第38話 親に会う
警備の男は兜と籠手だけの軽装で、そこに
「お嬢様が子供に危機が迫っているとおっしゃっています。まずはご当主様にお取り次ぎをお願いします」
警備兵は代理人から私に視線を移し、もう一度代理人を見た。
「私の責任で連れてきました。お取り次ぎを」
「……よし、ここで待っていろ」
警備兵は小剣を鞘に戻し、扉を開けたまま廊下を走っていった。
小さくなっていく足音を聞きながら、私たちは動かずに待った。
そこで初めて私は代理人に問い
「私はこういうときの母親の勘というものを信じております」
「……」
「おそらく皆、あなたの母親の勘を疑いませんよ。私はこのあとすぐに早馬の手配をします。一刻も早く子供の元へお急ぎください」
私は何も反論できなかった。杖に寄りかかった状態で、自分の両手で自分の顔に触れて確かめた。自分の顔が冷たいように感じた。
ネゾネズユターダ君は私の横に立っていた。「お姉ちゃん、見たことがない顔をしているよ」
私は軽く
胸騒ぎは一向に収まらなかった。両親との謁見などどうでもいい。実際に用があるのは里親のなんとかって奴だけなのだから、なるべく最短距離でそちらに向かわなくてはいけない。
「取り次ぎも省略できないか? 私はすぐに子供のところに行く。親にはお前から適当に説明しておいてくれ」私は杖で床を突いた。「子供を助けたらすぐにレシレカシに戻る」
「そうですね……」代理人は
私はそのあとに続いた。
「ついてきてください」
私はその通りにした。「どこなんだここは?」
「本邸の地下2階です。北東のあたりです」
覚えているような覚えていないような。「黙って子供を助けてさっと戻るというわけにはいかないか?」
「ホセデレズバ様の城までは3日はかかります。早馬や命令書など、手続きをして移動した方が早いです」
「そんなに遠いのか……」
「ですから、何かあったとしてもまだ誰も知らないでしょうな」
「心当たりはあるのか?」
代理人は廊下を進み、階段を上がった。1階に出ると記憶にある廊下に出た。明かりが多い。親の部屋はどっちだっけと考える間に、代理人が歩いて正解を教えてくれた。取り次ぎの人間が戻ってくるような気配はない。確かに自分の方から向かって正解だった。
夜だったのも幸いした。昼間なら両親がどこにいるかは
廊下ですれ違う使用人の数は多かった。私の顔を見ても誰だか分かってない様子だ。それどころか代理人も使用人の間では有名ではないらしい。
私とネゾ君は杖を床にこつこつと突いたりはしなかった。中央を握って歩いた。先端を胸の高さにしていつでも前方に向けられるようにしていた。
「私も詳しくはないですが、戦争や
胃がよじれ、痛みが走った。私の不思議な感覚は、何かが起こったという感覚でしかなく、具体的に何が起こったかは分からなかった。怪我や病気ではないかとなんとなく思っていた。あるいは事故かなにかで身動きが取れないなど。そういう状況で私を子供が呼んでいるのではないかと思っていた。もし原因が人間だとすると話が違う。もっと致命的な状況になっていてもおかしくない。なぜなら悪意のある人間は念には念を入れるからだ。
まだ喋れる年齢ではないはずなのに、「お母さーん」という声が遠くで聞こえた気がした。レシレカシにいたときよりははっきりしているが、その距離はまだ遠い。
「くそっ」私は思わず悪態をついた。
代理人と共に3階に上がると衛兵の姿も見るようになった。そしてやっと私が来たという状況の混乱の音が聞こえるようになった。廊下に人が5,6人立っていて、「そうはいっても」「いやしかし」などと判断のつかなくて困った人間がやる会話をしている。私を見てそいつらが固まった。ここにいる人間には見覚えがあった。親はこの先の寝室にいる。
代理人が足を止めてちらりと私に合図をした。私もそれに応じた。
仁王立ちになって杖を体の横に構える。「ザラッラ゠エピドリョマスよ。私の子供に何か起こっている。至急、子供たちに会いに行くから手続きをしなさい。早馬と私への協力命令書の準備!」
「はい!」
その場にいた人間が面白いほど一斉に動き出した。
代理人が付け加えた。「随伴者も用意しろ。ホセデレズバ様のところで何が起こっているか分からん」
「はい」その声にも何人かが返事をした。代理人も見た目の圧がすごいので使用人たちが
代理人がまた足を進めた。寝室の方だ。私はそのあとに続いた。ネゾネズユターダ君は本邸の建物や中庭の景色に気を取られていたが、私はそれを横目にまっすぐ前を向いていた。衛兵はとくに何の反応もしなかった。
寝室の前まで来た。私は子供の頃もここには入らなかった。本邸そのものが縁が遠かった。離れの邸宅に乳母や教育係と暮らしていたからだ。代理人は扉の前の廊下で足を止めている。このときは子供のことが心配で、久し振りの再会であるということは考えてもいなかった。ノックをして返事を待たずに中に入った。
部屋の奥にベッドがあった。しかし最初に目に入ったのは手前にある大きな執務用の机で、そこのそばに立ったまま話をしている父親と執事の男の姿だった。母親はベッドと執務机の間にある安楽椅子に横になっていた。もちろん全員が私を見た。後ろにはネゾネズユターダ君もいる。いくらか雰囲気に飲まれてはいたが、気張って堂々としていた。
「聞いたでしょう? 私を子供たちのところに行けるように手配して。なるべく早く。手遅れになる前に!」
父親と執事は互いの顔を見合わせた。
「すまん。どうやら本当のようだ。今すぐ手配してくれ」
「かしこまりました」
それまで2人が何を話していたのかは分からない。しかし私の顔を見たことで何かが決定したようだ。執事は「失礼します」と言って私にも会釈すると寝室を出て行った。少しは説得に時間を取られると思っていた私は拍子抜けだった。早く早くと急かす必要もなくなり、何も言うことがなくなった。黙って突っ立ったまま時間が過ぎていった。寝室には私とその両親とネゾネズユターダ君。
なんだこれ。
父は執務机から離れ、母が横になっている安楽椅子へと移動した。そのまま隣に疲れた様子で座り、私の方を見た。
「ずいぶん大きくなったな」
「女の子としては大きすぎじゃない?」横の母が言う。
「小さいよりは大きい方がいい。ハッタリも効くしな」父はニヤリと笑った。「そうじゃないか?」
「はあ。まあ……」
背が高いとナメられない。それは確か。
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