第37話 ギュキヒスの地へ

「上じゃありません。地下です。ギュキヒスへのゲートについては私は自由に利用できるので」代理人の男はなんとなく上への階段を探していた私たちを見て言った。学長塔の1階の一角に向かって歩き出す。「こちらです」

 学長塔という建物は四角い塔の形をしていた。四本の円柱が角に建てられていて、一番上はとがった四角錐しかくすいの屋根になっている。時計台のような建物だ。その1階は集会場のように長椅子が並んでいて、一箇所に小さなステージが作られている。1階フロアにも等間隔で柱が立っていて視界を邪魔していた。イベント向きの造りではない。収容人数も50人程度しかなかった。

 代理人の男はすみの円柱の形が見えるところまで歩いた。扉が付いていた。男は歩きながら杖を向けた。そして小声で呪文を唱えた。扉のレバーを下げるとそれはなんなく開いた。中は螺旋階段になっていて、上方向のほか、下に向かっても階段が伸びていた。中はやや肌寒く、空気は乾燥していた。男は地下に向かって階段を下り始めた。

 私とネゾネズユターダ君はその後ろについていった。

 私は確信があったのでなんとも思わなかったが、ネゾネズユターダ君は罠があるかもしれないと警戒していたそうだ。結論から言うと罠はなかったのだけど。

 垂直方向に3メートル程度下がったところで階段は行き止まりになっていた。そこにまた扉がついていた。普通の扉に見えた。代理人の男はその扉に向かってまた杖を向け呪文を唱えた。1階で唱えた呪文とは違うものだった。

「お嬢様は覚えておられますか?」男はその扉のレバーに手をかけて私の方を振り返った。

「いや。ゲートは覚えているが、多分、目隠しをされてたんじゃないか? こんなところにあるとは思ってもいなかった」

「私も最初にご一緒したときは目隠しをされました」

 ガチャリと扉が引かれると、その中に別の魔法の扉があった。縦長の楕円をしていて、足元もせまい。扉というより空間の穴だ。その向こうには城の一室のような石壁が見える。そちらの部屋にも見覚えはなかった。しかし穴のこちら側からも見える位置の壁に旗が吊られている。その紋章は私の杖やネゾネズユターダ君の杖に彫られているものと同じだ。シンプルに丸の中に点を打った通称マルテン、ギュキヒス家の紋章である。

 ふと振り返ると背中側の壁にも小さな布が下げられている。フラスコと本をシンボルにしたヒペスザプピネレシレカシの紋章が刺繍してあった。向こうの紋章が立派なのに対してこっちの紋章の布は経年劣化でボロボロになっている。それぞれの見栄の形が分かるようだ。ボロボロのレシレカシの方も本当に無頓着なわけではない。私はこの学校のこういう無頓着アピールもだんだん分かるようになっていた。

 代理人が先にゲートを抜けた。トイレの個室に入るかのように普通に楕円の穴を足を上げて抜けていった。「どうぞ」男は穴の向こうで振り返り声をかけてきた。

 頭を下げる必要がない程度には大きかったが、私はつい潜るようにしてそこを抜けた。

 冷たい空気はこちらとあちらで同じだった。だが気のせいかもしれないが、違うものも感じた。そして懐かしさもあった。ここが確かに実家なんだと感じた。

 正体不明の胸騒ぎはどんどん強くなっていて、急いで子供のところに行かなくてはと思った。

 ネゾネズユターダ君も転送ゲートを潜ってこちら側に出た。

 出たところは非常に狭い部屋で、石壁が迫ってくる息苦しさのある部屋だった。扉が1つだけ付いていた。扉には豪華な飾りがついていた。安易な出入口ではなく、ギュキヒス家の1つの玄関として権威を表現していた。

 代理人はまた杖を使ってその扉の封印を解いた。「レシレカシ代理人のリュギボゴゼヴニです。入ってもよろしいですか?」

 私にとってはじれったくなるくらいの間があった。代理人もネゾネズユターダ君もなんとも思ってないようで、何も言わずに返事を待っていた。

 私はイライラと杖で床を叩いていた。

 やがて、「入っていいぞ」という威圧感のある声がして、扉が向こうの人間によって開けられた。

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