第9話 レシレカシ図書館

 最上階の研究室が倉庫なら、2階の研究室は助手の私室だった。助手は整頓された部屋の中に高級品や貴重品をシンプルに配置するのが好きなので、資料をごちゃごちゃさせる私の傾向とはまったく違っていた。ギュキヒス家の好みにはぴったりである。

 研究室の中は2部屋に分けられていて、入口の部屋が応接や接客をする部屋になっている。入口から見て左側に扉があり、正面には格子窓がある。四方の壁すべてに絵画が1枚ずつ掛けられている。さらに像やメダル、勲章や賞状といったものも並べられていて、自慢するためのアイテムには事欠かない。研究に役立つアイテムは皆無だ。中央には応接セットとして椅子とテーブルが置いてある。壁に下げられたタペストリーは藍色に金糸の刺繍をあしらったもので、入ってすぐに最初に目に映るのがこれである。由来は分からないが、誰かからの頂きものだ。

 左の扉の奥から、「おはようございます」という声が聞こえ、間を置かずに私の助手が姿を現した。

 背は160センチくらい、肩までのブロンドの髪に青い鋭い目、小さい鼻と小さい口、私の4つ下22歳、助手のキューリュである。

 助手というのは名目上のことで実際には私の秘書のようなものだ。私の研究を手伝ったりはしない。将来、私の研究を引き継ぐ予定もない。1日中ここにいて、私の予定を管理したり雑用を片付けたりする仕事をしている。いずれ誰かと結婚して、やりがいのないこんな仕事はやめるのだとは思っているのだけど、私が18のときに14歳で助手として配属され、ずーっと私の助手をしている。当時から優秀な助手だった。彼女のおかげで私は研究以外のことをやった記憶がない。

「おはよう。今日はなにかある?」

「特にありません」

「そう。じゃあ、図書館にいるから」

「はい」

 私は奥の部屋を見なかった。彼女が作った応接室を見るのは嫌いではない。実家の存在を思い出させてくれるからだ。居心地の悪さを感じて、今の研究生という身分の幸せを実感できる。応接室だけを見回して私はすぐに廊下に出た。

 研究棟から図書館へは、渡り廊下2つを経由することになるが外に出ないで行くことができた。間にあるのは資料棟という建物である。レシレカシの建物の中でも1,2を争う大きな建物だ。

 図書館の前まで、私は誰とも会わずに済んだ。

 図書館の入口ではそうはいかない。管理人と司書がいる。ここは毎日のことなので手続きに面倒なことはなく、いつものように顔パスで入れた。

 さて、ここで規模も設備も世界一と言われるレシレカシ図書館の入館の手順を説明しよう。

 レシレカシの図書館の書庫内は結界によって日光が遮断され空間も真空に保たれている。そこに入る力がない生徒は目録から借りたい本を選び司書に頼んで持ってきてもらう。

 私のように入る力がある魔法使いは入館の記名だけして中に入れる。手前の準備室で自分に魔法をかけて、あとは結界を通過するだけである。その先には真っ暗な空間の中に、上から下までびっしりと本が詰まった本棚の列が並んでいる。自分の唱えた『明かり』の魔法は真空中に明暗のクッキリしたギラギラした円を描く。他の場所ではなかなか見ることのできない光である。そこを音もなく歩き、目当ての本を手に取る。あとは読むだけである。真空の書庫の中に閲覧用の机と椅子も用意されている。持ち出し禁止の書籍はここで読むしかない。

 私は昨日までの続きを読むために、昨日、本棚に戻した本を取ると、閲覧用の席に座って続きを読み始めた。

 私の研究という名の活動は、図書館にこもって本を読むだけである。

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