第34話 実習の締め

 ネゾネズユターダ君はそのあとの持ち時間の残りで、その他の課題も片付けた。音が消えて、次に増幅して聞こえ、光球が現れたかと思ったらそれが闇に包まれた。最後に魔力の盾を出して消して終わりだった。残り時間が15秒くらい余った。

「すごいすごーい」と私は飛び跳ねて声を出した。めっちゃ気持ちいい。自分のことよりドヤれる。

 ジョジョシュ主任が偉そうに拍手をしながら彼に近づいていくのが見えた。素晴らしいとかなんとかめている。

 物理魔法の実習は続いた。主任は私の近くに二度と近づこうとしなかった。私は立ったまま移動せずに実習を見学していた。

 こちらから近づかないように遠慮していたのに、自分の番を終えたネゾネズユターダ君が彼の方から私に近づいてきた。「見てくれた?」

 私も彼に近づいていった。笑みがこぼれる。ニヤつくのを抑えられなかった。「見た見た。すごかった。大好き」そのまま抱き付いて耳にキスをした。

 彼も私にハグして同じように耳にキスをした。「うまくやれてよかったよ」そして体を離すと、「何かあった?」と言った。

「すぐにバレるね」私は笑った。あとで話そうと思ったが、口から出てしまった。「子供のことを聞いたの。ギュキヒス家で育てるのはやめて養子に出されたんだって。名前もギュキヒスじゃなくなったみたい」

 理解するための間があり、「それっていい話なの?」と聞いてきた。「会えるようになる?」

「ちょっとはね。前よりはマシになったかも」私は両手で彼の両手を取った。新婚夫婦のようだ。「向こうも私を利用しようとするだろうけど」

 彼は眉間に皺を寄せた。「いい話なんだよね?」

「ただ会うだけならね」自分の声は暗くなった。普通の調子では話せない。明るいニュースではない。「ますます他人になったから、実の親ですって名乗っても伝わらないと思う。あなたが思うような親子の会話にはならないわ」

「そんなのはどうでもいいよ!」彼の声は明るかった。「ちゃんと会えるなら充分さ。そこまで贅沢は言わないよ!」私の両手を強く握り、彼は私に笑顔を近づけた。

 私も握り返した。「あなたがそう言うなら……」

「もちろんだよ!」

 私はまだ戸惑っていた。しかし彼が納得しているのは分かった。これはあとになって私が理解したことだけど、私こそが家督という名目の繋がりにこだわっていたのだった。夫婦としては認められず、子供も親子として承認は得られない状況で、せめて子供と家系図の中だけでも繋がっていたいと考えていた。私も親や周りの人間たちのようにギュキヒス家という貴族の価値観を内面に持っていたのだ。ネゾネズユターダ君は私の名前になんの執着もなかった。私との関係や子供の父親であるという関係を利用しておいしい思いをしてやろうとかそんな邪心はなかったのだ。むしろ邪魔だと考えていた。このような状況なので育てることはできなくても、実の父親というちょっと特別な関係ではあっても、数ある親戚の1人として子供と関わりたいだけだった。こちらはこちらで南西蛮族の間でのごく普通の価値観で家族観らしいのだけど、私はそんなことは理解できていなかった。あるいは理屈を聞いていたとしても、聞いたときに納得するのは難しかったと思う。そんなのは建前で、結局うちの富と名声を狙ってるんじゃないかと警戒していただろう。私の立場ではその警戒も仕方ないことだった。

 そのようなわけで、私はこのときはまだ彼が納得していることに納得できないまま、それならこの展開を受け入れることにしようと思った。この先にまた私が思っていたのとは違っても、子供たちとの未来があるかもしれないと思った。

 実際にはこの12時間後にちょっと違う決着が待っていた。その決着というのはこのときに思っていた未来よりも良い未来だった。

 実習の授業が終わって30分の自由時間になった。

 ほとんどの生徒がこの時間のためにこの授業を受けていた。ジョジョシュ主任がこれより自由時間と宣言すると生徒たちはやったーと声を上げた。

 生真面目な生徒がいち早く土の壁の魔法を唱えた。実習中にも見た魔法だった。地面が競り上がり生徒たちを囲むように防壁が形成される。気の早い生徒たちはすでに爆裂魔法や炸裂魔法の詠唱を始めている。どれだけ派手な魔法を唱えられるか、男子だけでなく女子にとっても腕の見せ所であった。落雷と竜巻、さらに連鎖れんさ爆裂ばくれつ光電球こうでんきゅうという派手好きの間で今流行の魔法の詠唱が聞こえる。土の壁の周囲に静音の魔法を誰かが唱えた。レシレカシの学生はこの学年になる前のどこかの実習で耳をやられる経験をしていた。

 ネゾネズユターダ君も例外ではない。誰もいない土塁どるいの奥に向けて、連鎖爆裂光電球に連鎖分裂と遅延分割をトッピングしている。成功すれば、元の魔法に16分裂と16分裂が加わり、さらにランダムな遅延時間が発生するはずだ。結果としてその魔法は4096発の真っ白な電気の放電と爆発が、半径6メートルの球形の空間に断続的に発生させる。詠唱しているときの彼はさすがに年相応の派手好きの16歳になっていた。目が半分イッていた。

 元々の『光電球』の魔法の音がとにかく大きい。爆裂魔法の体を震わせる低音ではなくて、電気を思わせるキーンという高周波の音に空気の振動が伴う、なんとも表現できないが、命の危険を感じて逃げたくなるような、独特の耳鳴り音なのだ。

 ネゾネズユターダ君の魔法詠唱が終わるとそれが発現した。稲光のような白い放電の光で1分近く周囲が真っ白になった。静音のおかげで音がなかった。ただ帯電した空気とオゾンの臭いが周囲に漂って、乾燥した空気が鼻をついた。動物的な危険を感じる空気だ。

 とはいえ、この自由時間は、この、下手すると死んじゃうぜというヤバさが生徒に受けるのである。そこかしこで我こそはと皆がヤバい魔法を炸裂させた。

 ジョジョシュ主任がこのときばかりは余裕のない表情で監督していた。

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