第39話 両親との会話と出発

 ここから先で私の両親のやりとりを書いていくけど、私自身では両親の“感じ”をうまく書けない。表面上は悪い人間ではないからだ。そして内面のドス黒い、決定的な部分を私はうまく書くことができない。だからうまく伝わらないと思う。

 私が両親と会った回数は誕生日とか大きな式典のときとか、10歳までの10年間でほんの数回だ。20回そこそこといったところだと思う。会うたびにどこか居心地の悪い思いをしてきた。自分が望まれていない感覚などというと愛情の欠乏とかなんとか説明がつくけど、私たちの親子関係というのはそういうのと違うのだ。うまく説明できないけど。私の問題ではなく、両親に問題があって、私の両親は根本のところで高圧的で支配的なのである。その上で人との距離感がバグっている。

 私の言葉だけではあてにならないだろう。証拠にならないかもしれないけど、ネゾネズユターダ君もこの夜に私の両親と会ってからは両親の擁護をしなくなった。話せば分かるとかお互いのすれ違いを時間をかけて云々などと私にも責任があるようなことを言わなくなった。それを1つの証拠だと思って欲しい。

 表面上は久し振りの親子の再会によるじゃれあいにしか読めないと思う。それは私がうまく書けないからであって、実はいい親なんだという話ではない。私の味方になってくれとは言わないが、両親の味方にだけはなって欲しくない。お願いである。


「話には聞いていたが、変わった目になったものだな。それが『妖精の目』か?」

 私は自分の目をきっちり相手に見せた。声で返事はせずに、それで済ませた。私の虹彩こうさいは薄紫色という独特の色をしている。一族の目とはまるで違う。

 父親はネゾネズユターダ君の方に視線を移して、彼に話しかけた。「こいつがこんな目になった理由は知っているか?」

「聞いています」彼は私の横に来て私の手を握った。

 理由は分からないが私は咄嗟とっさに手を離そうとしてしまった。しかしネゾネズユターダ君は痛いくらいに力を込めた。振りほどこうとする私を阻止した。私は彼の顔を見て、もっとはっきりと振り解くために手をぶんぶんと振った。しかし彼は手の関節をぎゅっと掴んで離そうとしなかった。にらんだが睨み返されたので私は諦めた。離せという意思表示をしているのに離そうとしない彼が何を考えているのか、私には分からなかった。

「悪い男に殴られて失明したのに、こっちが処分しようとすると『殺さないで』と泣いて懇願したんだよ」父は、娘の黒歴史を彼に話すという行為が楽しいのか、目と口元が本当の笑顔になっていた。

 安楽椅子で横になっている母も笑う。「本当に子供の頃から男の人にすぐ夢中になって。こういうことになるんじゃないかと思っていたわ」

「男に依存してばかりだ。君も大変だろう?」

 この両親の話は見当違いだ。私は男に依存するタイプではない。どちらかというと深入りしないタイプである。どんな男でもとりあえず1回は試してみるというのが基本方針だった。彼氏がいても他の男とデートするのに躊躇はしなかった。深く付き合ったのはネゾネズユターダ君がほぼ初めてといっていい。私を殴った男の助命を嘆願したのも、別に殺す必要はないと思ったというのと、殺すにしてもギュキヒス家の世話になるというのが気に食わなかったからだ。そもそも泣いて懇願などしていない。私の記憶が正しければ、私はそのとき処分をやめろと命令したのだ。

 こういうことはわざわざ訂正するほどでもないし、訂正しても話が面倒になる。私は放置した。放置したことに自分でイライラしてしまった。

 ネゾネズユターダ君は私を握る手に力を込めた。「いえ。彼女にはよくしてもらっています」声がちょっと震えている。私の両親に飲まれているのは明白だった。一方で戸惑っているのも分かった。私が説明したように、この程度の軽口を言う親は世の中に沢山いる。だから聞き流そうと努力していた。

「そうらしいね。子供を2人も作ったんだから、よほど相性がいいんだろう」

 聞いていた母が下品に笑った。こういう揶揄やゆには慣れている。慣れているつもりだった。だが心が反応するのを抑えられなかった。「それはそうと、なぜ私の子供を養子になど出したんですか?」

「まさか蛮族の血をギュキヒス家に入れるわけにはいかないからね」父はネゾネズユターダ君の顔を見て悪気なく微笑した。「いや、失礼。他意はないんだ。しかし世間体というものがあって、なかなか難しいんだ。君もうちの事情は理解してくれるだろう? 南西蛮族といっても」

「さすがにあの子供を嫁や婿にして外交はできないわよねえ。本当は大事に育てるつもりだったのよ。あなたの子供だもの」と母。「せめてもうちょっと髪とか肌とか目とか、もうちょっとねえ……」

 上の娘でもまだ2歳。下の息子は0歳だ。見た目なんて猿じゃなく人と分かる程度で、親の特徴が気になる時期じゃないだろう。そもそも子供が父親に似るのの何が悪いんだ。

「あ、そうだ」ネゾネズユターダ君は私の手を握ったまま反対の手にある自分の杖を持ち上げた。「この杖ですが、ありがとうございます。直接のお礼を言う機会が遅くなり申し訳ありません」

「いやいや」父はうんうんと首を縦に振った。「お礼を聞けただけで満足だよ」

「非常によい杖です」彼は続けた。「ちゃんと僕の魔法特性に合わせてある」

「杖職人、シニョ・ピョン・キューボの一品だよ。制作に半年もかかった。まあ、大事に使ってもらえると私も嬉しい」

「はい。大事に使わせていただいています」

 私は笑いそうになった。大事なので普段は使っていません。

 なんとなく馬鹿にされたことに気づいたのだろう。父は私を見て眉を上げた。「君の子供については、その杖に免じて許していただきたい」

「え、あ、はい……」ネゾネズユターダ君はふわっと返事をした。

 父はネゾネズユターダ君の反応に満足していた。

 うまく伝わるかなあ。

 娘の彼氏にいじわるをする両親というような可愛いものとは違うと、その場にいた私とネゾネズユターダ君は分かっている。その感じがこうやって書いて伝わるかについては自信が持てない。いじわるとかそういうのとは違う悪意がこの2人にはあった。その場にいた私はよく分かる。その場にいなかった人に伝えられない。

「で、久し振りに来たと思ったら、子供を助けるためと?」

「あなた、全然母親らしいことをしてないって聞いているけど?」母が追撃をする。

 お前も母親らしいことなんてしとらんだろ。

 反論しても笑ってスルーされるだけだ。私は何も言わなかった。

「都合が悪いとすぐに黙るんだから」母は呆れて溜息をついた。

 繰り返すが会った回数は20回前後だ。すぐに黙るという指摘に根拠などなにもない。しかしこれも反論してもしょうがない。

 それに、こういった両親との会話で感じた思惑おもわくのあれこれ——あのときこう言い返してやればよかった——はあとになってから不意に思い出して眠れなくなったりするもので、このときの私は親の話を聞いていなかった。考えていることは1つ、早く準備ができて出発できないかということだ。代理人の3日という日数の見立てはどの程度短縮できるのか私には分からなかった。しかし3日かけるつもりはなかった。

 変な反論をして出発の邪魔をされてもたまらない。

 結果的に、母が言う通り、私は何も言えなくなった。体を左右に揺らし、杖を握り直した。

「いい服ね。私、魔法使いの格好、好きだわ」母は言った。「ローブの下は何を着ているの?」

 私は黙って首の紐を緩めてローブを肩から外した。

「いいわね」母の感想はシンプルだった。

 また沈黙が流れた。

 母は優しい声で話を繋げた。「今度、そういう魔法使いの服も作らせるわね」

 黙っているのもおかしいので私は口を開いた。「ありがとうございます」

 やっと執事が戻ってきた。

「準備が整いました」

 一礼と共に入ってくると父に書類を出した。父はそれに渡されたペンでサインをした。執事がそれをそのまま私に見せる。この命令書を宿駅で見せれば最速で子供のいる場所まで運んでもらえるという。

 執事は書類を持ったまま私たちを本邸の出口まで案内した。出口に馬車があり、書類は御者が管理するので私が持つ必要はないそうだ。他に同乗者が1人つくという。代理人は同行しない。さらに馬車は1台ではなく後ろにもう1台がつくという。交代用の御者と護衛2名、他1名。速度を落とさないためにこの編成にしたそうだ。要するに4人ずつ2台の馬車で移動するということである。

 書類にサインして私とお別れするときの父は淡々としたものだった。「何があったか分からんが、気をつけてな」セリフだけなら普通の声がけだった。ネゾネズユターダ君に、娘をよろしく頼むという定型句も口にした。

 母も、言ってらっしゃい、無事だといいわねと、やはり普通のことを言った。

 私も、「ありがとうございます」と普通のお礼を言って両親と別れた。

 馬車に乗る前にネゾネズユターダ君は『照明』の魔法を唱えた。馬車の前方の夜の道が煌々こうこうと照らされる。進むのに何の問題もない明るさになった。しかし、3日の行程というのはこの照明が込みの24時間移動前提の行程と知り、私たちは覚悟を決めたのだった。

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