四章 Another Day
第25話 新しい朝
窓の外で名も知らぬ鳥が囀るのが聞こえた。
不定期的に繰り返されるその音で私は目を覚ます。瞼が重い。まるで鉛でも吊るされているかのようだった。
枕に顔を埋めていると、自分の呼吸音や心臓の音がやけに大きく聞こえる。それを聞く度、私は自分の生を思い出す。
あれからどれくらい経っただろう。
自室の隅にあるカレンダーはもう長いこと捲られていない。壁掛け時計もただ時刻を告げるのみ。閉め切ったカーテンから漏れる日差しだけが、今が朝であることを教えてくれる。
羽毛布団からはみ出た足先が冷える。エアコンの暖房も気づいたら消えていたし、点けるのも億劫だ。私は二度寝に耽ようと目を閉じた。
そうして微睡んでいると、突如コンコンとノックの音が部屋に響く。
「お嬢様、お目覚めですか?」
「ああ、一応ね」
小夜だ。私は間の抜けた声で返事をした。
キイとドアが軋む音がして小夜が部屋に入ってくる。
「おはようございます。お身体は大丈夫ですか?」
「別に。昨日と同じよ」
肩を竦めて言おうとしたが、身体を動かすことすら面倒なのでやめた。
「それでしたら今日はお外へ行きませんか。天気もいいですし」
「どこか行きたいの?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
「そう」
小夜は悲し気に目を伏せた。
そういうつもりじゃないのに、って言い訳はもう食傷気味だ。彼女に何度その目をさせれば気が済むのだろう、という自己嫌悪に次ぐ自己嫌悪。私だけに留まらないネガティブのループが、気づけばこの部屋を包み込んでいた。
「いいわ」
「えっ」
「出かけるんでしょう? 着替え、お願いしてもいいかしら」
「え、ええ。すぐお持ちします」
よかった。小夜が笑ってくれた。私も自然と笑顔を返す。
それで贖罪が済む訳では決してないけれど、ほんの少しだけ気が楽になった。でも恐らくこれはエゴイスティックな自己満足。救いがないとはこのことだ。
小夜は扉も閉めずに部屋を出て行った。すぐにドタドタという足音が聞こえてきて、落ち着きのない子だな、と小さく笑う。
「こういう思考はババ臭いかしらん」
答えてくれる人がいないのにも関わらず、無暗に疑問を口走るのがなんともババ臭い。自虐のつもりはないが、ついつい笑みが零れた。
少し待って、小夜が着替えを抱えて部屋に戻る。
「失礼します」
彼女の細腕が厚い布団を引き剥がし、そのまま私の身体の下に手を滑り込ませる。
「上げますよ」
そう言って小夜は思い切り私を持ち上げた。ベッドの端に座らせ、寝間着のボタンを一つ一つ外していく。奇妙な擽ったさが肌を巡った。
「手際いいよね、小夜は」
「一年もこうしていれば慣れますよ。それに私、資格持ちですから」
「一ヶ月で取れる奴でしょ、それ」
そう言っている間にもどんどん服が脱がされていき、遂には全裸になる。そして次の瞬間には花柄の可愛らしい下着を身に着けていた。
慣れとは恐ろしいものだ。小夜の手際の良さも目を惹くが、こうして自分がなすがままのお人形役をできるようになったのにも、我ながら驚いた。
「一年、だものね」
「……何か仰いましたか?」
「いいえ?」
嘯く私は、恐らく随分と胡散臭く映ったのだろう。小夜の疑るような視線が全身を舐める。
適当に取り繕って、私は再び着せ替え人形に徹した。
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