第29話 昼下がりから実習見学まで

 物資搬入用の舗装路から逸れて歩行者用の細い道に入った。遊歩道のように林の中をワインディングしながらつつみの登りを避けて実演場に行ける近道だった。

「ザラッラ先輩が教職になるとか学長になればいいって話がありますけど、あれは噂ですよね?」貴族生徒自身は噂を信じてはいない口調だった。

「そうだね。ありえないよ。まあ、大学の方で講義することはあるだろうし、大学の特別講師という枠は与えられると思う」

 ネゾネズユターダ君が、「講義できる専門分野がありますからね」と小さい声で言った。

「そう。私も教えたいし。けど、学校の方で教師をしたり、学校の運営に回ることはないよ。貴族生徒はスポンサーの接待枠だからね」

「そうですよねえ」

 眼鏡の貴族生徒は成績もいい。「貴族生徒が成績優秀だと、どんな感じ? 是非先生にって勧誘される? それとも嫌がらせされたりする?」

「将来のことは聞かれますが、レシレカシの先生たちはそういうのがすごくフェアですね。元が問題児でも成績が優秀であれば普通に評価されます。逆に言うと特別待遇はされません」

「じゃあ、あとは君の頑張り次第だ?」

「そうです。あとハングリー精神の問題ですね」

「ああ、なるほど。大事だね」道が狭くなって4人で並べなくなった。私と彼の間にいた6年生は一歩下がり3人が並んだ。「自己分析ができてる」

「そうです。まあ、普通に、平民の生徒に学校のポストは譲ろうかと思います」

「ふーん」

「元は俺も問題児でしたけど、最近は実家ともうまくやれてますし」

「それはよかった」本当にそう思った。鬱病とパニック障害では引きこもりの将来しかなかっただろう。あとは、病気になった原因が実家の環境に無いことを願うばかりだ。

 というか普通に会話ができていて予後よごが非常に良好だ。

「まあ、そんなわけで、噂にはなってるけど、先輩が大学の面倒な仕事をやるとか、無いだろうなと思いまして」

「まあね。運営に興味もないし、この学校をどうしたいなんて気持ちもないしね」こういう噂は機会があるごとに地道に打ち消していくに限る。

「むしろこの学校の運営に貴族が口を出したら駄目ですよ。絶対、すぐに腐敗します。俺はこの青くさい能力主義を維持しているところが大好きです」

「あはは!」私は笑った。「恋愛相談をしたり、生徒に便利な魔法を教えたりで、『あの人を先生に』って言われるのも、その流れかもね」

「まあ、その流れで言うとザラッラ先輩は学校関係者からのウケはよくないですよ。出世はできないと思います」

 私が出世に興味がなく、学校関係者と仲良くやろうともしてないことを知ってての冗談だった。「あはは」彼の肩をバシっと叩く。「分かってるじゃん。名前はなんだっけ? シュチャペヒャテヒョイで合ってる?」

「合ってます」

 後ろを歩いている6年生が入ってきた。「普通の会話してるけど、その人さっきから先輩の横乳をガン見してますからね」

 言われた眼鏡のシュチャペヒャテヒョイ君が振り返った。「お前もその位置取りはガン見ポジションじゃねえか」

「というか、その服、やばいですね。正面からだとちょっと見えるなあくらいなのに、横からだとモロです」

「ははは。いいでしょ。うちのデザイナーの新作なんだよ」私は上半身を左右にひねって角度を変えて見せた。

 隣のネゾネズユターダ君が小声で、「あんまり見ないでくれよな……」と控え目につぶやく。

 その言い方が強気なんだけど弱気な調子で、私も含めた彼を除く3人で爆笑した。

「どうする? ちょっとあっちの林の方に2人で行く?」笑いが収まると私は悪戯いたずらっぽく言った。

 彼は私を掴んだ手に力を入れた。彼を見ると、私の顔を覗き込んできた。「ん、いい?」

 私は何も言わずに微笑んで見せた。こちらに異論はなく、彼もその気なら何も問題はない。手を握り返した。

 横の2人の方を見て、「ちょっと彼を借りてくね」と言った。

 2人はニヤニヤして、無言でどうぞどうぞと手を振った。私も手を振り返した。

 ネゾネズユターダ君も2人に手を振った。「またあとで」

「おー」

「別に『借りられた』わけじゃないからな」

「分かってるよ」2人は笑った。

 私とネゾネズユターダ君は道を逸れて林の中に入っていった。

 演習場入口近くの林は迷ったり怪我をしないようにそこそこ整備されていて怪我をせずに林間も歩けるようになっている。

 枯葉と枝を踏む音が大きく響いた。私たちはつないでいた手の力を緩めて慎重に歩いた。

 ネゾネズユターダ君が口を開いた。友達の前にいるときの控え目な感じから、私の彼氏の感じに戻っていた。彼だけでなく私もそうだけど、必要以上に尻に敷いてます敷かれてます感を演じてしまうときがあった。2人きりのときは全然そんな感じじゃないのに。「嫉妬より前から、そういう気分になってたから、君に言ってもらえて嬉しかったよ」

「私もそういう気分になってたからよかった」服のことはなんとかなるだろう。

 ちょっと進むともう周囲に人の気配はなくなって静かになる。木々の隙間からも建物が見えない。

 2人でなんとなくこのへんでいいかという空気になり、周囲を見て、下生したばえの浅い場所を探した。それぞれ別の方向に見つけて一瞬だけ引っ張り合った。互いの見つけた場所を比較して、あっちにしようという感じで目を合わせた。それからわざとゆっくり歩いた。

 場所に辿りつくとネゾネズユターダ君は制服の上を脱ぎ始めた。ズボンだけでは邪魔になるので制服の上着も脱いだ方がいいというのは私たちの経験則だった。私は腰に穴の開いた自分のパンツを脱ごうとするんだけど、やっぱり難しい。最悪の場合は切り裂いてもいいんだけど、私の服の払い下げにも需要があるのでなるべく避けたかった。

 上着を草の上に脱ぎ捨てるとネゾネズユターダ君が私のウエストにとりかかった。複雑な飾りベルトの結びを手間取りながらもほどいていく。やがていましめのテンションがゆるんでパンツが脱げるようになった。彼は私のパンツを下着ごと足首まで下げた。私は彼の背に手を乗せた。片足ずつ上げて、彼が片足ずつ脱がしていく。脱がせたパンツを丸めると、彼は自分の上着の上に置いた。

 そして彼が自分自身の制服のズボンのベルトを外し、それを下げた。お互いに息が荒くなっていて準備万端だ。彼は靴を履いたままズボンから片足を抜いた。もう一方の足に引っかけたままにした。私は自分の足を立ち上がった彼の腰に巻き付けた。彼は両手を私の太股に回して抱えこんだ。この感じも身長が同じ今だからこそという感じである。彼が私の中に入ってくるとすぐに気持ちよくなってしまい、声を我慢できたのは最初だけだった。彼は自分の唇で私の口をふさいだ。下半身と下半身をぶつけあう音に自分でも興奮し、私は必死で腰をまわした。

 彼が私の中で果て、私たちはやっと離れた。額から汗が流れていた。

「あー、こんなの久し振りだ」私は言った。

「ほんとだね」彼はシャツのポケットからハンカチを出し、私の下半身を拭いた。「気持ちよかった」

 私はまた彼につかまり、そのまま拭かせていた。「ほんとに」

 彼が自分のズボンを穿き、私の服を取ろうと移動すると、その背中に私は声をかけた。「着せなくていいわ。丸めたまま持ってきて」

 彼は止まって周囲を見回した。「やっぱりすごいな」誰かいるとは思えないのは私も同じだった。「分かった」彼は丸めたパンツを拾って、その下の制服の上着も掴んだ。私に丸めたそれを持たせると、上着の木の葉をパンパンと払い、着ずに腕に掛けた。「それじゃあまたあとで」

「ん」私は下半身裸のまま手を振った。自分が都合のいい女になったみたいで愉快だった。笑いが声に出そうなのを我慢した。

 彼が林を進み、姿が見えなくなると、別の方向から足音が聞こえた。メイドが姿を現した。両手に2着の着替えを持っていた。朝の3つの候補の残り2つだ。どちらか1つでもよかったのに両方持ってくるとは。

 私はデザイナーの名前を告げた。彼女は私の持っているパンツを受け取り、外れた方の服と一緒に持参した布袋の中に収納した。私の上も脱がせてから着付けを始めた。

 次の服は紐のような帯のようなスリング形状で黒と白がり合わさった下着に、7分袖でダボっとした上着と膝丈のスカートを組み合わせたものだった。上着はあえてへそは隠し脇腹を見せるようにカットが入っていて、スカートとは飾りの紺のバンドで上下をつなげている。全体の色は暗めの黄色でまとめられていた。女の子っぽくもあり、大人っぽさもあり。いいバランスだ。

 鏡で全体をチェックできないのが残念だった。私はメイドの持参した手鏡で確認した。

「よいと思います」メイドは言った。

「ありがとう。こっちもいいね」

 感想が付いた。「かわいいです。それでは失礼します」

 メイドが行ってしまおうとするので声をかけた。「待って、道まで一緒に行こうよ」

 彼女は足を止めて私を待った。私は隣に並び、一緒に林の中を歩いた。林の中を歩くと、ちゃんと彼女も草を踏む音がした。

「どうせなら実習の見学をしようかなー、あれ見るの好きなんだよね」

 彼女はうなずいた。「『真空結界』について手続きが終わりました。使っていいそうです」

「ほーい」

 膝丈のスカートでは林の中は危なかったが、メイドの進む道は安全だった。

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