第2話 夕食しながら今後の方針の決定

「現実的には、三人目をこっそり産んで、実家にバレないように育てることくらいかなあ……」私はもぐもぐと夕食を食べながら言った。

 学生寮とは別に特待生は学校の敷地内に住居が建てられていて、私もその中の一戸で暮らしていた。専属のメイドが三人いるのだけど、二人はもう別棟に下がらせて今は担当の一人だけ残って給仕をしている。

 向かいでは恋人のネゾネズユターダ君が私と同じくステーキを食べている。最初は家にメイドという他人がいることに戸惑っていた彼だけど、最近はもう意識しなくなっていた。

 私がそんなことを言ったのは、彼が口では子供に会えないことに納得したと言っているのに、態度がいつまで経っても不満そうだったからだ。

「二人には会えないのか?」答えが分かっている質問だった。

「成人したら会えると思うよ。それは確実に。会いたければだけど」

「こっちが希望しなければ成人式にも呼ばれない?」彼は不思議そうに尋ねた。

「呼ばれないだろうね。『え? 会いたかったの?』っていうリアクションだと思う」

 彼は静かになった。ナイフを持ったまま顎に手を当てて食事の皿をじっと見ている。

 もう一つ提案してみた。「遠くから見るだけなら大丈夫だと思うよ。『望遠』の魔法を使うとか。あと、そういうときでもこっそり近づくんじゃなくて、『ここから望遠で子供を見たいんです』って申請して許可を貰わないと駄目。そうじゃないとセキュリティに引っかかると思う」

「うーん」

「けど、望遠で見たら、やっぱり会いたくなるでしょう? 会わない方が無難だよ」

「君は平気なの?」彼は私も自分の子供に会いたがって当然と思っているらしく、話の前提のところでよく食い違う。

「私も生まれてすぐに親からは離されて乳母に育てられたからなあ……」どう説明すれば分かってくれるのか。私はステーキを切って口に放り込み、よく噛みながら考えた。スープを飲んでから言った。「やっぱり母親に会ったのはかなり大きくなってからだと思う。成人式まで会えなかったってことはないけどね」

 まあいいじゃん、会えなくても。というところまで何回か話した。これが初めてのやりとりではない。彼にとってはまあいいじゃんで済まないというのはなんとなく分かってきた。まあいいじゃんと話が終わっても、しばらく経つと、いや、やっぱり、でも、と話が元に戻りがちだ。まあよくないという話を繰り返してしまう。

「結局のところ……」と私は食事を続けながら言った。「諦めるか、諦めないか。先にそこを決めないとね。諦めるなら『忘却』の魔法で子供のことをすっかり忘れるのも手だよ。『諦観』っていう魔法で、会えないという事実を受け入れるっていう方法もある」

「諦めないなら?」

「誘拐するか、逆にギュキヒス家に輿入こしいれする覚悟で本気で一員になるかだね」

「うーん……」

 彼がどうしようかと考えているところを私はじっと見ていた。私としては、彼の希望がどちらでも構わない。

「選択肢が全部極端なんだよなあ。この学校で学生をやりながら子育てをするっていうのは駄目なの?」

「まあ、うちは伝統と格式のあるギュキヒス家だからねえ……」このちょっと嫌味な言い方はわざとだった。私だってギュキヒス家は嫌いである。子供の頃からそれでもギュキヒス家の娘ですかと叱られ続けてきた娘の恨みは恐ろしいのだ。「それをやりたいなら本家と対立する覚悟が必要だし、本家と対立したらこの学校にはいられないよ」

「あー、なんかいやだ」

 彼は納得しない。こういうのは同じ話を何回もして、繰り返すことで鎮めるくらいしか方法がない。全部の願いは叶えられないのだけど、私も言われてすぐに納得する人間ではないので納得の過程というのはよく知っていた。不意打ちで忘却の魔法を唱えるのも可哀想だ。

「あ、ほかの方法があった。どうしても自分の子供を自分で育てたいんだよね?」

「え、うん」

「私以外と子供を作ればいいんじゃないかな。一人くらいならこの家で面倒見れると思うよ」

 脇に控えていたメイドが身を固くした。

 私は彼女に言った。「違う違う。あなたに相手しろって言ってるんじゃないよ」

 彼女がほっとしたのが分かった。

「そういうんじゃないけど、それしかないならそれも真面目に考えようかなあ」彼は具体的な相手を想定しているような顔をした。

「誰でもいいと思うけど、結婚を迫られない相手の方がいいよ。学生に何人かいい相手がいるけど」

 ちょっと身分がいいと貞操の価値が出てくるのでほいほい子作りはできない。しかし魔法学校の生徒は庶民も多い。魔法の才能があればいいのと、上流階級では魔法使いは社交界で敬遠されるので貴族が入学させることは少ない。むしろ庶民が一発逆転を期待して入学してくるのだ。そういう相手だったら血統とかどうでもいいので子作りはむしろ奨励されるだろう。彼の子供だったら魔法の才能もある程度保証される気がするし。

 そういえば私と彼の間の子供だったら魔法使いとしてのポテンシャルはそこそこ高い気がするんだけど、大丈夫かな? 才能が覚醒しなければ安泰だけど、変に目覚めて周囲のものを壊したり人の心を読むようになったら社交界どころではなくなるような……。まあ、そこは知ったこっちゃないか。

「分かった。ほかの誰かと子供を作るのも考えてみるよ」彼は前向きな声を出した。とはいえ、彼がまだ私に夢中なのも分かっていた。うぬぼれかもしれないけど嫉妬させようとする彼の言動がかわいかった。

「それで、聞いてみたいんだけど、どっちの魔法を先に開発した方がいいと思う?」

 新作魔法については彼はあまり踏み込もうとしなかった。結局のところ、この魔法は私による私のための魔法であるし、そこに彼が口を出すというのはなんだかんだで越権行為だからだ。その考えは間違いではないけど、私は別に彼の意見に左右されるようなことはない。どちらを先に開発するか、自分以外の参考意見が欲しいだけだ。そこまで説明してやっと彼は自分の意見を言った。

「僕は『遠隔子宮』の方がいいと思う。地元の村でも、やっぱり何人かは出産に失敗して死んでしまう女の人がいたし、ちゃんと生めても、産後の肥立ちが悪くて死んじゃう女の人もいた。『排卵制御』は、生理のしんどさが分からないからなんとも言えないけど、出産みたいに死んでしまうよりはまだ優先度が低いと思う。子供は多ければ多いほどいいしね」

「もう『安産』の魔法があるから出産に失敗することはないけどね」人に教えてないので私しか使えないけど。

「命の危険の話で言えばさ。産後だってしんどいし。あと、やっぱり子供はたくさん欲しいから、『排卵制御』はウケも悪いんじゃないかなあ」

 私は私の問題においては彼の気持ちは知ったこっちゃない。しかし、妊娠してしまうと生理からは解放されるので、その上で『遠隔子宮』で妊娠から解放されれば、結果的にすべてから解放されると言えないこともない。参考意見として確かに参考になった。私自身も子供は多ければ多いほどいい。たくさん産みたい。たくさん産めば、その中に、ギュキヒス家を壊してくれるすごい子供が出てくるかもしれない。

「とりあえず『遠隔子宮』でいいか。よしっ。そうしよ」私は決めた。「そうするとやっぱり実験用に妊婦が何人か欲しいな」

「ええ?」彼は驚いた声を出した。

「最初は動物でやるけど、最終的にはね」食べながら言った。「さすがに自分の子供で何回も実験できないから」

「それはそうかもしれないけど……」彼は半分だけ納得していた。

魔法学校であるヒペスザプピネレシレカシ——通称レシレカシ——は独立した都市国家になっていて、いかなる国にも税金を納めていない。そしてこの都市の治安は非常によく人口はどんどん増えてきている。市民は大学に協力的だ。彼も市民が協力的であることを理解している。人体実験の志願者だってこれまでの学校生活で見る機会があったはずである。なので彼の反応は半分だけの納得なのである。

「妊婦でも協力してくれる人は見つかるのが“ここ”だよ」私は言った。

「うーん。そこまで自信たっぷりなら、それが嘘じゃないんだろうけど……」彼は複雑な表情をした。自分の子供に会えないと言われたときと同じく、理屈は分かっても納得してない顔だ。「それにしても改めてここがすごい所だと分かったよ」

「まあね。ジョジョシュさんに募集を頼んでみよう」私は横に立っていたメイドに顔を向けた。「あとでお願いしておいてくれる?」

メイドは淡々と返事をした。「かしこまりました。ジョジョシュ様に実験に協力してくれる妊婦の募集を伝えておきます」

「妊娠している犬猫や家畜の募集も頼んでおいて」

「かしこまりました」

ジョジョシュさんというのは研修生の事務や主任やトラブル対応なんかをしてくれる人である。私生活の面倒をメイドや使用人たちがやってくれているように、学校側にも私の面倒をみてくれる人がいる。ジョジョシュさんは魔法学校側の私の使用人みたいなものである。正式な名前はリョピョギュ゠ジョジョシュなんだけど誰もその名前では呼ばない。ちなみにフルネームはもっと長い。

夕食が終わった。私はメイドに、「ごちそうさま。おいしかったわ」と声をかけた。彼女は黙って頭を下げた。

席を立つと、向かいの彼も立ち上がった。お互いに目が合った。

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