魔法使いザラッラ

浅賀ソルト

“評価不定”の2つの悩み

第1話 “評価不定”の2つの悩み

 彼女には考えていることが二つあった。

 一つは次に開発する魔法を候補二つの中からどちらするかということだ。一方を諦めるわけではなくどちらを先にするかという悩みである。

 二回の妊娠と出産を経験する中で『流産防止』『つわり防止』『安産』『無痛分娩』を開発して自分にかけていた。これらは有用だったが彼女はこのようなことで満足できなかった。そこで子宮の中の子供を外部のフラスコの中に転送して、臍の緒を転送ゲートでつなげるという魔法のアイディアが浮かんだ。妊娠しているからといって胎児をお腹の中に入れて一緒に行動していると制約が多い。階段は危険だしトイレも一苦労だ。妊娠していてもお腹に入れておく必要はない。胎児と母体の繋がりは臍の緒だけだからそこを転送すれば大きいお腹でえっちらおっちらしなくていいのではないかというアイディアである。転送魔法というのは実在しているし、見た目よりたくさん道具が入る鞄などのマジックアイテムもある。基礎技術としては似たようなものは存在するのでそれを応用すれば不可能ではないだろう。しかも出産もものすごく簡単である。臨月になったらそのフラスコを割って赤ん坊を出し、臍の緒の転送ゲートを切断すればいいのだ。これはもう人類の生殖における革命といってもいいだろう。

 まあ、理論だけなので実際の開発には色々と困難もあるだろうけど。

 魔法の案のもう一つはもっと根本的なところに手を入れる魔法だ。彼女は学生時代に『生理痛軽減』という魔法を開発していたが、そもそも生理を無くすということも可能ではないかと考えていた。名付けて『排卵制御』の魔法である。妊娠したいと思ったときにだけ排卵して、人生のほかの期間においては排卵を完全にストップさせるのである。合わせて『受精』『着床』の魔法を開発すれば、子供が欲しいときにピンポイントで妊娠して出産できる。そのほかの人生の大半の期間は排卵を停止させればいいのである。生理からの解放と共に完璧な避妊も実現されるわけで、こちらも人類の生殖における革命といえる。

 どっちを先にやるかなあ。

 どちらも数日で完成するようなものではない。年単位で時間がかかるだろう。そして彼女はセックスが好きな方なので我慢がきかない。開発中に次の子供を妊娠してしまう可能性が高かった。二人の出産を経ても尚、妊娠出産方面の問題には慣れるということがなかった。嫌なことはとにかく魔法で解決したいというのが彼女の生まれついての性格であった。慣れるより無くしたいのである。

 そしてもう一つの懸案事項というのは、彼女の恋人が自分の子供に会いたがっているということである。

 彼女の二人の子供は出産してすぐ実家に預けてしまった。彼女は一切子育てをしていない。もちろん厳密には出産直後の数日は、自分の母乳を飲ませたし、抱っこもした。しかし首がすわる前に実家からおむかえが来てとっとと連れていってしまった。それっきり会っていない。残りの母乳は捨てるしかなかった。

 彼女は名門ギュキヒス家の娘であり、本来なら適当に政略結婚させられる運命だった。しかし彼女の性格と魔法の才能との折り合いで、両親は彼女を全寮制の魔法学校に入学させた。魔法の才能に期待されたわけではなく、修道院でもよかったが魔法の力もちょっとあったので魔法学校へと追い出されたわけである。ギュキヒス家は学校に多額の寄付をしているので彼女がどんな成績を取ろうと退学になることはない。家の名前に傷をつけなければいいのだからむしろ無能なまま何もしない方がよいくらいの状況である。ギュキヒス家としては彼女はいないものとなっている。

 そこで彼女も学校で好き放題やってきたし、実際、学校の成績はさっぱりだった。役に立たない魔導書の研究とか古代史の解明とか、完全に趣味の世界に没頭した。実績も成果も求められずに自分の興味だけを優先して好き放題できる環境である。学校を卒業しても研究生としてそのまま残り、個室と研究室も貰って世間とは隔絶した生活を送っていた。

 そのまま研究生として魔法学校の中で年を取っていき、最期にギュキヒス家に死亡の知らせが届いて終わりというのが実家にとって一番の平穏ルートであったと言えるだろう。

 ところが彼女が20歳のとき外部からのゲストという扱いで10歳の少年がやってきた。彼は神童として将来を期待され、魔導書の解読を任されていたのだが、彼女と一緒に研究するうちに12歳のときに恋仲になった。研究は終わったがギュキヒス家が彼の身元も預かって入学させ、現在は16歳の学生にして二児の父である。

 もちろん彼女は彼と結婚できるような立場ではない。彼もまた彼女と結婚できるような立場ではない。だが子供は子供として実家では利用価値がある。なので出産する分には大歓迎である。よくやったと褒められるくらいだ。どんな魔法を開発しても、どんな魔導書を解読しても褒められることはないが、子供を生むと彼女の実家は手放しで彼女を褒めた。

 この子供は誰と結婚させようか? 夢が広がりんぐ、といった具合だ。

 誤解しないで欲しいのだが、彼女は実家の両親に褒めて欲しくて出産しているわけではない。彼女自身もそう思っている。セックスが好きなだけである。出産も嫌いではない。生まれたての子供と数日過ごしただけだが、それはそれで楽しかった。どこかで生きていると思うだけで楽しい。魔法のおかげで出産のリスクもないのが幸いだ。そして、『遠隔子宮』の魔法開発の目的の一つに、これがあれば妊娠中でも自由にセックスできるというのもあった。この4年間はほぼ毎日セックスをしている。彼も一応は寮生だったが彼女の個室で同棲していた。

 というわけである意味割り切った関係であるはずの彼女の恋人、ネゾネズユターダ君だったが、二人目の子供も目を開けるより前に別れさせられると、さすがにちょっと思うところがあるようだった。せめて定期的に会いたいと言うようになった。

 もちろん説明はしていて、彼も納得はしている。というか納得しているという態度ではあった。それが誰であれ、こういうことをきっかけにギュキヒス家と関わりを持とうとするのであれば実家から警戒される。一家に潜り込もうとしているのではないか、おこぼれに預かろうとしているのではないかと。そもそも彼女自身もほぼ勘当されたような身分だ。彼女ですら、子供に会わせろなどと言ったらどういう風にこじれるか分からない。実家に戻ってきてどっかの誰かと結婚しろと言われるだろうし、そのときに彼女の魔力を永久に封印するくらいのことはされかねない。まして彼が実家に何か連絡をしたらそのまま暗殺されてしまう可能性すらあった。

 二人は実家に迷惑をかけない限りは、世界でも稀に見るレベルで自由だった。迷惑をかけない限りは自由だった。

 どの魔法の開発を先にするか。自分の子供に会いたがっている恋人の希望をどうするか。

 これが、後世において歴史家からも魔法使いからもその他多くの研究者から評価不定とされ、社会に発展と混乱と決定的な変化をもたらした魔法使い、ザラッラ゠エピドリョマス・ギュキヒスの現在の悩み事だった。

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