第25話 昼食後の休憩

 貴族生徒の方から私への質問はほとんどなかった。しかし、私の実家の情報を入手せず手ぶらで帰るわけにもいかないのだろう。彼は私の質問を利用する形で同じ質問を返してきた。

 ザラッラ゠エピドリョマス先輩の実家では優秀な跡継ぎはいますか? 私と違って近隣とも良好な関係を築けているんでしょうね。先輩は実家に帰ったら何をされるのですか?

 ほとんどの質問には無難に答えた。どこも同じですよ。ニョビュル家と変わりありませんわ。お互い大変ですね。しかし将来については攻撃的になるのを抑えられなかった。

「私は研究者として一生をここで過ごすつもりですわ。実家も、ここに送り出したときに私のことは諦めているでしょう。もし帰るようなことがあれば、どこかのつまらない部下への褒美としてとつがされることになるでしょうが、そんなのはまっぴらごめんです」

 ビョヤキョは信じられないといった顔で言った。「いやいや。そんなことはないでしょう。あなたのその美貌びぼうを低く見積もるものではありませんよ。狙っている王侯貴族はたくさんいます。あなたを見ただけで降伏する人がたくさんいるでしょう」

「こんな私でも外交のカードになるのであれば生まれた甲斐があったというものです」

「いえいえ。そのような御謙遜はかえって世の女性への失礼というもの」

 こういう茶番のやりとりはともかく、私は10歳で家を出てから帰省を一度もしていないので実家のパイプになるかといえば明確にノーである。使えないと見捨てられて魔法学校に送られてきたのだ。私自身も使われたくないから自分の価値を上げずに生きてきた。私のご機嫌を取ることでギュキヒス家との覚えが目出度めでたくなることはない。お世辞を私に言っても何も状況は変わらない。

 一方で向こうの執事はこちらを観察しているし、うちのメイドもこのやりとりを見ている。それらの報告は学園にいるギュキヒス家の者を通じて本家に伝わる。私は何の影響力もないのだけど、私という人間を軽く扱うか丁寧に扱うかという態度が、ある種の情報になるのだ。

 だから私が分かったことは1つ、実家のギュキヒス家は没落などしていないし、勢力が低下もしていない。ナメた態度を取るわけにはいかないと警戒されるくらいには今もイケイケだ。ビョヤキョ君の顔にも後ろの執事の顔にも不自然に多い汗が流れていた。ギュキヒス家とは今後ともよいお付き合いをしていきたく存じます、といったところである。目の前の人間が馬鹿なビッチだろうと決してぞんざいには扱いません。

 食事が終わった。ウェイターは椅子を引いた。そろそろこのへんで。楽しかったです。またいつか一緒にお食事でも。今日はありがとうございました。

 レストランの扉の内側には閂の金具が取り付けられていた。不自然に頑丈な扉だったが、侵略者を阻止する門としての役割を意識した造りだった。上を見ると外に矢を射掛けるための銃眼じゅうがんが等間隔で並んでいる。レシレカシには一般の軍事目標となるようなものは無いと思っていたが、食堂には別の歴史があるのかもしれない。

 外に出るとメイドはおつかれさまでしたと声をかけてきた。

「疲れたわ。このあたりでお茶しましょう」私はその辺に声をかけた。「おーい、誰か、このあと私とお茶しない?」

 あたりにいた数人の生徒がこちらを見た。しばらく躊躇していた。やがて1人が、「先輩、是非、ご一緒させてください」と声をかけてきて、それからは私も私もと次々に釣れた。後ろにいたメイドは食堂の方に消えていた。

 野外のテーブルの1つを確保した。私が席につき、何人かは追加で別のテーブルから椅子を持ってきて座った。8人の女生徒がテーブルを囲む中で、2人の男子生徒が、「先輩、私もご一緒してよろしいですか?」と聞いてきた。容姿に多少の自信ありといった感じだった。1人は一筋ひとすじの前髪を目の横に垂らしていて、ばっちり決まっている。

 8人の女生徒の反応を見ると、露骨に拒絶している者から、社交辞令として無表情に対応している者まで幅があった。

「もちろんよ。どうぞ席に」私は手を出して斜め前あたりを示した。

 伸ばした私の手よりも、その体勢で見えた横乳を見ていた。「あ、はい。ありがとうございます」彼は私が示した位置に自分の椅子を運んだ。

 メイドが食堂から職員にお茶とお菓子を持たせて戻ってきた。

「ザラッラ先輩、私のことは覚えていますか?」皆が席を決めたか決めないかというタイミングで、先に座っていた1人が声をかけてきた。横のもう1人も頷いている。

 どうやら2人で私と昼食を食べたようだ。私には覚えがなかった。「すいません。覚えていないわ。どちらでしたっけ?」

 彼女は自分の名前を言って、隣の友達の名前も告げた。ショートカットの髪の一部を明るい青に染めていて、印象的な外見だった。ここまで前衛的な魔法使いはレシレカシといえど数が少ない。しかし名前には覚えがなかった。

 興味があったのでその髪はどうやったのかという質問をして、そこから染髪についてのトークがいきなり盛り上がった。

 その話を邪魔しないように控え目に、メイドと食堂職員がお茶とお菓子を野外テーブルに並べていった。

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