第31話 実習前の雑談

 実習開始までにはまだ時間があった。生徒が実演場に少しずつ姿を現していた。あまりサボる生徒はいない。基礎理論を大事にして座学ざがくばかりのレシレカシにおいては物理魔法の実習は楽しい授業だ。そもそも魔法使いになったのならこういうことをやりたいという子供の憧れそのものでもある。私にまったくその才能がないのが悔しくてしょうがない。

 私が挨拶して、また生徒たちから拍手があり、それが収まって、実習開始まで間があるので間抜けな空気になった。生徒たちは拍手が終わったあとにポツポツと隣の友達と話し始めた。私はみんなの前から退場してネゾネズユターダ君の方へと歩いていった。彼はさきほど別れた2人の友達と一緒だった。

 彼の方が友達から離れて近づいてきた。「その服もかわいいよ」彼は私の手を握った。「綺麗」そして顔を近づけて頬にキスをした。

 最初の頃はネゾネズユターダ君は私を置いて去るのが嫌なようで、林のような状況で気持ちの折り合いをつけるのが大変だった。大丈夫?とか本当にいいの?とか聞いて、なかなか離れようとしなかった。私を1人にしないとメイドが出てこれない。メイドはメイドで彼と2人きりのときに出てきて話しかけるわけにもいかない。何回かやりとりを繰り返してやっと彼も素早く次の行動に移れるようになった。その後もしばらくはあとで「1人にしちゃってごめん」と付け足しで言ってくるのを止められなかった。それも言わなくなったのは最近のことである。やっと慣れたというか、彼も学んだというか。こっちとしてもいちいち平気平気とか言うのも面倒だったので、とてもありがたい。

 私も彼の頬にキスを返した。「さっきは最高だったよ」

「それはよかった。僕も最高だった」

 そのままお互いの腰に手を回してくっついた。そこに彼の友人2人がやってきた。私たちは離れて右手と左手をつないだ。

「さっきはどうも」7年生の貴族生徒シュチャペヒャテヒョイ君は軽く会釈した。

「こちらこそ彼を借りてしまってごめんね。せっかく男同士で話してたのに」

「いえいえ。こちらこそ先輩の夫をお借りしてました」彼は笑った。「見学する予定だったんですね」

「最初はそのつもりなかったんだけど、ついでにね。物理魔法を見るのは好きだし」

「俺も好きですよ。魔法使いはみんな好きです」

「だよねー」

 風向きは南。草が揺れて音を立てた。

 横から女生徒が話し掛けてきた。「ちょっと。ザラッラ先輩を馬鹿にしてるの?」

 驚いた。言われた貴族生徒もネゾネズユターダ君も驚いた。彼女の方を見る。こちらも見覚えのある7年生の子だ。

「私は物理魔法とか嫌いだし、使えなくても魔法使いとしての評価には関係ないと思う」

 私は目の前にある、頭1つ下のその女生徒の頭を撫でた。「大丈夫大丈夫、私たちは物理魔法が好きって話をしてただけだよ。ありがとうね」そのまま手を首に下ろし、動物を手懐てなづけるように肩に手を置いた。

 彼女は私の顔を見て顔を真っ赤にした。慌てて目を逸らす。耳が赤くなっていく。「すいません。ついかっとなって」

「いいのよ。気持ちはありがたいわ」私は彼女の肩から手を離した。「物理魔法は嫌いなの?」

「嫌いです。あんなのを覚えても軍から魔法使いが便利な道具扱いされるだけです」

「確かにそれは一理あるけど……」精神魔法も遺伝子操作魔法も、便利な道具扱いされるのは避けられないからなー。「そもそも魔法使いがそうだし、もっと言えば有能な人間って、魔法使いじゃなくてもそういうところあるからなー」

「だからこそ“無用”な魔法って最高だと思いませんか?」彼女は急に顔を上げて私の目を正面から見た。

 どうやら私のセリフが彼女の意の芯を食ったらしい。興味がある議題ではあるけど、今は派手な物理魔法を見たいだけという気分だった。「その話は見学のあとだったら付き合うわよ」

 彼女は目を輝かせた。もう耳の色は正常に戻っていた。「本当ですか? ありがとうございます。私は先輩の研究が大好きなんです。古代の魔導書のクロスワードとか」

「クロスワードいいよね。ピワチノミュのパズルとか大好き」

「私もです! あとガヌデレズバも好きです」

「渋い! 私も好き!」

 こんなところに趣味が合う人がいるとは。

 あと固有名詞が出たけど古代のパズル作家のファン以外にはどうでもいい名前である。逆にファンなのにこの辺の名前を知らないならモグリである。ピワチノミュ、ガヌデレズバのほか、ニキ、ピュピ、ボユサビあたりは押さえておいて損はない。

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