第7話 正門の生徒たち
私たちは通用門から来た道をたどって家へと向かっていた。そろそろ授業が始まるがネゾネズユターダ君は授業の道具がまだ家にあるというし、私も昼間の服に着替えてから研究室に行きたいので、また家までを一緒に歩こうということになった。ここでは手つなぎではなく腕組みである。彼の腕にくっついて歩いた。
学生寮から講義棟への経路は私たちの通用門から家へのルートと重ならない。しかし学校には少数ではあるが通学をしている生徒がいる。登校の早い通学生徒たちが正門から中央塔の横を通っていくのと私たちが家に戻るタイミングが重なっていた。
私たちを見た女生徒の1人がはっとして立ち止まり、両手で口を覆った。鞄を地面に落としている。
私がそっちを見ると、目が合い、さらに女生徒は驚愕の表情をした。
14歳かその前後だと制服で見当をつけた。黒髪でショートカットのかわいい女の子だった。
私たちを見て固まったままだったので、私はまた目線を戻して家へと歩いていった。そこで女の子は自分の鞄を拾い駆け寄ってきた。「ザラッラ先輩」
私は足を止めてそちらを見た。
ネゾネズユターダ君も止まる。「知りあい?」
私は首を横に振った。
普段は生徒との接点がほとんどない私だけど、妊娠出産を経て妙に女生徒の間で有名になった。彼氏のネゾネズユターダ君が生徒として通っているというのと、妊娠したお腹で校内をうろついている姿のインパクトのため、学生と関わりがないのに定期的に話題になるらしい。
その女生徒は私のそばまで来て足を止めた。息を整える。そして自己紹介をした。「あの、私、5年生のミュミュっていいます。初対面です。あの、一度、ザラッラ゠エピドリョマス先輩には挨拶をしたくて……」
「はい。どうもこんにちは」私はネゾネズユターダ君と腕を組んだままだった。「ギュキヒス家のザラッラです」
「あの、一度、直接お礼を言いたくて……」ミュミュと名乗った少女はちらりとネゾネズユターダ君の方を見た。
察した彼が「じゃあ、僕は先に家に行ってるよ」と言った。
私は腕を離した。彼は一人で家の方へと歩いていった。
私はあらためて彼女の方を見た。レシレカシでは10歳が1年生なので彼女は私が思った通り14歳だった。
彼女は私の服装を下から上までちらりと見てから、周囲には聞こえないちょうどいい声で、「『生理痛軽減』の魔法を13歳のときに先輩が開発したっていうのは本当ですか?」と言った。
「ああ、その件?」何を言われるかちょっと緊張していたので私は安心した。「そうだよ。便利でしょ、あれ」
「もう最高です!」ミュミュは小声で声を張るという曲芸を見せた。「入学したあとで学校の先輩に教えてもらったんですけど、教科書にもそれまで読んだ魔導書にも書いてないし。けど学校の人はみんな知ってるし、ものすごく不思議だったんですよ。そうしたらクラスのジョリュギュって子が、実は伝統魔法でも古代魔法でもなんでもなくて、レシレカシの先輩が開発した最近の魔法だって聞いて」
「ねえ」私は彼女の勢いに合わせて相槌を打った。
もう10年以上前に作った魔法なので私の中ではその感動はとっくに過去のものになっている。しかし彼女にとっての感動は最近のものなのだろう。私はなんとか彼女のテンションに合わせるよう努力した。
彼女のように直接ではないけど、今でも大学に個人的な感謝の手紙が届くことがある。魔法は口伝えで大陸中に拡散しているようで、大学に謝辞が伝えられるのだ。さすがに感謝状に私の名前まで書かれていることはない。レシレカシの名をちょっと上げた程度の功績である。男の魔法使いにはまるで評価されないのが
ミュミュの勢いは止まらない。「これを同世代の人が開発したなんてって聞いて感動しました! それに、最初の感動もすごかったですけど、毎月、やっぱりすごいって思ってます。なんて偉大なんだろうって!」
私もつられて笑顔になってしまう。「一回使うと、なんで今までこの魔法がなかったんだろうって思うよね」
「ほんとです!」力強く拳を握る。
私は手を上げた。「それじゃあこのへんで。よい学園生活を」
「時間をいただきありがとうございました。私、絶対に感謝を伝えたくて。本当に本当に感謝しています!」ミュミュは深々と頭を下げた。「ありがとうございます。ザラッラ゠エピドリョマスさんの名前を死ぬまで讃えます!」
「大袈裟だよ。ありがとう。じゃあね」
私は背を向けて歩き始めた。それから振り返るとまだ彼女が私を見ていたのでそこで手を振った。彼女はまたお辞儀をした。
私が死にかけの両親の命でも救ったかのようなテンションで感謝されてしまった。ちょっといたたまれない。居心地が悪い。
中央塔のまわりにはほかにも登校している生徒たちが数人いて、私やミュミュという女生徒の様子をちらちら見ていた。その中には明らかに私が誰か分かったという様子の生徒がいたし、有名人を見る目になった生徒もいた。『生理痛軽減』はまたまヒット(?)しただけで、私の魔法は基本外れ魔法である。そこまで注目されるほどではない。感謝している本人の前での謙遜は嫌味になるのでしないけど。
家の方を見るとネゾネズユターダ君は別の女生徒と立ち話をしている。彼と同学年の女子みたいだ。仲は良さそうだけど、親密ってほどでもない感じ。見覚えはない。
私が近づくと彼が私に手を振り、話していた女生徒も私の方を見た。
2人がいる場所はもう登校の経路からは外れている。彼女が登校中にそこまで彼と話しに来たのかもしれないけど、寮生だけど寮から見かけてここまで走ってきたかもしれない。
その長髪黒髪でネゾネズユターダ君より背の高い女生徒は私にキッと強い視線を向けてきた。子供ができる前はよくあったけど、『あなたには負けませんから』な態度を見るのは久し振りだ。
私から声をかけた。「おまたせ」
彼は私の方に寄ってきた。「話はなんだった?」
「私の開発した魔法が便利ですっていうお礼だった。ものすごく感謝されて居心地悪くなっちゃった」
「あはは」
「で?」私は彼女の方を見た。
彼は高身長の少女を示した。「こちら、同級生のヤワメポヤさん。こちら、知ってると思うけど僕の恋人のザラッラ゠エピドリョマスさん」
私は手を出した。「どうも初めまして。研究生のザラッラです」
「ヤワメポヤです」彼女は私の手を握った。表情は柔らかくなり、声の調子にも敵意はなかった。やや無愛想ではあったけど。
「彼とは同級生なの?」
「はい。そうです。同じ授業を受けています」
「そう。これからもよろしくね」
「はい。お会いできて光栄です。ザラッラさん」
「こちらこそ」
私は手を離した。それ以上のやりとりは特になし。今の私のファッションを見てなんだか嫌そうな顔をしたけど、何か言ってきたりはしなかった。
若いと、私がギュキヒス家ということで闘志を燃やしてつっかかってくる子がいるけど、彼女はそういうタイプではなかったようだ。なんといっても私に喧嘩を売ったりディスるだけで学生の間では一定の人気が取れるので、そういうウザ絡みは跡を絶たない。一番ギュキヒス家をディスっているのは私なのだけどそういうのは生徒にも先生にもなかなか伝わらない。
それから何事もなく私たち2人はヤワメポヤという女生徒から離れて家へと向かった。私はもう一度彼と腕を組んだけど、彼女についてはコメントしなかった。
もちろん、こうやって3人で話をしていたところを登校中の他の生徒に見られていた。
それから不意に、家に着く前にネゾネズユターダ君が口を開いた。「朝の通用門で何をしてたのかって話だったよ」
「え?」
「彼女は寮生なんだけど、別の子が見かけて教えてくれたんだって。それで出てきたんだって」
「ふーん」
「妊娠の研究しているから、そういう動物がいたらよろしくって話しておいた」
「ありがとう」
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