第19話 彼氏との夕食と会話という名の前支度

 夕食の会話はネゾネズユターダ君の学校生活の報告から始まる。まともに学校生活していなかった私には新鮮な話題だ。たまに学生なら知ってる前提で話されて私が分からないこともあるけど。

 今日は結界についての講義があり、うちで教えていない実務系の魔法についての講義があり、歴史についての講義があった。実験や訓練がほとんどなく、座学ざがく一辺倒いっぺんとうなのが実にレシレカシらしい。午後の授業でやっと祈祷法きとうほうの実習があってみんなでわいわいやったそうだ。私はどの授業も覚えがないのでネゾネズユターダ君から講義の内容を全部聞いて内容を聞いていった。それでも分からないことは質問をはさんだ。彼はそれに答えた。やっていることは魔法学校の貴重な講義の又聞またぎきである。彼はその日の授業の内容を聞いて理解して、私の質問に答えられる状態になっていた。別に彼の理解度を試したいという立派な指導意図などはない。私が学校の授業の内容を知らないからここで復習しているだけである。聞いたところで私の成績がこれから上がるわけでも魔法が使えるようになるわけでもない。ただ、やれと言われない研究員の立場になってから学校の講義内容を聞くのは悪くなかった。現代の魔法がどのように成立しているのか、学校ではそれをどのように簡略化しているのかが分かった。学習に義務も責任も発生しないのがいい。好奇心だけをもってネゾネズユターダ君の講義を聞けばいい。私の頭にもすんなり内容が入ってきた。

 私から言わせてもらうと歴史についての講義はイマイチだ。内容はここ100年くらいの内容で、それ以前の歴史は学校の授業ではほとんど教えていなかった。もっと古代もやった方がいいんじゃないかと思う。

「『遠隔子宮』のことは人に話さなかったけど、僕が自分の子供に会いたいって話は友達に話しちゃったんだよ。そしたらお姉ちゃんと同じことを言われたんだ。あまりしつこく関わろうとするとギュキヒス家に殺されるって。それも僕だけじゃなく、お姉ちゃんも殺されるかもしれないって」

「うん。まあ、誰に聞いても同じことを言うよね」

「それで家族のことをみんなに聞いてまわったんだけど、北の方のみんなと僕の方の家族じゃ、色々話が違いすぎててびっくりしちゃった」

「ああ、なるほど」16歳で家族のあり方とか子育ての文化とか話すことはないもんな。ネゾネズユターダ君はもう父親になっちゃったから、そこで一足早く文化の擦り合わせをすることになったのか。「ブユの人の家族構成とか文化は勉強したつもりだけど、ギュキヒスとは全然違うもんね」ブユというのは南西蛮族ばんぞくのうち、ネゾネズユターダ君たちの名前である。「なかなか同じように子育てするっていうのは無理だよ。というか、私も別にギュキヒス家と馴染んでないけど」

 はははと彼は笑った。「ギュキヒス家だと子供は親のものじゃなくて一族のものなんだってね」

「そうだね。ブユの考えだと、うちの実家が子供を盗ったように思うだろうけど、ギュキヒスの考えだと、ネゾネズユターダ君が一家から子供を盗ろうとしていることになるんだよ」

「すごく納得いかない」彼は怒って言った。それから眉間の皺を取る。緊張を緩めて冗談で言い直した。「という話をしているとどこまでいっても平行線なんだろうけど」

「私も何も考えずに子供を実家にあげてたわ。もう二度と会えないのが当たり前だと思ってた」お産の苦労は味わったのに。「当たり前だったら、世の中のほとんどの家族はどうやって子育てしているんだってことなんだけど、私は他の子育てなんて考えたこともなかった」普通は親が自分の子供を育てるのだ。

 それから話は私の昼休みのことになった。途中で私の助手キューリュが私のことが好きだと気づくという一幕ひとまくがあって、そのあとの出来事の話になった。

「私のことをみんなが怖がっているっていう話についてはどう思う?」

 ネゾネズユターダ君はメイドの方をちらっと見た。別に身内なので気にしなくていいのだけど、彼はまだメイドに聞かせていい話と駄目な話を分けようとする。ピロートークまで聞かれていてもしょうがないのが実態なのに。「最近は君もそんなことないと思うようになってきたけど」彼は真面目に答えた。「前は、お姉ちゃんはギュキヒス家もレシレカシも全部破壊してしまうんじゃないかと思っていた。将来は、確実に」

「え?」

「今は違うよ。けど、昔は、僕は覚悟していた」

 私はメイドをちらりと見た。彼女は何も反応せず、その考えは分からなかった。

「ギュキヒスはともかく、私がレシレカシも?」

 彼はそれに直接は答えなかった。「だから怖がっている人がいるのも分かるよ。けど、今は心配しなくてもいいんじゃないかな。ファンもいっぱいいるし」

「そんなに狂犬だったかなー、うーん」私はうなった。「狂犬だったかもなー」

「まあまあ、そこは気楽にやろうよ。それより気になったのが、結局、食堂の一週間出入り禁止ってどうなったの?」

「あ、その話はしてなかった」

「ははは」

「まあ、明日、しれっと行ってみて、そこの反応で決めましょう。執行猶予って感じもあったし」

「それでいいと思うよ」

 私は次の話を切り出した。「それで、ネゾネズユターダ君は将来はどうするの? 私の研究員に入る以外の選択肢もあるって話を聞かされたんだけど」

「仕事は研究員以外でもいいと思うけど、学校の教職員になるのもよくないよね?」

「そうね。もうあなたもギュキヒス家の人間として見られてるもの。あまり学校の中で職を得るのはよくないわ。私から雇われる方がいいと思うもの」

「だったらそれでいいよ。その方がシンプルだ」

「うん」

 ネゾネズユターダ君の考えもシンプルだ。他の夢があって悩んでいるようにも見えなかった。少なくとも今は私に向けての愛情が真っ直ぐで清々しいくらいだ。初恋からずーっと私に夢中になっている。うぬぼれではなくそうとしか考えられない。離れるなど考えたこともないだろう。

 どちらかというと彼ではなく私の方に不安がある。なんだかんだいって一足先におばさんになるのは私なのだ。そのとき彼が私をどう思うか、不安がないといったら嘘になる。彼はそんな不安を持たず完璧に未来を信じているんだろうけど。

 色々な若さを保つ魔法はある。しかしそういう魔法は気持ちの不安を解消してはくれない。普段からそんな不安を抱えているわけではない。ただ10日に1度くらい、そういう気分になることがあって、そういう不安までは消すことができない。四六時中ずーっと安心とはいかない。私だけではないと思う。たぶん。

「もう慣れちゃった」ネゾネズユターダ君は言った。

「なにが?」

「『このままでいいのか?』とか『不自由はしてないか?』とか。学校の中で、僕がお姉ちゃんにひどいことされてるってことにしたい人がたくさんいるんだよ。今日もなんか言われたし」

「ほんとにね」そこには同意する。「私もなんか慣れてきちゃった」私は食事を続けた。「けど、私と一度も喧嘩したことない人ってネゾネズユターダ君が初めてくらいよ」

「ほんと? そうなの? 僕は君が人と喧嘩しているところって見たことないけど」

「見たことないは嘘でしょ」

「あったかもしれないけど、すぐには思い出せないや」

 私は笑った。「だから、どうせ続くわけないって思ってるのよ。まったく」

「なるほどね」

 話題はネゾネズユターダ君の報告による学校の人間関係の話になった。彼は私以上に恋愛相談を受けるらしく、女の子の友達が多い。一方で男の友達は少ない。聞いた話を披露してくれるので7年生の恋愛事情には私も詳しくなった。会ったこともない生徒たちの人間関係を聞いて私は日々の変化と、若者の間の流行の知識を得たりしていた。

 ネゾネズユターダ君の立場については、本人も自覚して自己分析もしている。学年で唯一の南西蛮族で見た目も異質なら、編入生であり奨学生や貴族生徒とも違うし、私の恋人で子持ちでもある。寮生でも通学生でもない。他の学生の人間関係から超越しているのである。そのようなわけで相談しやすいのだと自分で結論を出していた。それにこれは私と出会った頃から変わらない部分で、性根の部分から彼は優しくて素直である。そういうのもプラスなんだと私は思う。

 元々が孤児で親がいないうえ、思春期や反抗期になる頃には私と付き合っていたから、一般的な16歳と違いすぎて比べようがなかった。

 夕食の皿が空になった。デザートを食べ終えて、私はそれらを片付けさせた。

 粛々と片付けをするメイドを見ながら、今後はうちのメイドをどうしようかなあなどと考えていた。

 メイドを見る私の目線にネゾネズユターダ君も気づいて、聞かれないように、どうしたの?という顔をしてきた。私もメイドに聞かれないように、「あとでね」と言った。

 食後の休憩の時間も過ぎた。私は席を立った。ネゾネズユターダ君も続いた。

 寝室のドアを開けた。夕食前に作ったベッドの乱れはとっくに直っていて、跡形もなかった。

 ネゾネズユターダ君が私の肩に手をかけ、服を脱がせた。部屋着は手を上げる必要がなく、ボタンを外してえりを広げると肩から抜けてすとんと床に落ちた。私がベッドへ進み、そこに上がる間に彼も全裸になった。

 私はベッドの上で、彼が服を脱ぐところを見ながら、「うちのメイドたち、私のことがずっと好きだったんだって。全然気づかなかった」と言った。

「やっと気づいたの? それはよかった」彼はズボンを脱いで全裸になった。

 これはあとから聞いたことだけど、ネゾネズユターダ君はメイドたちから何度も言われていたそうだ。「ネゾネズユターダさまと付き合い始めてから、お嬢様は本当に幸せそうです。お嬢様に代わって感謝いたします。ありがとうございます」と。忠義があつくて泣けてくる話である。メイドたちとしては彼への嫉妬もあっただろうに。

「それで、ちょっとあとでメイドの部屋にも行ってみようと思う」

 彼はちんちんを立ててベッドに近づきながら、「んー、まあ、いいと思うけど」と言葉をにごした。

「なに?」

「僕のあとだと彼女たちは嫌なんじゃないかなあ。朝の方がいいと思うよ」

「どうかしら? 朝は忙しいと思うけど」

「うん」

 彼はそれ以上は言わなかった。手を伸ばして私に触れた。相変わらず私の体は自分でもびっくりするくらいすぐに反応した。

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