第30話 ジョジョシュ主任

 一本の細長い布を、首の下で交差させて胸をおおいい、背中側も同様に交差させて脇の下で前後を入れ替えて伸ばし股下で一周するスリングの下着は、動きやすさは充分だった。黒と白でられたそれは幅も広く厚手で、お尻も半分は隠している。メイドは結び目を脇腹のあたりに作っていた。それは上着の脇腹の穴から見えてアクセントになっていた。靴は朝のままだった。本当は服に合わせて靴も合わせたいところだ。

 しばらくメイドの横に並んで歩いていった。ふっと林の中に獣道のように草の生えてない道が現れた。女生徒が3人、グループで歩いている。見覚えがあった。ネゾネズユターダ君の学年の生徒には顔見知りが多い。

「あ、ザラッラ゠エピドリョマス先輩。こんにちは」

 私も挨拶をした。実習を見学しようと思ってという話をしながら一緒に歩いた。気がつくとメイドは距離を取って邪魔をしない位置に移動していた。

 林を抜けて、開けた空間に出た。雑草が生えている場所もあるが、中央やその近辺は地面が黒く焦げたり、不自然に盛り上がったりえぐれたりして、草も生えていなかった。広場の奥には林が見え、つつみの盛り上がりが見えた。学校を囲む城塞の壁は見えない。矢倉や物見塔の一部は林の隙間から見えた。

 広場の手前にはすでに20人ほど生徒が集まっていた。ネゾネズユターダ君と友達のグループも見える。

 生徒たちの先頭に教師のローブを着たリョピョギュ゠ジョジョシュ主任がいた。研究生である私の直接の上司である。

「あれ? 先生?」

 ジョジョシュ主任も私に気づいた。「ザラッラ゠エピドリョマス君、どうしたんだね?」

 私はネゾネズユターダ君と、どっちの挨拶を先にしようかと迷った。話し掛けられて無視するわけにもいかなかったので主任を先にした。「物理魔法の実習があると聞いて、ちょうど近くまで来てたので見学しようかと」そう言って私は主任のそばへと寄った。自然と私も生徒たちの前に出る形になった。

 生徒たちが私を見てひそひそと会話を始める。私はみんなに手を振る感じでネゾネズユターダ君に服をアピールして着替えたよと伝えた。彼はOKサインを送ってきた。

 私は主任の横に立った。本来であれば研究生の私の成果を評価し、厳しく監督する立場の人間だけど、私は研究成果があってもなくてもどうでもいいので、ジョジョシュ主任は必然的に監督などせず私を放任している。研究についての評価ではなく、人間として問題がないかの評価をギュキヒス家に報告する仕事である。そんなわけで会ったのも半年ぶりくらいだ。

 ギュキヒス家との連絡口の一つとして私にとってうっとうしい人間の1人ではあるけど、それよりもうっとうしい趣味が彼にはあった。

「主任は大学の研究生監督が仕事じゃないんですか?」

「そのほかに学校の授業の手伝いもこうしてやってるよ」ジョジョシュ主任はニコニコしている。私に会えた嬉しさを隠そうとしていない。「見学なら歓迎するよ」咳払いをした。「あー、今日はザラッラ゠エピドリョマス・ギュキヒス研究生が実習を見学するそうだ。みなさんそわそわしないように。彼女は精神魔法と遺伝子操作魔法のエキスパートだ。大学に進学すれば彼女の講義も受けられると思う」

「ザラッラ゠エピドリョマス・ギュキヒスです。私は物理魔法が一切使えないので、こういう実演を見るのは楽しみです。よろしくお願いします」

 わーという歓声と共に握手があった。私が学生だった時に、普通のゲストで歓声が上がった記憶はないから、これは私という有名人への反応だと考えても勘違いではなかった。

 ジョジョシュ主任がいつもの絡み方をする。「ザラッラ゠エピドリョマス君、是非、フルネームを名乗ってもらえないかね?」

 断ってもしつこいと知っているので私は強くは断らない。「先生、好きですね。ほんとに」

「ギュキヒス家のフルネームを聞くのは大好きだよ」

 生徒たちは私たちに注目していた。私は皆の方を見た。「えー、私のフルネームはもっと長いです。いいですか? ザラッラ゠エピドリョマス・ギュワレズ・ギツ゠セソデ・ギュキヒス・チヒヤ゠ギコ゠チデ」主任の顔を見ると続きをどうぞという反応を見せた。私に説明させるのもお約束だ。「ギュワレズが父方の名前で、ギツ゠セソデが母方の名前です。ギュキヒスが一族の名前になります。チヒヤ゠ギコ゠チデはヒイータ戦争で南軍側にいたという意味です」

 生徒たちから、おおーという声が漏れた。早口で説明したから絶対分かってないはずである。説明のすごそうな雰囲気に飲まれて生徒は声を出していた。

「すごいだろう。このおかげでギュキヒス家は名前を聞くだけで系譜や系統が調べられるんだぞ」ジョジョシュ主任はなぜかドヤ顔だった。

 ジョジョシュ主任はギュキヒス家マニアなのである。地元にはこの手のマニアがいっぱいいるが、遠いレシレカシの地でギュキヒス家マニアに会うとは思わなかった。会うと実家で見たことや聞いたことをなんでもいいから聞かせてくれとうるさいので面倒なことこの上なかった。

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