれた杖は、見る人が見ればそれだけでヤバいと分かるというわけである。

 ちなみに私の杖をネゾネズユターダ君が使ってみたけど彼にとっての使い勝手は微妙であった。カスタムメイドの杖というはそういうものである。精神魔法と遺伝子操作魔法に特化していて物理魔法を一切増幅しない。必要がないので同時詠唱の性能もほとんどない。アレンジも私の魔法は調整が微妙すぎるのでスタック性能も控え目。結果としてほぼ私の魔法の増幅に全振りした杖になっている。

 そして逆の交換も同様で、彼の杖は私には合わなかった。使えないわけではないけど。

 私の子供に何があったのか、到着まで結局情報は入らなかった。

 噂があれば中間地点のどこかで話を聞くはずだ。しかしホセデレズバという私の子供の養父と私の子供について何も話を聞くことはなかった。噂は何もなかった。気になることがあるとすれば、養子を迎えたとき、彼が喜んでいたという話だけだ。乳飲み子はいつ死ぬか分からない。ギュキヒス家の子供を養子に迎えて間違いがあったら大変なのに、そのプレッシャーを感じている様子がなかった、と。

 一方で私たちの移動は当然のように噂になった。ギュキヒス家の長女が自分の子供に何かあったという予感を受けてホセデレズバの城に“軍隊を引き連れて”向かっている、とかなんとか。

 デマはともかく、事前にこちらが向かっているという情報が筒抜けなのは違いなかった。それを聞いて私たちの子供の状況はよくなるのか悪くなるのか、予想ができなかった。

 2日目には不安になった。行ってみたら私の取り越し苦労だったということだって普通にある。

 私がそう口にすると、ネゾネズユターダ君だけでなく、馬車隊のみんなも、それならそれでいいじゃないですかと言った。しかし続けてみんなこう言うのだった。もっとも母親のそういう勘はよく当たるものです。

 そんな私の不安も3日目には消えた。子供は確かに怪我をしていると確信した。そして自分が確かに子供たちに近づいていると。

「もっと早く。一刻を争うわ」

 私は気が急いて何度も御者に言ってしまった。みんなベストを尽くしているのは分かっていた。私ができることはおとなしく馬車に乗って、みんなの邪魔をしないことだけだった。分かっていても、私はそれすらできずにたびたび邪魔をしてしまった。

 やっと目的の城を見たときには私以外のみんなは別の意味でほっとしていた。

 あと1つ。宿駅では護衛も御者も馬もみんな交代したが、1人だけ交代しない男がいた。それで彼がこの成り行きを見て報告する報告係なのだと分かった。道中ではいくつか彼と話をしたが、このあとは最後の報告まで出番がないので、彼については以後省略する。

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