第6話 鑑定買取の不正と担当者の対応
人々は見たことを色々言いながらまた元の場所に戻っていった。これが大通りの大道芸なら数分後にはみんな別の場所にいるんだけど、ここは通用門の広場である。納品前の待機をしているのでみんな遠くに行くわけではないのである。広場にいた人間が一箇所に集まって、また広場のそれぞれの場所に戻っただけということで、私を見た人はみんなその場に残っているのである。
ジロジロ見られているようで落ち着かない。私は彼にくっついて隠れるようにした。
鑑定買取の行列も何事もなかったかのように復活していた。みんな元の順番に並び直している。しれっと見物していた買取担当者3人も元の場所に戻っていた。
唯一の違いは布を肩から巻いた例の母親で、気絶した息子を抱えてその場を動けなかった。5歳児だとおんぶするには難しい体重だ。そもそも
彼女は息子を服の生地でくるむように抱えていた。あたりを見て途方に暮れている。
私も彼女を見ながらどうしようかと考えていた。
行商人の一人が彼女のそばへと歩いてきた。彼女と同じように肩から布を巻いてスカートのようにしており、それを帯でまとめている。二言三言会話をして、彼女がペコペコと頭を下げた。西のボギャチとは交易が盛んだから、この広場にもそっちの出身者がいたのだろう。話がまとまった雰囲気だったので私はやっと彼女から目を離した。何かを売りに来たはずだが、彼女はその日は鑑定買取の列に戻らなかった。
私はまた彼の手を取り、つないでから、鑑定買取の列を先頭に向かって歩き始めた。ズスーのおっさんの鑑定の番になっていた。2人で脇に立ってその取引の状況を見守った。
「それにしても思ったより目立っちゃったね」ネゾネズユターダ君が言った。
私は溜息をついた。「ほんとだよ」
「来年、ちゃんと来てくれるかな?」
「うーん。実は来年もあの子が立って歩けるか微妙なんだよね。喋るのは絶対に無理だと思う」
「そんなに成長遅いんだ?」
「そうなんだよ。あんな風に囲まれて『わー』とか言われても、実際はあれでしょ?」私は肩をすくめた。「そういうんじゃないんだって」
「前の
「そうそう。よく覚えてるね。何年前?」
「4年前だよ。そりゃ覚えてるよ。僕とお姉ちゃんが、その、関係した最初の年だもん」彼は表現を考えつつマイルドにした。
それからちょっと4年前の思い出話をした。あの頃は2人とも猿で夢中になっていたなんて笑い合った。話をしながら手をつないだままだった。気がつくとまた彼の指を自分の指の腹ですりすりと撫でていた。気がつくたびに手を止めて握り直した。あれから子供を2人も作ってしまうとは、時の経つのは早いものだ。彼にとっては遠い昔のことかもしれないけど。
ズスーのおっさんの兎について、鑑定人は最初は興味を示さなかった。しかし街の路地で見つけたと聞くと様子が変わった。具体的な場所を聞き、前にそこを通ったときはどうだったかという話になった。学術的な話ではなく、防疫や検疫の話として鑑定人の興味を引いた。そして最終的に銀貨1枚の値がついた。破格の金額だ。普通の兎より段違いに高い。
銀貨を受け取るとズスーのおっさんは私たちの方を向いて両拳を突き上げた。「やったぞー」
「おめでとう!」私はつないでいた手を離して拍手をした。
「こいつはすげえ。今日は俺がおごってやるぞ」
「いいよ。そんなの。自分でうまいもん食べなよ」私は手を振って遠慮した。こんなんでおごってもらってはかえって悪い。
というか、私とズスーのおっさんの関係なら問題ないけど、ただの市民が私に食事をおごるところを他の人に見られたら不敬ってことでズスーのおっさんが罰を受けかねない。私からは辞退するのが無難である。
ズスーのおっさんのメンタルもすごい。身分とか階級に
「そうか、じゃあな。元気でやれよ」ズスーのおっさんは朗らかに笑顔を見せた。
「妊娠した動物の件、忘れないでねー」
「忘れてた。思い出した。覚えた覚えた」ズスーのおっさんは笑いながら去っていった。
「めっちゃすぐ忘れそー」私は呟いた。
横でネゾネズユターダ君が微笑した。
忘れてもいいのである。何人かに話が伝わっているから問題ない。
まだ買取の列は10人ほど残っている。しかし用件は済んだ。立ち去ろう。すると鑑定担当の1人が列の先頭から席を離れて私の方に近づいてきた。
大学教員の1人、ギャシキュテさんである。
軽く手を上げた。「ザラッラくん、おはよう」
「おはようございます」
続けて彼はネゾネズユターダ君とも挨拶を交わした。2人で朝の散歩をしていると説明して、妊娠した動物と妊婦の件も話した。兎の病気については彼もその
それから先程のパフォーマンスの話になった。「それにしてもさっきのショーはなんだね?」
「いやー」私はポリポリと頭を掻いた。「たまたま魔法を知っていて、目の前に対象がいたので、つい……」
ギャシキュテさんも遠慮がちに言う。「まあ、門の外での魔法なのでそこまで
「どうもすいません。気をつけます」私も素直に頭を下げる。
「うん」
この辺は社交辞令と
先程の広場での一件は、堂々と職員の前で市内での魔法無許可使用をしたので、やはり注意しないわけにはいかないということである。そして私も非を認めて謝罪した。これでおしまい。
当たり前だと思うかもしれないけど入学した頃はそんな社交辞令もできなかった。だいぶ私は丸くなった。自分で言っても恥ずかしくないくらい胸を張れる事実である。
そしてギャシキュテさんはその頃からの私を知っている。まあ、私が変わった以上に、子供を2人生んだ私に対するギャシキュテさんの目線の方が変わったという感じなので、いまは子供扱いしてこない。むしろ私の自覚以上に二児の母扱いしてくる。そんなに母扱いされても反応に困る。子育てしているわけじゃないから私の方には自覚ない。
そして彼は私の横にいるネゾネズユターダ君をちらちら見ている。じゃじゃ馬を乗りこなした男を品定めする目つきだ。
手つなぎしてるからね。しょうがないね。
ギャシキュテさんは教員の制服を着ている。髪は短髪で顎鬚あり。眼鏡をかけている。痩せ形で神経質そうな見た目をしていた。
「さっきの魔法も帝国時代のものなのか?」
「ああ、そうですよ。同じヘコマエコ゠ピレウジへの祈りなんですけど、作用も系統もまるで違うという、術者を勘違いさせるための罠みたいな魔法です」
それから少し、先程の魔法の解説や歴史、調べて判明するまでの苦労話になった。技術が喪われた魔法の復活に関しては、何より調査方法が話のキモになる。どんな本にどんなヒントが隠されていたかを説明し、ギャシキュテさんはそこに質問を挟んでいった。ネゾネズユターダ君も私とのつきあいもあって詳しくなっている。帝国時代オタクの私とノーマルな授業しか受けていないギャシキュテさんの会話の間で通訳をしてくれた。彼が横から補足したり
そんな私たちの前で、ギャシキュテさんを除いた2人による鑑定買取の列の処理が進んでいった。そして残り5人というところで受け付け担当者が少し声に警戒の色をつけて、「これはどこで手に入れましたか?」と質問した。手に古びた陶器を持っている。
私の横にいたギャシキュテさんが足を動かした。担当者2人に合流する。
ネゾネズユターダ君は状況がまだ理解できていないようだった。なにごとかと見守っている。
私は質問される前に説明した。「鑑定買取は魔法に関係していたり、研究資料として価値があるかもしれないものを買い取る制度だけど、悪意のある贋作やパチモノには厳しいんだ」
ネゾネズユターダ君は返事をせずに人の動きを見ていた。
直接対応した職員が詳細を聞き出しつつ、ギャシキュテさんを含めた2人は逃げ道を
広場の出入り業者たちは手を止めて見物していた。何人かがひそひそと話をしている。鑑定への挑戦者が久し振りに現れたぞ、という声が聞こえた。
持ち込みをした男は、「えーっと、市内の蚤の市で見つけまして……」と言った。
「四日前の蚤の市ですか? どこの店で誰から買いました? いくらで買ったんですか?」
私は詐欺師の顔を見た。すぐに焦りが表情に出ていた。下手糞め。その程度の覚悟で魔法学校を
ここで逃げ出したりしたら有罪を自白するようなものだ。
逃げ出すならちょっとした
ほんの数瞬の間があって、男に対する拘束魔法が発動した。両肘が脇腹の位置に固定され、膝と膝が接着される。うわっとっとと間抜けな声を出して男はぴょんぴょん跳ねてねばったが、最終的に地面に転がってしまった。受け身を取れずに額を石畳にしたたかぶつける。
「うわっ、いたそー」私は思わず目を閉じた。
広場にいた商人の何人かがおおーと野太い歓声を上げて拍手をした。これはこれで出入り業者にとっては定期的な朝の通用門の見世物だ。
鑑定買取の詐欺については自白や自首による減刑は認められていない。やった時点で処罰される。毎日、毎日、もしかしたら100年以上前からこの鑑定買取は続けられているのである。その間、一般人に魔法学校のすごさをアピールする場にもなってきたのだ。
「次」担当者は言った。
列の次にいた人が、地面に拘束された男から目を離せないまま、自分の品を担当者に差し出した。
「あの男はどうなるの?」ネゾネズユターダ君は私に耳打ちしてきた。
「今の罰がどうなってるかは知らないよ。昔は死刑だったらしいけど」
「死刑?」
列の残りの人間と地面に転がっている詐欺師がびくっと怯えた。
ギャシキュテさんがこちらをじろっと見た。
私はそっちを見て軽く頭を下げた。
「冗談だよ。昔の話。今はせいぜい市への出入り禁止か、顔に入れ墨を入れるくらいじゃない?」
ギャシキュテさんにも聞こえるように言った。しかし彼の方を見たけど、私の推測に対してはノーコメントで、表情も変えなかった。無視だった。実際の処罰の内容は秘密ということだ。
「さ、家に戻ろうか」
次の持ち込みも価値はゼロで買取無しだった。
怯えている列全体に向けて、「これはと思った怪しいものや不思議なものはどんどん持ち込んできてください。ヒペスザプピネレシレカシ魔法大学はいつでも歓迎します」と担当者が声をかけた。行列の人たちは少し緊張を
悪意のないものには寛容である。担当者は毎日毎日ゴミを鑑定させられてうんざりしててもおかしくないのに、ちゃんと歓迎の態度を示していた。
私自身は、こういうゴミの鑑定とか好きな方なので、担当者に指名されたら喜んでやりたい。接客は下手だけど無駄なものは大好きだ。もっともギュキヒス家の娘を通用門に立たせるのはリスクがあるから、私が鑑定買取の担当者に指名されることはないだろう。私に関心が無い本家ではあるけど、そういうことをさせると
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