第24話 ある貴族生徒のダイジェスト

 過去の経験からうちのメイドが今日のうちに言うことの1つは分かっている。やり残しがあったので『肌をすべすべにしてシミとシワを取る魔法ベドカグシホマ゠ジソツォピ゠ゴン゠ラガホスガキ』をもう一度かけてください、というものだ。別にやらない理由はない。しかしこういうのは気になると次から次に、最終的に毎日お願いせずにはいられなくなるのが人間の心理というものらしく、私は少し制限をするつもりだった。ベッドでいちいち気にされてその場での集中を欠いてしまってはこっちが楽しめない。

 キャンバス内の人の数はやや多い。下級生の食事が終わった頃と私はあたりをつけた。私のことをじろじろ見る生徒も多かった。

 食堂の前まで来たとき女生徒4人が声を揃えてザラッラ゠エピドリョマスせんぱーいと遠くから声をかけてきた。私はそちらに手を振った。見覚えがある顔だった。会食で一緒になったことがあった。

 男子生徒もちらちら見ている。ネゾネズユターダ君の友達の顔もあった。彼に紹介されたことがある。私はそちらに向かって軽く会釈した。

 ビュフェ形式の食堂の隣にあるレストラン『ヒペスザプピネレシレカシの食事』の入口の前にはウェイターが立ってこちらを待っていた。

「いらっしゃいませ。ザラッラ゠エピドリョマス様」渋くていい声だった。彼はそう言うと両開きの扉を開けた。

 扉は重厚で旋風つむじかぜと雲をモチーフにした装飾が等間隔に16箇所ほどこされていた。最近ではなく100年以上前の様式のはずである。私も詳しくはないけど。

 軽く礼をすると、私は案内されるままに中に入った。後ろから私のメイドが続いた。

 中にはテーブルが8つ並んでいる。1つのテーブルを7つのテーブルが囲む配置になっていて、当然のように貴族生徒ビョヤキョは中央のテーブルの正面の席のそばで立って待っていた。横には彼の執事が控えている。周囲7つのテーブルは空だ。中央のテーブルには籠に花が飾り付けられているのに、残り7つのテーブルには何も乗っていなかった。

 レストランは100人の立食パーティが開けるほどに広い。厨房は今は静かだ。馴染みのウェイターのほか、ウェイトレスも2人、隅に控えている。他の人影はない。

 私は中央に歩み寄ると軽く会釈した。未婚の女性がやる挨拶はしなかった。未婚ぽく髪は長いがちゃんと結ってきたしね。

「お招きいただきありがとうございます。ビョヤキョ・オス・ニョビュル様」

 17歳の彼は精一杯紳士的な声を出した。「こちらこそ来ていただきありがとうございます。ザラッラ゠エピドリョマス・ギュキヒス先輩」

 そして席を勧めてきた。私の後ろに来ていたウェイターが椅子を引いた。私はありがとうと言って腰を下ろした。

 私が食事に誘ったのでこのやりとりは事実に反している。貴族生徒の彼は私を食事に招きたくはなかっただろう。だが、こういう席では男が誘って女がそれに応じたという形式にしておくものだ。逆だと私がナンパしたように見えてしまう。

 しかしそこで話がややこしいのが、私が年上で、家の格も遥かに上であるという点である。ギュキヒス家の娘を誘うなど身の程しらずということで彼が非難される可能性も高い。貸し借りなしで無難にこの時間をこなすにはどうしたらいいのか、彼はずいぶん悩んだことだろう。

 野外のテーブルで気軽にお喋りするでもよかったのだが、思った以上に相手が構えてしまった。

 まあ、こういう体勢ならその形式に合わせてちょっと喋りましょう。

 ニョビュル家が何者かというと、東の方の貴族だそうだ。領地の話もした。地名やその他の固有名詞については忘れて構わないが、ここにだけ一応記録しておくと、ピャズ山脈から東の平地一帯の領主だったが、今はキュボビャマパリョ国の支配を受けて貴族になったという経緯だそうだ。隣の貴族ミュレソとは仲が悪く、小競り合いまで度々起こして一触即発の緊張状態なっている。

 ビョヤキョは長男だ。なぜレシレカシ魔法学校などに入学したのかというと、本人も言いにくそうだったが、部下の息子が非常に優秀で、政治は彼にやらせようという空気になってしまったそうだ。ビョヤキョはそれが面白くなく嫌がらせをした。目に余るということで部下の息子ではなく彼の方が魔法学校へと追い出されてしまったらしい。

 年上といっても通常なら将来の自分の部下になる男なんだから嫌がらせなどしなくてもいいのに、というのは正論だ。私は正論で納得しない側の人間なので、彼の気持ちはよく分かった。他人が自分よりちやほやされてるのを見ても我慢するのは、言葉で言うほど簡単なことではない。

 さらに実家では次男、三男も生まれて、そちらはちゃんとうまくやれてるとか。卒業しても、父の後を継ぐのではなく隣地との小競り合いの前線に送られるのが目に見えているという。彼は自嘲気味に愚痴っぽく語った。

 彼の魔法の実力については自己申告だけでは私では判断つかなかった。あまりよくはないだろうというのが私の見立てである。彼の振る舞いには、実力不足の人間が家柄やハッタリで誤魔化すときの、虚勢の臭いがした。ナメられたくないというのは私も分かる一方で、ナメられてから自分の得意分野を見つけてそこで勝負する方がいいよ、とアドバイスしたくなった。

「それは大変ですね。心中、お察しいたします」と言ってみたけど、逆効果だったようだ。彼は私を睨んできた。皮肉にしか聞こえなかったようだ。

 ほんとにもー、めんどくせーな。良家とか名家とかに生まれた苦悩は同じ立場の人間としか分かりあえないと思うのだけど、実際には全然通じない。ネゾネズユターダ君の方がよっぽど話が通じる。

 彼は元々がひねくれた性格なのに、学校に来ても性格は変わらずといったところだ。身も蓋もない言い方をすると。

 前線に送られるのも自業自得と言える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る