5 挨拶をしよう

 隣国へ行く依頼を受けることになった。

 行きは一月だが、隣国を気の向くまま見て回ろうと思っているので戻って来るのはいつになるか分からない。

 宿屋を引き払い、馴染みの店に挨拶をすることにした。


 まずは防具屋へ行く。

「おや、ぼっちゃんと旦那。今日はどうしました?」

「ちょっと遠くに行く依頼を受けた。隣国まで行く。しばらくその周辺を見て回ろうと思ってな、挨拶に来た」

「おやじにあいさつ!」

 サリはいち早く飛んで行ってカウンターの上に乗った。

「なでてよし!」

「ありがとうございます」

 頭を差し出され、親父が礼を言ってサリを撫でる。

 基本的にサリは俺以外に撫でをねだらないが、最近は気に入った相手にも許可を出す。

 親父に撫でられ機嫌良さそうに目を細める。その満足気な顔を見ているだけで俺も満たされた気持ちになった。

「そうですかい。寂しくなりますねぇ」

「気が向いたらまた戻って来る」

「是非是非、また来てくだせぇ。ぼっちゃんもまた来てくださいよ」

「さり、くる! おやじきにいった!」

「そうですかい。俺もぼっちゃんが好きですぜ」

 くしゃくしゃと撫でる手付きが優しい。サリも嬉しそうに目を細めている。

 きっとこんな風に自分の契約獣も撫でてやっていたんだろう。

「そうだ、サリに俺が食ってるものと同じ物を食わせても大丈夫か?」

 俺の問いかけに親父が驚いた顔をした。

「むしろ今までやってなかったんですかい? ぼっちゃんなら旦那と同じものを食べたがりそうなのに」

「さり、いずかがくれるごはんたべる!」

「目も開かない頃から俺が育ててるからな」

 食べたい物があった時も必ず俺に聞いてから食べるしな。

 サリ、いい子すぎねぇ?

「なるほど、ぼっちゃんはいい人に育てられてますねぇ」

「うん! さり、いずかとあえてうれしい」

 嬉しそうにサリが何度も頷く。

「人が食う物は塩気が強いだろ? 獣には毒かと思って食べさせた事はないんだ」

 一緒がいいと言う割に食事は欲しがられた事はない。

 だがもしもいつか同じものが食べたいと言われた時の為にも聞いておきたい。

「大丈夫ですぜ。ぼっちゃんは魔力も強いですし、体に良くないものを取り込んでも自然治癒が働きます。余計なものは排泄と一緒に出てしまいますよ」

「そういうものなのか。そうかよかった」

「俺の契約獣なんて何でもかんでも一緒がいいと、食事も半分くらい奪われてました。むしろ大人しく旦那があげたものしか食べてなかったなんて、ぼっちゃんは偉いです」

「さり、えらい! もっとなでてよし!」

「あはははは、ありがとうございます」

 サリを撫でながら契約獣の話をする親父は柔らかい笑みを浮かべている。それだけでいい関係だったのが分かった。

「話を聞いて安心した。ありがとう」

「街を出るのは寂しいですが、旦那たちは冒険者ですからね。またのお越しをお待ちしてますぜ」

 親父は名残惜し気にサリの頭から手を引いて俺たちを見た。

「ああ、またな」

「また!」

 ついでにウエストバッグを新調して防具屋を出た。




「つぎ、ぶきや!」

「そうだな」

 初めてここに来た時、サリが空を飛ぶようになるなんて思わなかった。

 人生何が起きるか分からないな。ってそれは俺が一番そうか。浄化者として生きて死ぬのだと思っていた俺が、今は自由な冒険者として生きている。

 サリが居なかったらなかった人生だ。

 扉を開けると備え付けられているベルが鳴った。

 店主は相変わらずカウンターにいないから、奥で何かを作っているんだろう。

 飾ってある武器を眺めながらしばらく待っていると、奥から店主が顔を出した。

「なんだ、お前らか。どうした?」

「街を離れることにしたから、挨拶に来た」

「……そうか」

「さり、このぶき、さいこうに、きにいった。ありがと、なでてよし!」

「……」

 ふわふわと飛んできたサリを店主はぎこちない手付きで撫でる。

 サリを撫でながらカウンター下の箱から品物を取り出した。

「これをやる。足にでも仕込んでおけば便利だろ」

 渡されたのは小さなバッグ。その中には投げナイフが十本入っていた。掌に納まる大きさで隠して使うには丁度いい。

 バッグは太ももにベルトで固定出来て、コートの下で隠し武器として持っておける仕様になっている。

「ここは割と治安がいいが、そうでもない場所もある。こういうのが役に立つ場合もあるだろ」

「だったら買う。いくらだ?」

「いらん、餞別にくれてやる。どこかでいい鉱石があったら採って来てくれ」

 言外にまた来いと言われ、俺は素直に受け取った。

「分かった。見つけたらまた持ってくるよ」

「使い心地の感想も聞かせろよ」

 ここから毒なり痺れ薬なり仕込めとバッグの端にある蓋を開けて隠し要素を教えてくれた。

 蓋を開けると溝があり、ナイフに薬が仕込める。

 ……中々遊び心があっていいじゃないか。

 話を聞いて俺と親父はにやりと笑い合った。

「ああ、感想を言いに来るよ」

「またくる!」

 店主に手を振り俺たちは店を出た。



 続いて仕立屋に向かい扉を開ける。

「あら、イズカさんとサリちゃんいらっしゃーい」

 椅子に座っていた女は俺たちを見て立ち上がった。

「こんにちは!」

「はい、こんにちは。サリちゃんはいい子ねぇ」

「さり、いいこ! なでてよし!」

「あら、ありがとう~」

 頭を差し出したサリを柔らかい手付きで撫でる。

「今日は酔ってないんだな」

「う、あれはたまたまよ……」

「ここに来た半分くらいは二日酔いしてるだろ」

「……イズカさんたちのタイミングが悪いのよ」

 ばつが悪いのか、女は視線を彷徨わせた。

 酒場で会うこともあったから相当な酒好きなのはもう知っている。

「今日は何がご入用かしら?」

 営業用の顔で話題を逸らした。

「依頼でしばらく街を離れることになったから、挨拶に来た」

「あらあら、寂しくなるわぁ」

「あたらしいとこ、みてくる!」

「そうなの? 気を付けて、戻ってきたらまた顔を出してね」

「うん!」

 寂しくなると何度も言いながらサリの頭を両手で撫で回す。

「はー、本当にいい手触りねぇ」

「きゃー」

 サリは喜ぶようにはしゃいだ声を上げた。

「おい、撫ですぎだろ」

 長い耳までかき回して黒い毛をくしゃくしゃにしている。

「撫で納めよ! こんなにモフモフさせてくれる子、サリちゃん以外いないのよ!」

 サリは嫌がってはおらずむしろ楽しんでいたので止めなくていいかと、遊んでいる二人を見ながら店内を見渡す。

「シャツを買いたい」

「はいはいー、色は私が選んでいい?」

 自分で選ぼうかと思ったが女が選んでくれるらしい。

 サリを抱き上げてカウンターから出て来た。

「ああ、任せる」

「サリちゃん何色が好き?」

「さりは、しろと、おらんじいろ!」

「おい、その派手なオランジ色はやめてくれ」

「ふっ、似合うと思うわよ」

 隣に落ち着いた色合いのものがあるのに、わざと目が痛くなるような色を手に取った女に抗議の声を上げる。

「なんで! おらんじいろ!」

 サリは派手な色合いが気に入ったらしい。いい歳のオッサンが着るものじゃないだろう。

「そっちの派手じゃない方で……いいか、サリ?」

「うん!」

 一応許可を取ったらそっちでもいいと言って貰えたので胸を撫で下ろす。

 サリは意志が固いからこれがいいと思ったら曲げない頑固さがある。

 どうしても派手な方がいいとサリが言うなら買わざるを得ない……。

「ふふふふ、りょうかーい。こっちねぇ」

 それを知っている女に笑われる。

 くそ、完全にからかわれた。

 買い物を済ませ挨拶をして店を出た。


 市場にも寄ってよく買い物をした店に声をかけ宿屋に戻る。

 随分長くいたが買った物の殆どが消耗品だったから、荷物はほとんど増えていない。

 夜は一階の食堂で食べて、荷物を片付け馴染んだ部屋でゆっくり眠った。


 そして朝早く宿を引き払い街を出る。

 しばらく戻ってこられないと思うと妙な哀愁が湧いた。

 思えば随分馴染んだものだ。まぁ、ここに腰を据えてもいいかと思うほど馴染めた場所だったしな。そんな感情が湧いても不思議ではない。

 誰もいない街道をサリと歩く。

「この街、いいところだったな」

「さり、ねるつ、すき」

「そうだな、またいつか戻って来ような」

 サリも寂しさを感じているようで、甘えるように擦り寄って来るのを抱き上げて撫でた。



 目的の街までは一番大きな街道を真っ直ぐ進むだけでいい。

 フィクロコズはこの大陸の最南端に位置し、気候も穏やかで温かい。

 この大陸は北に行くほど寒くなっていく。目指す場所では生態系も植生も変わるから、サリが食べた事のない果物や木の実がたくさんあるはずだ。

 ネルツ周辺になかった物もたくさん見られるだろう。

 そんな話をしているうちに郷愁は好奇心へと塗り替えられていく。

「さり、あたらしいばしょ、たのしみ!」

「見た事ない果物や木の実があるかもしれないし、まだ戦ったことのない相手もいるかもしれないな」

 乗り合いの馬車もあったけれど、折角だから自分の足で歩いてみたいと徒歩を選んだ。

 馬車の方が少しだけ速度が速いが休息も多く、俺たちのように休息が少ない徒歩移動と時間は大して変わらない。

 いくつかの分かれ道を進みのんびり歩いた。



 街道は快適だった。

 時々人や馬車とすれ違うが、この周辺のダンジョンは活動期真っ最中で、今街道を移動する冒険者はほとんどいない。

 街道を歩くのはほぼ俺たちだけだった。

 路銀は十分あるから日が暮れる頃街道近くの宿場町で一泊し、足りない物資があったら調達してまた街道を歩く。

 冒険者がダンジョンの活動期に合わせて多く移動するこの大陸では、平地の街道付近に程よく宿場町があり宿に困ることはない。

 そうやって旅程を楽しんでいるうちに隣国、クロイドへ辿り着いた。





 隣国への検問はギルドプレートを見せれば問題なく通過できる。

 無事に検問を抜けた先は俺たちが知らない新しい国。


「サリ、新しい国だ!」

「にゅうこーく!」

 

 俺たちは新しい土地に足を踏み入れた。



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