9 束の間の休息と支配者

 腹が減ったし戻るかと外に出てると、すっかり日が登っていた。

「うわー、外は朝かぁ」

「まぶしい!」

 ちょっと肩慣らしのつもりで洞窟に入ったのに、戦っているうちに楽しくなって思いっきりやってしまった。

 爽やかな湿った空気と柔らかい日の光が疲れた体に染みる。

「あーでもすっきりした」

「さりも! たのしかった!」

「飯にして休もうぜ。でも外じゃ明るいから寝るのは洞窟の中にするか」

「さんせーい!」

 楽しかった余韻を引きずったまま食事の準備をする。

 サリには残ったオランジを剥いてやり、俺はスープとパンを食べる。

「……? どうした、サリ」

 オランジを齧ったままじっと俺を見ているサリに声をかける。

「さり、それ、たべてみたい」

 俺と同じものを食べても大丈夫だと親父に言われたのを思い出したんだろう。

「いいぞ、ちょっと待ってろ。熱いから冷ましてからな」

「うん!」

 貰えるのが分かり、サリが嬉しそうに俺の膝に乗った。

 野菜をスプーンで掬って何度も息を吹きかけて冷ましたてからサリの前に持っていく。

「もう熱くはないと思うが、気を付けろよ」

「うん」

 サリはスプーンに手を添え、温度を確かめてから乗っている野菜を手に持って口に運んだ。

「うまいか?」

 香辛料は大丈夫なのかとサリの反応を窺う。

「なんかふしぎなあじ。はじめて」

「生の野菜しか食べた事ないもんな、どうだ?」

「わるくない。いずかといっしょ」

 他の野菜もスプーンの上から取って食べる。俺と一緒の物を食べるという行為がおいしく感じさせているらしい。

「いずか、おらんじ。たべる?」

「ん、貰うよ」

 サリに剥いた分を一つ分けてくれる。俺の食べている物をサリが食べて、サリが食べている物を俺が食べる。それで一緒なんだな。

 俺がオランジを口に運ぶのを嬉しそうに見上げているサリの頭を撫でる。

「甘くてうまいな」

「うん、おいしい!」

 サリは満足そうに頷いて残りのオランジを食べ進める。

 のんびりした食事を終えて野営地を片付ける。

 どうせ寝るのは洞窟内だから討伐が終わった場所に移した方が、この後奥に移動するのに楽だ。

 魔石はサリがそこそこ食べているが魔物の数が多いせいで回収が追いつかず、適当な場所に纏めてある。

 それを回収して袋に入れておきたい。

「よし、片付け終わり。中に移動してひと眠りしたら今度は踏破を目指そうぜ」

「うん!」

 魔力が溜まりやすい空間にはその場所を好み、占拠している強い魔物がいる。

 それを倒すまでの道のりを便宜上一層と呼んでいるだけで、別段階段があったり明確な境目が存在しているわけではない。

 このダンジョンはそういう定義で言えば三層構造で、二層までの討伐は終わっている。

 後は手前に残して来た残党と最奥の部屋にいる支配者だけ。

 二層までは丁寧に全ての道を進み、魔物を退治したから中はもう安全だ。

 少し広い場所まで移動して焚火を作り直し、野営用の敷布を出して横になる。

 ここは瘴気の森ではないから外から獣が入ってこないとも限らない。

 だから洞窟の道を塞ぐようにしっかりした結界を張って、寝るために魔術の明かりを落とした。

 サリの革鎧はすっかり馴染み、外で眠る時にもう脱ぐ必要はない。

 革鎧が俺の顔に当たらないようにと、サリは顔をくっつけて寝るようになった。

「おやすみ、サリ」

「おやすみ、いずか」

 サリの吐息が頬にかかる。時々毛繕いする様に無精ひげを舐められるたびに撫でてやる。


 安住の地を見つけるまでこうやって僻地のダンジョンを回るのもいいかもしれない。


 そういえば、サリは番を見つけないんだろうか。

 今度ウサリスの群れが居たら聞いてみるか。

 サリの寝息を感じているうちに目が勝手に閉じて行った。





「あーよく寝た」

「ねたっ! おはよっ!」

「おはよう、サリ」

 正直どのくらい寝たかはダンジョンの内では分からない。けれどどうせこの後支配者を倒すまで中から出ないんのだから、わざわざ外に出て確かめる必要はない。

 魔術で灯りを灯し、焚火に火を入れて飯を食う。

 自由に寝て起きて、腹が減ったら食事をして、自分たちが思うがままやりたいことをやる。

 これが俺たちの生き方に合っている。

「オランジでいいか?」

「うん、むいて! いずか」

「いいぞ」

 俺が一手間かけてやるのが嬉しいらしいので、せがまれるままオランジを剥く。

「ほら、サリの分」

「さりの、おいしそう! いずか、ありがと!」

 金属皿に乗せてやると両手でオランジを持って嬉しそうに齧り付く。

 そうやっているうちに俺の飯も出来上がる。浅い鉄鍋の中でうまそうに焼けた腸詰をフォークで刺して取り上げ、手で割いたパンにそれを挟んで食べる。

「うん、うまいな」

 シンプルだがそれがいい。

「さりもー」

「食べたいのか?」

「うん!」

 欲しいと服を引っ張るので口元に持って行き齧らせてやった。

「うまいか?」

「うん! ちょうづめ? おいしい!」

 昨日同じものを食べたのが嬉しかったみたいだ。

 一口二口と、満足するまで齧らせてやると、交換だというようにオランジをくれた。

 サリにおいしいと言われると、質素な食事でもご馳走のよう感じられる。



「食べたら支配者を倒して戻るか」

「おー!」

 昨日は眠っている間に獣が来る可能性を想定して結界を張ったが、ここはダンジョンの中。

 残る魔物はそれほど多くない。すぐに片づけて戻るつもりで結界は張らず野営地をそのままにして、支配者のいる階層へ向かった。


 ……この決断を俺は後で後悔することになる。






 道中の魔物も隅々まで倒していく。

 最下層の魔物から出る魔石は今までより一回り大きくて、サリは残った魔物を倒して出た魔石を全部食べてしまった。

 野営地に置いて来た魔石の量はここの魔物の三分の一にも満たない数だ。

 手に入れた魔石は基本冒険者のものだし、全てを一度に換金するわけでもないから持ち数が少ないことを不審に思われる心配はない。

 あんなにたくさん魔石を食べたのにサリの大きさは変わらない。

 けれど代わりに体内で巡る魔力量が増えているのが分かる。

 馴染めばまたサリは強くなるんだろう。


 最後の部屋を覗くと、そこにあったのは大きな木だった。真っ黒であちこちに棘が生えている凶悪な様がまさにダンジョンの支配者といった風格がある。

 サリを見つけた時に戦った時と同じかそれ以上。見上げるほどの高さと両腕を回しても届かない太さの巨木。

 この部屋には魔力を含んで発光する石がたくさん埋まっており、この植物はその光で育つ。本来は苗木程度の大きさにしかならない物のはずだった。

 それが魔化したことによりこれほどの巨木になっている。

「うげ、植物型の魔物は面倒くさいんだよなぁ」

 根や、葉、枝などとにかく攻撃方法が多彩で、どこから攻めて来るのか分かりにくい。

 その上、手数も多い厄介な相手。なるべくならあまり相手にしたくない。

 嫌そうに顔を顰めているとサリが目の前に飛んできた。

「さりがいればだいじょうぶ!」

 サリとイズカでやっつけようと勢いよく言われ、苦手意識が消えて行く。

「そうだな、俺とお前で最強だ」

「さいきょー!」

 行くぞ、と同時に部屋へ足を踏み入れる。

「くる!」

「おう!」

 足元が盛り上がり真っ黒い木の根が俺たちに向かって伸びて来た。

 マチェーテでそれを斬り、サリは上空へ飛んで、振り下ろされる枝を左足の武器で切り落とす。

 ばさりと葉音を立てて枝が地面に落ちて消える。

 けれどすぐに生え直し、新しい枝と根を生成して襲い掛かって来た。

「サリ、上を頼んだぞ」

「うん!」

 ショートソードとマチェーテで可能な限り木の根元に近い部分を破壊していくと、再生速度が遅くなる。

「サリ、なるべく根元に近い方を切り落とせ!」

「わかった!」

 先端はいくら落としても意味がない。深く踏み込んで根元付近を切り落とす。

 そうして襲い掛かって来る根を躱しながら、幹に辿り着きマチェーテを振り下ろした。

「いくぞ!」

 力の限り幹にマチェーテを叩き込むが外皮に弾かれた。

「硬ってぇな」

 外の皮を少し剥いだだけで中まで攻撃は通らない。

 上からはバサバサと枝が降って来てサリが上空で奮闘しているのが分かる。

「サリ、幹に攻撃を仕掛ける。反対側から頼む!」

「うん!」

 貫こうと襲ってくる根を結界で防ぎ、マチェーテで薙いで、ショートソードで切り落とす。

 サリも両足で蹴りつけて吹き飛ばし、切って貫き俺のいる反対側に辿り着く。

「やるぞ」

「うん!」

 俺は再びマチェーテを構え刃に魔力を通し切れ味を上げ、サリは左足に魔力を込めた。

「「せーの!!」」

 斧を振り下ろす様に両側から同時に斬り付けた。

 幹の三分の一ほど切り込むことに成功した。あと数回やったら切り倒せるはずだ。

 動きの止まった俺たちに枝と根が襲い掛かって来る。それを躱し再び武器を構えた。

「サリ、もう一回!」

「まかせて!」

 枝と根の攻撃を避けながら、もう一度幹の同じ場所にマチェーテと風の刃が振り下ろされる。

 幹は再生が効かないようで傷は塞がらない。表皮を越えたら手応えが柔らかくなり、さっきより深く刃が食い込んだ。

 あと二回。

 もう一度攻撃を加えようとしたその時、通路の先で人の気配が現れた。




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