7 新しい街と依頼
特に用事もないのでゆっくり起きる。なんと朝食も宿で用意されていて部屋で食べることが出来た。
二人分用意された食事に、俺と同じものだとサリが嬉しそうにはしゃいでたくさん食べた。
朝から豪華な食事を堪能してしまった。贅沢が過ぎる。
一体この部屋にいくら支払われているのか、知るのが怖い。
おそらく生涯二度とできないであろう体験をしたのは間違いない。
着替えて宿を後にして大通りの方へ向かい、そこに広がる光景に愕然とした。
「すげぇな、祭りかってほどの人出だ」
「さり、ひといっぱい。めがくるくる」
「俺も、人酔いしそうだ」
人生の中でこれほど人が溢れた場所に来たのは初めてだ。
どこを見ても人波で埋め尽くされており眩暈がする。
昨日もかなりの人出だったが、あれは夕方近くだったから少ない方だったことを思い知る。
とりあえず、冒険者ギルドを探した。
昨日のようにサリを頭の後ろに乗せて、看板を頼りに人の少ない場所を通ってなんとかギルドに辿り着いた。
「はーついた」
「さり、ぐったり」
俺の頭に掴まって居なかったらサリはもみくちゃにされていただろう。コートの中だったら潰されていたかもしれない。危なかった。
ギルドの扉を開け、中の様子を窺う。人はそれなりにいるが外の通りよりはましだ。
ようやく息が付ける。サリが飛びたいというので手を離した。
壁にはスリ、強盗、詐欺に気を付けろなんて注意喚起が貼り出されている。人の多さに比例して犯罪行為は増えるんだと改めて気を引き締める。
中を見渡すと中央に大きな掲示板があり、その前には冒険者がたくさんいた。
壁に張り出されているのは馴染みのある通常依頼掲示板。中央にあるのは初めて見る物だ。
近寄ってみてみるとそれは活動期にのみに設置されるダンジョン専用の掲示板だった。
大きな地図には所々穴の開いた山の絵が描かれた木札が掛かっている。
それはダンジョンの位置を示し、そこにはパーティ名や冒険者の名前が書かれている。
踏破が終わったものは山が描いてあった木札に済という文字が記されていた。
活動期に入って一月が経っているから、街から近くて浅いダンジョンはいくつか踏破が終わっている。
行きやすいダンジョンには全てそれぞれ冒険者が向かっていることが分かった。
ダンジョン一つに対して基本は一つのパーティ。複数の名前が記されているのは当事者で話しが付いている。冒険者同士が報酬を食い合わないように、意図的にばらけているんだ。
冒険者たちの中で自然とそういう不文律が作られた。
この辺りは登録の時に後々揉め事にならないよう、すでに他の冒険者が向かったダンジョンには入れないと説明される。
ギルドで決められたことではないので破ったところで罰則はないが、冒険者たちに白い目で見られ活動がしづらくなるんだとか。
ダンジョンが記されている地図の下には小さな溝が付けられていて、そこには宝石と小さな山の木札が様々な数で置かれていた。
傍に居たギルド員にこの木札の説明を求める。制服を着ているのですぐギルド員だと分かってありがたい。
彼の説明によると宝石が踏破報酬、山の正位置は行くまでの行程のキツさ、逆三角はダンジョン自体の難易度を示しているんだそうだ。
多いほど高く辛く難しいという解釈になる。
その中で一つだけ報酬がどのダンジョンよりも高く、通常は天辺が上になって並んでいるはずの小さな山が、横になってたくさん並んでいるものがあった。
「これは?」
あまりに意味不明で聞いてみたら、若い男のギルド員の顔が曇った。
「そこはですね、五年前に道に迷った猟師が偶然見つけた場所なんです。行きつくまでに結構険しい道のりを超えないといけなくて、そもそも何年前から放置されているか分からないんです」
ギルド所属の斥侯がダンジョンから魔物が出て来ていないか定期的に調べに行っている程度で、未だ中の深さも魔物の強さも不明という詳細が全く分からない。ギルドでも頭を抱えている難物件なんだそうだ。
ダンジョンまでの行程はキツく危険で、中の魔物の強さも分からない。多少報酬が多くても不確定要素が多すぎる。
だったらもっと楽でたくさん稼げるダンジョンに行きたい。
それが普通の冒険者というものだ。
緊急性の低いダンジョン探索を、ギルドが冒険者に強制することは出来ない。
そんな理由で発見から今までずっと放置されているのだという。
途中離脱をしても、中を偵察して報告すればそれなりに報酬が出る仕様になってはいると説明を加えた。
「なるほど、報告だけでも報酬は出るのか」
「そうですけど、魔物の強さも分からないので腕に自信がない方にはお勧めできません」
行っていただけるなら嬉しいですが、と小さな声で本音が付け加えられた。
瘴気に十数年晒されたダンジョンの魔物より強い相手などそういるはずもない。
報酬も結構高めで悪くはない。
誰も行かないなら他の冒険者とかち合うこともないだろう。
人通りの多さにうんざりしていたところだ。しばらく静かな場所に行きたいと思っていたし丁度いい。
「サリどうだ?」
「さりは、いずかといっしょならどこでも!」
やる気満々だと尻尾が揺れている。
「俺がここを見て来る」
「え!? 大丈夫ですか?」
「これでもそこそこ腕が立つんでね。山歩きも慣れてる。なぁに、無理はしない。危険そうなら中をちょこっとだけ覗いて報告するよ」
「う……、正直止めるべきなんですが、本当に誰も受けてくれないんです。助かります。無理はせず、十分な準備をして行ってくださいね」
「その予定だ」
「道中にも多く獣が出ます。お気を付けください」
「わかった」
俺の返事にギルド員が受付に走って行くと、カウンター内がざわついた。
受付を済ませるとお気をつけてとあちこちから声をかけられる。
ホッとした様子と心配げな雰囲気は半々だ。
頭を下げるギルド員に手を振り、ギルドを出た。
「よし、準備は十分に出来ているしすぐ出発しよう」
「うん!」
物資は十分ある。昨日たっぷり休んだし、途中までは街道を歩くから今から出ても問題ない。
再び市場に戻ると、丁度昼時なのもあって食堂や屋台の方に人が移動し、露店は空いていた。
これなら店を覗く余裕がある。
今日の夜ご飯は何にしようと話しながら露店を見ながらゆっくり歩いた。
市場にはネルツで見なかった野菜や果物などが並んでいる。
「いずか、あれなに?」
「俺も知らないな。すまない、その赤い小さい果物はなんだ?」
露店の前で立ち止まり店主に問いかける。
掌で握れる程度の大きさの果物で皮が柔らかそうでよく瑞々しい。熟れているらしく近づくと甘く爽やかな香りが漂ってきた。
「プリムって果物ですよ。今の時期は甘くてうまいです。汁気が多いので食べる時、服に零さないよう注意がいります」
「へぇ」
「外は赤いですが果実は黄色ですよ」
「サリ、食べるか?」
「うん!」
「じゃあ、それを三つと、その緑のは?」
「ランゴの亜種です。赤いのが一般的ですが、こっちは酸味が強くておいしいです」
ランゴは拳ほどの大きさで果肉が白く、サクサクとした食感が心地よい甘酸っぱい果物だ。
皮が赤色の物は見た事があるが緑は初めて見た。味が違うなら食べてみたい。
「じゃあ、それを一つくれ」
「まいどっ!」
「五マルカです」
「さり、はらう!」
「自分で出せるか?」
「うん!」
金袋を開けてやると、サリは一マルカ銅貨を五枚掴んで店主の手が届く場所に飛んで行く。
「はい! ごまるか、です!」
サリの小さな手が店主の差し出した掌の上に銅貨を五枚置いた。
「! まいどあり! 買い物が出来る、凄い!」
金額を確認した店主が感動したように掌の金を握り込む。
「品物は……」
「さり、もてる!」
言うが早いか店主の手の中にある果物が宙に浮く。
「魔術が使える!」
「いずか、うけとってぇ」
「はいよ」
手を出すとふわりと果物が下りて来る。
「契約獣ですかい? それにしても計算が出来て魔術も使えるとは、凄い!」
「さり、えらい! すごい!」
「本当に凄いです」
褒められてサリは胸を張る。やはり冒険者の多く来る街では契約獣を知っている者も多いのか。
「これはおまけです。どうぞ」
店主はサリに小さめのプリムを一つ渡してくれた。小さな手でそれを受け取ってサリは頭を下げる。
「ありがと!」
「お礼も言える契約獣。凄い」
感動している店主に背を向けて両手に持ったプリムを俺に見せてくれた。
「いずか、たべていい?」
「いいぞ」
俺が頷くと店主にもう一度頭を下げた後、プリムに齧りついた。
皮が破れる小気味よい音の後には可愛らしい咀嚼音が続く。齧り取られた中身は聞いていた通りの黄色で甘い香りが濃く香る。
サリは零れた果汁を丁寧に舐めとりながら、プリムのおいしさを表す様に無言で食べ続ける。
味の感想が気になりサリに釘付けになっている店主に気付いて声をかけた。
「サリ、うまいか?」
「おいしい! さり、これすき!」
サリの言葉に店主は満面の笑みを浮かべる。
「そうでしょう、そうでしょう? うちの果物はよく熟れてますからねぇ」
「おいしい! またくる!」
「はい、どうぞ御贔屓に」
俺たちが立ち去った後、果物屋には人が増えていたからいい宣伝になっただろう。
他に夕食で食べられそうな串焼きやパンを買い、街を出た。
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