6 届け物をするぞ

 俺たちは新たな国、クロイドへ入った。

 クロイドは大陸の中央に位置するため内陸性気候の特徴を持ちながら、年間を通して温和な気候が保たれ、四季の変わりも感じられる地域のようだ。

 フィクロコズ、ネルツがあった南端の国はミルナタル。今いるクロイド、そしてまだ行った事がない最北に位置する国がトラテア。以上の三国でこの大陸は成り立っている。

 初めて訪れたこのドラナスという街は、ネルツよりもさらに大きい。大陸のほぼ真ん中に位置していて、全土から人や物資が多く集まって市場はネルツ以上に広く長い。

 見た事あるもの、ないもので溢れていてどこから見ようか迷ってしまう。

 この地域の周辺ダンジョンは今が活動期なので何処を見ても冒険者らしい者があちこちにいる。旅行者も多いのか着ている服の種類も様々。

 人の多さに圧倒されてしまう。

 ネルツの活動期もこんな感じなんだろうか。

「ひと、いっぱい」

「すげーなぁ」

 あまりの人の多さと賑やかさに圧倒されてしまう。

「さり、いずかと、はなれないっ」

 コートの中に入れてもいいのだが、サリもこの賑やかな街を見たいだろう。

「サリ、はぐれないように肩に乗っておけ」

「うん」

 のんびり飛んでいたら人波に流されてはぐれてしまいそうだ。

 頷いたサリは俺の肩に乗って、首を跨ぐ様に両足でしっかり肩を掴んで後頭部を抱えてしっかりしがみ付く。子供を肩車しているようだ。

 頭の後ろがもふもふして温かい。

 サリの背中を手で支えながら俺たちは街並みを歩いた。


 人は多いが歩けないほどでも、店が見られないほどでもない。


 遠目に通りを眺めながら目的地に向かって進んで行く。


「おみせ、いっぱい」

「何を売ってるのか分からん店が多いな。届け物が済んだら見てみるか?」

「うん!」


 それにしても人の多く集まる場所には、その賑やかさとは裏腹に危険や闇も潜んでいる。

 恰幅の良さそうな金持ちが豪快な買い物をする路地の裏側では、浮浪者がゴミ捨て場を漁っていた。

 スリなんかも多そうで、気を抜かない方が良さそうだ。活気はあるが治安は思ったほどよくない。



 商店街を歩いて行くと目的の乾物屋は大きく、目立っていてすぐ見つかった。

 そこそこ遅い時間だったので客は殆どおらず、従業員が閉店の準備に備えて忙しそうに動き回っている。

「すみません」

「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」

 カウンターに立つ従業員に声をかける。

「この店の奥様へお届け物です。ネルツに住むガロンから預かり物を届けに来たと伝えて貰えませんか?」

 ガロンとは雑貨屋の爺さんの名前だ。何度か行ったことがあるからそう言えば分かると言われていたのでそう伝える。

「ネルツのガロン様からのお届け物ですね。少々お待ちください」

 若い男の従業員は頭を下げ店の奥へ入って行った。

 しばらく待っていると乳飲み子を抱えた若い女が先ほどの従業員と一緒に戻って来た。

「父からの届け物なんですって?」

 茶色の長い髪を綺麗に編んだ女はどことなく爺さんに似ている。この人が娘なんだと一目で分かった。

「はい、出産祝いを届けに来ました。もう年で長旅は無理だから代わりに届けて欲しいと頼まれました。こちらがその品です」

 身分を証明する為にギルドカードを見せて、包んでいた布を剥いで箱を取り出して見せた。

「これは父の店の化粧箱。間違いなく父からの贈り物ですわね。ありがとうございます。そうですか、父は来られないと……」

 その箱はガロンが大切な届け物を入れる時だけに使われる物なんだとか。

 聞いてないぞ、爺さん。

「凄く残念がっていました。産まれた子を一目見たかったから代わりに見て、どんな子だったかを戻ってきたら伝えろって何度も念を押されました」

「あはははは、父は、元気ですか?」

「凄く元気です」

 それでも寄る年波には勝てないと寂しそうに笑っていた。

 いつも快活な爺さんの表情が物悲しげに曇るのを見るのは辛い。

 それもあってこの依頼を引き受けた。

「そうですか、遠い所へありがとうございます」

 赤ん坊を抱いたまま娘は俺に頭を下げ、祝いの品を従業員に渡して欲しいと頼む。

 言われた通り渡すと従業員は大切そうにそれを受け取って店の奥へ運んで行った。

「確かに受け取りました。署名はどこに?」

 ギルドで受けたものであれば依頼書に受け取りの署名を貰い、ギルドに届け出て完了、そこで初めて依頼料が貰える。

 けれど、今回は個人的に受けたものだからそれは必要ない。

「大丈夫です。渡したらそこで完了ってことで依頼料もすでに頂いております」

「あら、ギルドは通されていないのですか?」

 娘は驚いたように俺を見る。

「ええ、直接頼まれました」

「随分父に信頼されているのねぇ」

「懇意にさせてもらっています。とてもいい品を扱う店なので重宝しています」

「うふふ、父の物を見る目は確かでしょう?」

「ええ、あの街で爺さ……、ガロンさんの店ほどいい品はありません」

 うっかり普段呼ぶ呼び方で呼んでしまい、娘に笑われる。

「一人暮らしの父の相手をしてくださりありがとうございます」

 嬉しそうに笑って俺を見る。

「冒険者さん、お名前は?」

「イズカです。こっちは相棒のサリ」

「さり、です!」

 大人しくしていたサリは水を向けられ口を開く。

「! あら、契約獣なの?」

「相棒です。俺は剣士なので」

「さりと、いずかは、あいぼう!」

 サリが可愛らしくポーズを決めると、娘は可笑しそうに笑った。

「あら、私ったら遠くから来てくださった方にお茶も出さずに」

「いえいえ、用事も済みましたのですぐお暇します」

 断って店を出ようと思っていたのに気付いたら奥へ通され、お茶とお菓子をご馳走になっていた。

 この手腕、爺さんと同じだな。血を感じる。

 話をしているうちに店を閉め終えた旦那もやってきた。

 旦那は冒険者だと言われても差し支えの無いほどがっしりとした体格をしている。

 黒い髪を一つに縛り、優しそうな顔立ちをしていた。

 少しキツめの印象の娘と穏やかな旦那が並ぶ姿はしっくりくるものだった。

 ここに来た経緯を旦那に改めて説明し、子供を見せて貰う。元気な男の子で、旦那の髪色を引き継ぎ顔立ちは娘に似ている。

 爺さんが喜びそうだ。

「あかちゃん、ちいさーい。かわいー」

 俺に抱きかかえられたサリは赤ん坊を一緒に覗き込む。

 赤ん坊と俺を交互に見てから俺の顔を見上げた。

「いずかも、あかちゃんだった?」

「俺も、サリも赤ん坊だったぞ」

「いまは、おおきい。ふしぎ」

「サリも大きくなったもんな」

「サリちゃんはイズカさんが育てたんですか?」

「はい、産まれたばかりで死にかけていたサリを偶然俺が拾って育てたんです」

「さり、いずかとずっといっしょ!」

「その頃から喋ったんですか?」

「いえ、喋るようになったのは最近ですね」

「さり、いずかと、はなしたくて、がんばった!」

 魔石を食べた事は言っていいのか分からないから伏せておく。

「珍しい色合いですし、通常よりも大きいですから特殊な個体だったんですね」

「そのようです」

 話ながらよく眠る赤ん坊を見つめていると、何故か次々料理が運ばれてきた。

「もう遅いですし、一緒に夕食如何ですか?」

「冷めないうちにどうぞ」

 にこにこと食事を勧める夫婦。遠慮したらこの大量の料理が無駄になってしまう。そう思うと断れるはずもない。

「……はい、頂きます」

「いただきます!」

 夕食をご馳走になってしまった。

 この街で大きな店を営んでいるだけあって、客のあしらいが上手く殆ど人と関わらずに生きて来た俺が太刀打ちできるわけもない。

 おいしい食事を頂きながら会話は弾む。

 サリは俺の膝に乗って、剥かれた果物がたくさん乗っている皿から行儀よく一つずつ取って食べている。

 わざわざサリの為に用意された一皿が存在を認めて貰えたみたいで嬉しい。


 話の中で二人の馴れ初めも聞いた。

 行商の旅をしていた旦那さんが爺さんの店に寄り、そこに居た娘に一目惚れ。ネルツにいる間、旦那が熱心に口説いて思いが実り一緒に行商に出ることになった。

 しばらく二人で行商の旅をしていたが数年後、旦那の実家であるこの店を引き継ぎこちらで嫁入りすることになった。

 旦那の両親は店を息子夫婦に任せ、肩の荷が下りたと二人で旅に出てしまったという。

 なんとも自由なものだ。

 次に爺さんへ送る手紙には祝いの品の礼と子供が旅をできる年齢になったらネルツに行くと書き添えるんだとか。

 爺さんが孫に会える楽しみが増えるんだと思ったら自分の事のように嬉しくなった。

 この国を見て回るつもりだと言ったら、旦那が地図を見せてくれて、お勧めの場所や品物を教えてくれる。

 地図が出てくるとサリは興味津々に俺と一緒にそれを覗き込んだ。

 赤子はこれほど賑やかにしているのに健やかに眠っていて、大物の片鱗を感じさせる。

 心尽くしの料理を頂き、ついには泊っていけと言われてしまい慌てて辞退した。

 流石にそこまでして貰うわけにはいかない。

 どうやら爺さんが送った祝いの品は相当な物だったらしい。

 ……何を運ばせたんだ、爺さん。


 説得が始まったら勝ち目はない。その前に店を出なくてはと慌てて帰り支度をして席を立つ。


 その様子を見た夫婦は俺を見送ることにしてくれたらしい。

 代わりに使いの者を走らせ今夜の宿の手配をしてくれた。

 結局何から何まで世話になってしまった。


「宿の支払いは済ませてありますので、安心して宿泊なさってください」

「ただ届け物をしただけなのに過分な待遇をありがとうございました」

「ありがと!」

 俺を真似てサリが頭を下げる。

「ただの届け物ではありません。父の心尽くしの贈り物です。無事に届けて下さってありがとうございます」

「義父さんが信頼した方であればあのくらいの持て成し当然です」

 俺への対応は爺さんへの信頼の証。

 爺さん、あんたすげぇな。

 でも、これほど喜んでくれたのなら引き受けてよかったと、ネルツに居るガロンに思いを馳せていたその時。


「ぴゃ! っ!」


 腕に抱いていたサリが声にならない悲鳴を上げた。

「い、いずか、たすけて……」

 小刻みに震えるサリが涙目で俺に助けを求める。

 眠っていたはずの赤ん坊がいつの間にか目を覚まし、揺れていたサリの尻尾の先を思いきり掴んでいた。

「い、いずかぁ……」

「耐えろ、相手はか弱い赤ん坊だ。耐えるんだ」

 掴まれた尻尾が激しくうねっているが、握られた手は離れない。なんて力だ。

 サリは痛いだろうに赤ん坊のことを思い必死で我慢している。


「あああ、ごめんなさい。今剥がすから」

「待ってな、ごめん……。ああ! こら、口に入れるな!」

「たべちゃだめぇぇぇ!」

 全員で四苦八苦しながら赤ん坊の手を引き剥がした。

 尻尾が手の中から無くなってしまった事に気付いた赤ん坊は不満なのか泣き出してしまい、娘が慌ててあやす。

 サリはコートの中に潜って、旦那が俺に謝り倒す。

 泣き止まない赤ん坊とあやす娘、謝る旦那とコートの中で震えるサリ。

 穏やかだった空気は一瞬で混沌としてしまった。

 コートの上からサリを撫でつつ気にしないで欲しいと伝え、慌ただしく店を後にした。


「いたかったぁぁ」

「よしよし、よく耐えた」

 戦うことに慣れているサリが、痛みを感じたのに反射的に手を出さなかったのは本当に凄い事だ。

 俺は過分なほどサリを褒め称えた。

 店から離れたところでサリがコートから出て来て俺に抱きついたので、胸に抱えて頭や背中を撫でてやる。

「偉いぞ、サリ」

「うん、さり、えらい……えらい……なでてぇ」

「よしよし、痛いの飛んでけー」

 サリを抱きしめ撫でてあやしながら用意してもらった宿屋に向かう。

 もう夜も遅くなって来たから人通りも殆どなく、俺は周りを気にすることなくねだられるままサリを甘やかす。


 用意されていたのは思った以上の高級宿だった。かなり人出があるこの時期に飛び入りで宿泊することは大変なはずなのに、こうして一部屋用意できるあの夫婦の凄さを思い知る。

 爺さんも、娘夫婦も俺が思っている以上に非凡な人たちなんだ。

 好意に甘え、ありがたく泊まらせていただくことにする。


「ひろい、へや!」

「凄いな、菓子が用意してあるぞ。これ食べていいんだと」

「おかし! すごい!」

 今まで宿泊したこともないような豪華な宿の部屋に興奮して、サリは尻尾を掴まれ食べられそうになった衝撃をすっかり忘れてしまったようだ。

 こんな高級宿に泊まるのはきっと最初で最後だと、一晩俺たちはその部屋を堪能することにした。

 今までに体験したことのないふかふかな布団と、寝返りを打っても軋まないしっかりとした造りのベッドなんて初めてで、その質のいい寝具や手厚い設備に、俺とサリは一晩宿を堪能し朝までぐっすり眠ることが出来た。

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