10 侵入者

「いたぞ、あれだ」

「捕まえろ!」

 どう見ても味方には見えないガラの悪そうな男たちが部屋の中に雪崩れ込んで来る。ゴロツキのような男たちが視線を注いでいる先に居るのはサリ。

「このダンジョンには今俺たちがいる。なぜ入って来た」

 基本的に一つのパーティがダンジョンへ行ったら、合意や要請がない限り新しい冒険者がそこに入ることはない。

 公で決められたことではないが、一つのダンジョンで獲物を食い合わない為、冒険者たちが独自で定めたルールである。

 ダンジョンは数多くあり競合することは少ない。ダンジョン探索は慎重に行われる為一回の攻略で踏破しきることは稀で、ある程度探索が済んだら街へ帰還する。ギルドに戻り報告を出した時点でダンジョン攻略は中止したことになる。

 そうして空いたダンジョンに別の冒険者が入る。

 踏破を譲りたくない場合はダンジョンの傍で野営をして続けて攻略をするのが一般的な流れになる。

 そうやって冒険者たちは糧を分け合っているんだ。ダンジョンのような危険な場所に冒険者以外が入ることはない。

 どう見ても冒険者という風貌ではないけれど、一応同業者だった時の為に牽制をかけた。


「はははは、俺たちは冒険者じゃねぇんで、そんなルールは知らねぇなぁ?」

「兄さん。悪いが獲物、譲ってもらう」

「アンタの連れてるウサリス、貰うぜ?」

 傍若無人な物言いに眉を顰める。

「勝手に入って来て言いたい放題言いやがって、お前ら何なんだ!」

 魔物と戦っている最中に乱入など、相手の命を危険に晒す行為だ。

 許される事ではない。

 だが、それを平然とやっていることから俺たちの命などどうでもいいと思っている相手だという事だ。



 入って来たのは全部で十人。

 リーダーらしい身なりがいいのは茶色の短い髪を縛り、ダンジョンに来るのには相応しくないカジュアルなフォーマル服を着ている。武器はサーベルを下げているが、どうにもお飾りの意味合いが強そうに見えた。その隣に寄り添うのはロングソードを佩いて金属製のブレストプレートを着た黒髪の剣士。体のあちこちに残る傷跡を見るに恐らく傭兵だろう。リーダーを守るような位置取りで俺やサリ、支配者の様子を観察している。

 残り八人は、よく裏町でたむろしているようなガラの悪い男たち。

 リーダーとその護衛、それから適当に雇われたその他といったところか。

 八人はそれぞれ軽装であるが武器と鎧を所持している。けれど、それはあまり使い込まれておらずここに来るために配られたものだと察しがついた。


「魔石をどこに隠した? 素直に言えば殺さないでやるよ」

 ガラの悪い男が脅す様に曲刀を構え、俺たちが野営に残して来た魔石の入った袋を掲げて少ない中身の行方を問う。

 袋はそれほど膨らんでおらず、中に入っている魔石はダンジョンを攻略しているには少ない。

 どこかに隠していると思っているんだろう。

 けれど残念だがそこにあるので全部だ。他はもうサリの腹の中で何処にもない。だが、それを素直に教えてやる義理などありはしないし、例え言っても信じないだろう。

「さぁな? どこにあるんだか」

 馬鹿にしたように肩を竦めれば、男は分かりやすく怒りを露わにした。

「ボス、あのウサリスを捕まえればいいんですよね?」

 ゴロツキの頭らしい男が、首謀者のリーダーに確認を取ると、そいつは大仰に頷いた。

「そうだ。あんな珍しいのはいねぇ。売ればいい金になる。傷は付けるなよ?」

「あの男は?」

「殺せ」

「「「ヘイ!」」」

 行けと指示が飛び、男たちが二手に分かれサリと俺に向かって走る。

 俺とサリに近づこうとすると魔物が男たちにも襲い掛かるが、人数が増えた上俺たちが手傷を負わせたせいで魔物の動きは鈍い。

 それほど強くもないゴロツキでも簡単に根や枝を避ける。

 支配者に気を取られて気配に気づかなかったのは俺の失態だ。

 せめて野営に結界を張っておけば侵入をもっと早く察知出来たのに。完全に油断していた。

 ここは瘴気の中ではなく、たくさんの人間がいる外の世界なんだ。

 こういった輩だっていることをすっかり忘れていた。




 こうして様子を窺って入って来たという事は、俺たちが戦うところをある程度観察していて、正面からやりあうのは不利だと悟ったからだろう。

 そうでなければ俺たちが支配者を倒した後乱入してきたはずだ。

「くそ、支配者が弱るのを待っていたのか」

 倒した後では俺たちと真正面からぶつかり合うことになる。

 支配者と挟み撃ちをすることで隙を作りサリを奪うつもりか。

 それにしても俺とサリに気配を悟らせないとはよほど腕のいい斥候がいるのか、それとも魔道具でも使ったか。どちらにせよ、警戒を怠るべきではなかった。

 リーダーが俺を見て下卑た笑いを浮かべる。

「俺たちは偶然攻略中のダンジョンに辿り着いた。助けを求めて出て来たウサリスちゃんと一緒にダンジョンに入ってみたら、すでに兄さんは事切れていた。支配者は俺たちが倒し残ったウサリスちゃんを引き取ってやったって筋書よ」

「丁寧な説明ありがとうよ、下衆が」

 支配者とゴロツキ両方を相手にしなくてはならなくなり、サリの援護に行けない。

「サリ!」

「さりは、だいじょうぶ!」

 空を飛ぶサリは簡単に掴まったりしない。

「サリ、全力でやっちまえ!」

「うん!」

 昔人は斬れるのか、なんて思ったこともあるが自分とサリの命がかかっているのなら躊躇う理由などない。

 俺は魔物を右手、ゴロツキ達を左手側に配置して両方が視界に入る様に位置取りを変えた。

 サリの方に護衛を含めた四人。こちらに残り五人。

 リーダーは静観したまま動かない。

 クロスボウを構えた男から矢が放たれたのが見え、俺は素早く結界を展開してそれを弾く。

「クソッ、結界張るの早すぎだろ」

 本来ならこの魔術も詠唱がいる。だが、武器屋の店主が新しくしてくれたお陰で一瞬で強固な結界を作ることが出来る。だが、ネタを教えてやる理由などない。

「俺に飛び道具は無駄だ!」

 太腿に装着している貰った小型バッグから投げナイフを取り出す。

 曲刀で斬りかかって来た男の攻撃を避け、体の影に入ってクロスボウを構えている男の射線を切った。

「ぐ、くそ……」

 男は仲間を撃つのを躊躇いクロスボウの照準を外した。

 その隙を逃さず曲刀の男の横腹をクロスボウに向かって勢いよく蹴り飛ばし、追い打ちにナイフを二本投げた。

「ぐぅ……っ」

 クロスボウを構えていた男の手首と蹴り飛ばした曲刀を持った男の肩にナイフが刺さる。

「そのナイフには麻痺毒が塗ってある。大人しくそこで寝てろ」

 即効性の麻痺毒はすぐ効果を発揮して、男たちは折り重なったまま地面に伏せた。

「あと三人」

 男たちを倒す間も魔物からの攻撃は止まない。むしろ一番倒すべき相手と認識されているのか、俺にばかり攻撃が集中している。


「くそ、あいつら狙えよ!」

 ゴロツキの攻撃を躱しながら、木の根を切り捨てた。

「腕が立つなぁ、にいさん」

 三人と魔物を同時に相手にしているが、それほど不利は感じない。

 ただ、サリが心配で気が散ってしまう。

「そりゃどーも」

 こんなことをするために鍛えた剣の腕じゃない!

 サリは大丈夫なのかと視線を向けると、空中で枝を避けながら支配者の幹に傷を付け、近づいて来る男たちを蹴り飛ばしている。

 相手は飛び道具も使ってはいるが、サリが使う風の魔術に阻まれて効果はない。風の塊を蹴り飛ばし男たちを倒している。

 あちらも残りは従者の男一人。あの戦い方なら掴まることはないだろうと安心していたその時。

「チッ、埒が明かねぇ。おい、こいつを使うぞ!」

「ああ、構わん」

 護衛が振り返って問いかけると、リーダーは横柄に頷いた。

 背中に背負っていた袋から檻を取り出し口を開け、魔力を込めて詠唱を始める。

「我が意に従え、捕え、封じよ」

「え、なに? いずか、いずかぁぁ!」

「サリ!」

 サリの体が突然真下に引っ張られていく。

 自分では制御が効かないようで、嫌がる様に暴れているが止まらない。助けを求めるように俺に手を伸ばすのを見て、駆けつけようとするがゴロツキが邪魔をする。

「いずか、いずか!」

「サリ! お前ら、どけ!」

「兄さんの相手は俺たちだって」

「ネズミちゃんが掴まるのを指を咥えて見てな」

「邪魔をするな!」

 男たちを蹴散らしている間にサリの体が突然加速し、護衛が持っている檻の中に吸い込まれてしまった。

 素早く檻を閉めるとサリは中に閉じ込められる。

「だして! いや! さり、ここいや!」

 サリは中で暴れているが檻はサリの体ぎりぎりの大きさで動く隙間が殆どない。

「なんで、ぶき、つかえない!」

 窮屈な檻に何度も蹴りを入れているけれど、武器が発動しないようだ。魔術で強化されているのか引っかいても噛みついても傷も付かない。

「魔法生物を捕獲する用の檻なんて眉唾物だったが、ちゃんと機能するじゃないか」

 護衛は檻を目の高さまで持ち上げサリを見て満足そうに笑い、リーダーの元に悠々と歩き出す。

 くそ、魔物め。あの護衛の男は隙だらけだろうが! あいつを攻撃しろ!

 そうは思っても魔物と敵意はこちらに向いているせいか、攻撃は俺に集中していて逸れてくれない。

「ほら、望みのモンだ」

「うむ」

 差し出された檻をリーダーが受け取り、中で暴れるサリを見て笑う。

「それにしても掘り出し物だな」

「サリを返せ!」

 俺に群がっていたゴロツキを襲い掛かって来た木の根に蹴り飛ばして押し付ける。

「うお」

「やべぇ!」

「取れねぇ!」

 男たちは木の根に絡まれ、魔物もようやく捕まえた獲物に夢中で俺から意識を逸らした。

 その隙にサリに向かって走る。


 ……けれど。

「旦那、ここは俺が」

 護衛が俺の前に立ち塞がった。

「お前に用はない!」

「悪いな兄さん。俺が相手だ」

 湧き上がる気迫。不敵に笑う護衛は、かなりの手練れだ。

「任せたぞ」

「おう」

「待て! サリ、サリ!」

「いずかぁぁ!」

 サリが暴れるたびにサリの武器や防具が檻に擦れる音が響く。

「ちゃんと次の飼い主は俺が探してやるんで、安心して成仏しなよ。ニイサン」

 リーダーが俺を見て歪な笑みを浮かべる。

「さよーなら」

 手を振って背を向け歩きだした。

「ふざけるな!」

「待て待て、アンタの相手は俺だって」

 それを追おうとした俺の前にロングソードを抜いた護衛が立ちはだかる。

「追いかけたかったら俺を倒してから行くんだな」

 余裕の笑みを浮かべる護衛を睨みつけた。


 あの時、俺が野営に結界を張っておけばこいつらの侵入をもっと早く察知できた。

 魔物と戦いながらもっと気配に気を配っていれば、隙を突かれることもなく、サリを奪われたりしなかった。

 クソ、クソ……!

 何度悔やんでも悔やみきれない。


「いずか、いずかぁぁ」


 檻の中で暴れる音と悲痛なサリの声が洞窟内に響き渡る。


「サリ、サリィィ! 貴様ぁ、どけぇ! 邪魔をするなぁぁ!」

「どうせあのネズミはすぐニイサンのこと忘れちまうんだ。だから安心して俺に殺されちまえよ」

 ざわりと背中を悪寒が駆け抜ける。

 サリが俺を忘れるわけがない。

 だが、そういう魔術があることを知っている。

 心を操る魔術はどの国でも禁忌として扱われる外道の術。

 人の物を容易く奪い命を軽く扱うこいつらなら躊躇いもせず使うだろう。


 大切なサリが奪われ、記憶を消されて、商品として売られる。

 許せるわけがない。

 生きてきた中で初めて燃えるような怒りが体を焼く。


 この男を早く倒して、サリの元に辿り着かなくては取り返しのつかないことになる。


 剣を握る手に力を籠め、護衛に向かって振り下ろした。

「ニイサン、いい腕だねぇ。楽しいなぁ」

 それをロングソードで受け止める。鍔迫り合いで顔が近づき、楽しそうに笑う護衛の顔が癇に障った。

「俺は楽しくない、退け!」

「それは出来ねぇ、俺の仕事はニイサンの足止めと抹殺だからな。アンタ腕が立つようだし折角だし楽しませてくれよ!」

 二本の剣とロングソードがかち合う。

 この男、戦い慣れている。隙をついてサリを助けに向かいたいのに、すぐ追いつかれていく手を塞がれる。

 本気で戦えば負けることはないだろうが、その間にサリが連れ去られてしまう。

 護衛のロングソードを躱し、支配者の方へ押し付ける。

「うお、そりゃ汚ぇ」

 先ほどの三人を倒した支配者は、近くに来た護衛に根や枝を使った攻撃を加えた。そのおかげで護衛が俺を追う足が止まる。

 その隙を逃さずサリの行方を捜した。

「サリ!」

 視界を巡らせればリーダーが大部屋から出て行こうとするところだった。

「くそ、待て!」

 これ以上遠くへ行かせない。

 俺は姿勢を低くしてマチェーテを下に構え魔力を溜め、刃に纏わせ結界でそれを強化した。

 より正確に魔力を安定させるため、俺はこの技に名前を付けた。

「弧月」

 結界を基盤とした魔力の刃を射出するイメージでマチェーテを振る。

 一度、二度、三度、振る度に飛んで行く弦月状の結界を纏った魔力。

 鋭い切れ味を有するそれがリーダーの背中に向かって飛んで行った。

 ……けれど

「させねぇ!」

 護衛が瞬間移動でも使っているのかというような速さでそれに追いつき、ロングソードで弧月を全て撃ち落とした。

「はぁはぁ、あっぶねぇ。とっておきを使うしかなったぜ」

 ロングソードを構え再び護衛が俺の前に立ち塞がった。



「大事な相棒なんだ! 返せ、返してくれ!」

 無駄だと思っても叫ばずにはいられない。

 俺にとって命と引き換えにしてもいいほど大切な相棒なんだ。


 斬りかかって来る護衛と剣を交えながら叫ぶ。


 けれど護衛は少し眉を動かしただけだった。


「パートナーなら獣じゃない相手を探せばいいだろ? そんなにあのネズミが大事なのか。変わってんな、ニイサン」



 どうやってもこいつらは俺からサリを奪うつもりなんだ。



「サリ、サリ!」

「さり、もどる! いや、はなれない! いずかと、はなれない!」


 サリの声が徐々に遠くなっていく。


「サリ、サリ!」


 気持ちばかりが焦る俺の背後から膨れ上がる殺気を感じ、無意識に体を逸らせると木の根が地面を貫いた。

 いつの間にか支配者の近くに寄せられていたことに気付く。


 どちらかを倒さなくてはサリは追えない。

 けれど一方を倒す頃にサリは遠くへ連れ去られてしまう。

 隙をついて護衛に投げたナイフは全て叩き落とされてしまった。




「いずかー、いずかぁぁ!」

 サリの俺を呼ぶ声が遠くなっていく。


「待ってろ、サリ。今行く!」

「いずかぁぁぁ!」


 焦れる心とは裏腹に状況は一向に進展しない。

 サリもそれを感じているのか叫ぶ声に悲壮感が強くなっていく。


「サリィィィィィッィ!」




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