第18話 “評価不定”は割とモテるがその彼氏はそんなにモテない

 メイドがお話がありますと声をかけてきた。後ろに他の2人も従えている。このタイミングになると3人のうち2人は離れに下がり、家のメイドは1人だけになるのがいつもの流れだ。全員がいるうちに話があるということだろう。内容を訪ねると彼女はネゾネズユターダ君をちらりと見て、彼のいないところで、と言った。

「ちょっとそこにいて」

「分かった」

 私は彼をダイニングに控えさせて、隣のリビングへと移動した。あらためて話を聞くと、代表で声をかけてきたメイドが私と目を合わせないようにしながら口を開いた。

「お嬢様の実験ですが、よろしければ我々も協力させていただきます」

 意外な提案に私はすぐに返事ができなかった。自分のメイドたちを実験に協力させようというつもりはなかった。被験者がいなくて困っているという状況でもない。まだ始まったばかりだ。だから私のご機嫌を取るとか恩を売るとかで立候補したとは思えなかった。嫌々とか仕事してやむなくとかでもなく、積極的に被験者になりたいという意思が含まれてないとこのタイミングの提案は出てこないだろう。

 3人のメイドは私と付き合いは長い。最初の頃は次々に入れ替わっていたけど、今のメンバーになってから10年以上、12,3年くらいにはなる。年齢が近い方がよいという採用で、それでも一番年上はもう30代になっているはずだ。問題なければ終身でギュキヒス家からサポートが得られるので結婚や出産を意識しなくてもよいはず。とはいえ子供が欲しいのだろうか? それにしてもこんな実験の被験者として?

「もうちょっと詳しく理由を聞いてもいい? 子供が欲しくなった?」

 本来、協力したいというならその理由の如何いかを問わず協力してもらうのが筋というものだ。おかしな理由であっても協力を断るつもりはなかった。

「それもありますが、ネゾネズユターダ様の子供を生むことでお二人の関係がよくなればと思いまして……」

 相変わらず目を合わせようとしないメイドと、同じように顔を伏せている後ろの2人を見た。うちのメイドたちはネゾ君をそんなに好きではないはずだ。それはなんとなく分かっている。もちろん居心地の悪い思いを彼にさせるほどではないが、異性として好いているわけではないという、そのくらいの好感度だ。

 朝は、ネゾネズユターダ君が自分の子供を育てたいなら別の女性と子供を作った方がいいという話をしたけど、今は少し状況が変わっている。彼は子供が成人するまで我慢するという選択を受け入れようとしているし、私との3人目の子供をこっそり育てるという案にも希望を見出している。ネゾネズユターダ君の子を思う心情や、私と彼との関係をメイドたちが心配してくれるのはありがたいが、気を遣いすぎだ。彼と寝たくないんだから無理をしている。そこまでしなくていい。

「あ、その問題はなんとかなりそうだから大丈夫だよ。別に彼が好きというわけではないでしょう」これは質問でなく独り言だった。メイドがはいと答えるわけにもいかない。「そうであれば私の子供を生むならどう? 女同士の子供」

「え?」さすがに彼女は顔を上げた。後ろの2人も動揺した。「どういうことですか?」

「まだ全然完成はしてないんだけどね。『女にする魔法』と『男にする魔法』っていうのがあるんだよ。面白いのは性転換ではなくて一方に変化させるという種類の違う2つの魔法があるんだな、古代では。重ねがけもできるんだよ。男に『男にする魔法』をかけることで、より男に変化する」

 あ、全然理解してない顔だ。一気に話しすぎた。

「もう一つ、『女同士で子供を作る魔法』っていうそのものズバリの魔法もある。卵子と卵子で受精卵を作るという魔法で、生まれてくるのは100パーセント女っていう……」

 あ、この話も駄目だ。通じてない。

「こっちも名前だけで正体が判明しているわけじゃないから、完成はしないかもしれないけど」

 メイドの声が大きい。「それはつまりお嬢様の子供を我々が生むことができるということですか?」

 ん? 期待のこもった圧があるな?

「いや、まだ完成はしてないんだよ。ただ、ネゾネズユターダ君の子供である必要はないってことで、そういう協力もあるという話で……」

 食い気味に賞賛された。「さすがお嬢様です。是非!」

「え? え? どういうこと? 私の子供を産みたいの?」

「もちろんです。そんな夢のような話があるとは思いませんでした!」

 その答えは予想外すぎて、私の方が絶句してしまった。開いた口が塞がらなかった。後ろの2人を見ると、そっちも満更まんざらではないという反応をしていた。

 私はしばらく固まってしまった。ネゾ君とは嫌だと思うからそれなら私ならどうという軽い提案だった。嫌だと断るか、それならまだマシと妥協して納得するか、その程度の反応を予想していた。

 しかし目の前のメイドは私の提案に前のめりだ。心なしか実際に前傾姿勢になって私に顔を近づけてさえいた。普段はお互いに意識しないよう、目線を合わせないように生活している。こんな風に情熱的に見られると、こっちの目が泳いで、彼女の後ろのリビングの絵画や暖炉やソファを見てしまう。

「あー、そうなんだ……。そうかー……」視線を後ろの2人に移すと、彼女たちも顔を赤くして下を向いている。普段は手を体の横に置くか体の前で組んでいるのに、今は自分のお腹や胸をさすっている。体も揺れていた。「君たち2人もそうなの?」

 2人は下を向いた状態からこくりとうなずいた。小さい声でつぶやく。「はい」

 目の前の代表のメイドを見る。唇を半開きにして息を吐いていた。私の生活で桃色の吐息を見ることは頻繁でも、彼女のそれを見るのは初めてだった。なんだか目もうるうるしている。

 私は16歳男子のネゾネズユターダ君とほぼ同じ身長で、女としては高めである。メイドたちは3人とも私より背が低い。

「まあ、そういうことなら、協力してもらおうかな……」私はいくらか戸惑いつつも彼女に近づいた。

 彼女は私を見上げた。

 こうなったら覚悟を決めるか。

 私は片手を彼女の腰に回し、もう一方の手を首の後ろに回した。彼女の体温は妙に高い。メイド服越しにもそれが感じられる。身体を密着させると彼女は私を見る顔の向きのまま目を閉じた。

 私は彼女にキスをした。そのまま舌をからませ、そして下唇を噛み、ねっとり時間をかけてそれを引っぱって、ぷるんと離した。やわらかい。いい感触だった。嫌悪感はまったくなかった。もう一回したいくらいだ。

 彼女の体の力が抜けたので、私は腰に回した手に力を込めて支えなくてはならなかった。「よっ」と声に出して支えて、後ろの2人に視線を送った。2人が慌てて寄ってきて彼女を支えた。「あんたたちはまだよ。話の続きはあとにしましょう」

 2人は熱っぽい顔で頷いた。

「料理が冷めてしまうわ」

 私がキスをしたメイドはなんとか立って、恍惚とした表情で私を見ていた。私は彼女と、他の2人の熱っぽい赤い頬を順番に見た。

「ごめんね。あなたたちの気持ちに今までまったく気がつかなかったわ」

「お嬢様は男好きでらっしゃいましたからね」メイドの1人が軽口の冗談っぽく言った。

 付き合いの長さからくる冗談だ。私は笑顔になった。「なんだか悪かったわ。あのときも、いままでも」

「いえ。ありがたくも、これからむくわれそうです」もう1人も幸せそうに笑顔を浮かべた。

 メイドたちとは昔、セックスしたことがある。10年以上前だ。入学してからしばらくの私は名門貴族という自分のレッテルが嫌いで、憎んでいた。当時の私にとってはセックスというのは快楽ではなく自傷行為であった。よりブサイクな男と、地位の低い平民と、女やおっさん、とにかく実家に迷惑をかけ評判を落とすための手段として相手を選んでいた。やめなさいと実家を怒らせるのが目的だった。メイドたちと寝たのもそんな中だった。彼女たちが逆らえないことをいいことに加虐的に振る舞ったと思う。当時の私はやりたい放題だった。

 私はダイニングに向かいながら、急に恥ずかしくなってきた。顔が赤くなっていくのが分かる。頬に手を当てるとしっかり熱くなっていた。

 あー、メイドたちがネゾネズユターダ君のことがなんとなく好きじゃなかったのってそういうこと? それで今、こんな生活してるとか、今の自分もやりたい放題じゃん。うわー。

 動揺したままダイニングに入り、私は自分の席についた。それを待ってネゾネズユターダ君も席についた。給仕をするためにあとから入ってきたメイドは私がキスをした年長の彼女ではなかった。当番では彼女のはずだが交代したようだ。

 彼は私の様子がおかしいことに絶対に気づいていたはずだが、詮索しなかった。

 私はやや上ずった声で言った。「さて、いただきましょう」

 夕食はネゾネズユターダ君と今日の出来事を話しつつ普段通りに進んだ。

 そして不意に私は気づいて大声を出した。「ああ!」

「うわっ」彼が驚いた。「どうしたの?」

 私はすみに控えているメイドに向かって言った。「助手のキューリュ! キューリュもだ!」

 メイドは何も言わずにしっとりと微笑を浮かべた。

 その反応だけで充分だった。私はナイフとフォークを持ったまま、どっと椅子の背に体重を預けた。そのまま天井を見る。晩餐と果実、収穫をモチーフにした彫刻が彫られている。しかし私が見ているのはそれではなく、これまでの助手やメイドたちの、私への忠実な献身ぶりの数々だった。

 彼女も私のことが好きなんだ。よく考えると分かりやすいくらいなのにまったく気づかなかった。

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