第10話 【悲報】配信に映る


 ダンジョンを2つ攻略した俺達は、帰路に着いた。



 快晴の空に陽光が昇っている。



 ずっと暗い場所に居た所為で、とても眩しく感じた。



 俺は改めて自分の身体を確認する。



 黒い爪を有した手は、太い骨が皮膚の上からでも分かる。とても頑丈そうで、明らかに人間のものではない。



 身体は灰色で、尻尾や角まである。



 憂鬱だ。



 ダンジョンの外は普通の住宅街だ。疎外感というか、仲間外れにされてる気分になってくる。



「キリメ。走るか」



 さっさと帰ろう。



 俺はキリメを腕に抱えて走る。



 しかしその矢先、人集りに気付いた。殆どが近隣住民のようだが、中には警察官も混じっている。



「お前さん、あれはきっと妾達を捜しているんじゃ。見つからないようにな」



「そうだな……ん、あれは?」



 人の間を縫って、1匹の白い犬型の生物が現れる。



 リードが付けられているが、それを持っている警察官よりも巨大だ。



「あれはウルフじゃな」



「ダンジョンの魔物じゃないか」



 そうだ。そういえばニュースで言っていた気がする。魔物を使役し、実地テストをさせるようなことを



 ダンジョンの外に、魔素はない。



 魔素が無ければ、驚異的な身体能力も魔法も、スキルだって使えない。



 ダンジョン外では体内に保有している分の魔素を大切に使用しなければならない。



 だが、昨今の日本はとても危険な状態にあった。



 ダンジョンの開閉による、魔素漏れ。



 そして、ダンジョン外でも魔法が使用出来るようにと、様々な製品が開発されている。



 魔素ボンベ──魔素を入れた酸素ボンベのようなもの。



 魔素ジュース等──魔素を補給出来る飲料や食料品。



 魔素タンク──魔素を貯めておく、巨大な貯蔵庫。



 これらをダンジョン外に用意している。



 まるで地球温暖化みたく、空気中に魔素が混じり始めているというのだ。



 魔物がダンジョンの外に出ないのは、空気中に魔素が無いからであったが。



 しかし、魔素濃度が高くなりつつある日本では、魔物による被害が増加傾向にある。



 あのウルフは、それを逆手に取ったのだろう。



「なははっ、人間は面白いことを考えるのぅ。さて、どうなるかのぅ」



「どうなるって、何が」



 俺は移動しつつ、キリメに問い掛ける。



「魔物をまるでペットのように使役出来るとは、到底思えんがのぅ」



「現にあのウルフは、黙って従っているじゃないか」



「自然にポップするような魔物が、命を惜しむとでも思っておるのか? あれは黙って従う程、頭の良い種なのだろう。きっと、痛い目に遭うぞー、なっはっは」



 楽しみを見つけた子供のように、キリメは笑う。



 絶妙に説得力があった。



 人間だって馬鹿じゃない。ちゃんと、あれが危険な行為だと認識している筈だ。



 しかし、俺は何も言い返せず、人集りから逃げるように走るのだった。





 ドゴォォォンッ──



 突然、爆音が鳴り響き、住宅街から煙が上がった。



「な、何が起きたんじゃ!?」



「キリメ。行きしなに通ったCランクのダンジョンを覚えているか? そこから魔物が飛び出したみたいだ」



「どうして分かるんじゃ」



「爆発音と共に、怪物の声がしたんだよ」



 さっき言っていたことが、もう起きてしまうなんて。本当に日本は大丈夫なんだろうか。



 そんな不安はさて置いて、俺は担いでいたキリメを地面に降ろす。



「お前さん?」



「キリメは先に帰っていてくれ。俺は少し様子を見てくる」



「どうしてじゃ。人が集まって来たら、お前さんは」



「分かってる。ただ、人の声が聴こえるんだ。襲われてるかも知れない」



「そんなもの──!! ……わ、分かったのじゃ。でも、妾は反対したからの」



「有難う。気を付けて帰れよ」



 キリメなら見つかったとしても、叫ばれたりはしないだろう。



 捜索隊は未だ少数にとどまっており、この周辺には居ない。



 彼らは俺が逃げた先──Eランクダンジョンの方角を主に捜索していた。帰路とは正反対である。



 先程の爆音で集まって来るかも知れないが、それまでに一度様子を見よう。



 助けが必要かも知れない。



 爆発があったCランクダンジョンへ急いだ。



 路地裏を抜け最短距離で向かうと、それが直ぐに見えて来る。



 大きな赤色の巨体が、4人の女性と対峙していた。俺は巨体の背中越しに、彼女達の様子を伺う。



 彼女達は互いに距離を空けつつ、各々が所持する武器を構えている。



「ど、どうして!? どうしてダンジョンに戻らないのよ、この化け物は──っ!!」



「トラコ、落ち着いて。ダンジョンの扉が閉まってないのよ。魔素が漏れているんだわ」



「でも、扉を閉めようにもさっきの爆発で……」



 Cランクダンジョン『恐れ渓谷』。



 そこには鬼と呼ばれる魔物が闊歩している。ランクCともあり、難易度はそれなりに高い。



 少なくとも、探索者ランク3級相当だろうか。



 神委高校から近場のダンジョンだが、クリア出来る者は決して多くなく、残念ながら死者も出ている。学校から正式に攻略を避けるよう通達が出ているくらいだ。



 そして今回、ダンジョンから現れた巨体の怪物は、赤色の鬼だった。



 赤とは、一般的に各魔物の最上位種に当たる。稀にポップするそれに出会したのであれば、不運といえるだろう。



 対峙する4人の女性は、急いでダンジョンから脱出を試みたように見えるが、



「神高の生徒じゃん」



 彼女達は俺の同級生だった。



 4人組のパーティ「ミルキークィンズ」。



 メンバーは、美妃トラコ、厄静キョウカ、七色リン、式沢カナの女生徒で構成されている。厄静キョウカは、俺のクラスメイトでもある。



「今日は平日だぞ。学校はどうした」



 そう呟いたところで、俺は気付く。



 今は上半期の課題「レア度4以上の武具の獲得」があった。



 彼女達はそれを狙って、近場のダンジョンに入場していたのだろう。



 彼女達の探索者ランクは覚えていないが、わざわざ難易度の高いそこを選んだのだから、適性ランクはある筈だ。



 しかし、



「来るよ!! カナを前衛に僕らは後方で援護するんだ」



「きゃあっ──こ、こいつ。凄く強い。私のスキルでも受け止め切れない」



「リンどうする? 撤退して助けを呼ぶ?」



「駄目。民家に被害が出る。トラコ、1番脚の速いあんたは1人で助けを呼んで来て」



「そ、そんな。置いて行ける訳ないじゃん」



 かなり苦戦しているように見える。



 前衛を務める大盾とメイスを持つ式沢カナが、赤鬼の棍棒を受け止め切れていない。



 彼女はメイスを捨てて両手で大盾を構えるが、力負けをしてしまい、押されつつある。



 式沢カナはよく持ち堪えている方だ。



 俺は隠していた身を、曝け出した。



 助ける必要があるのかは分からないが、彼女達が赤鬼を置いて逃げないのは、近隣に被害が及ぶからだ。



 彼女達に手を貸そう。



⚫︎赤鬼

強さ:探索者ランク1級相当

弱点:火属性魔法

耐性:水属性魔法



 こんな魔物に対抗出来るのは、多分俺しか居ない。



 ここまで来て放っておくなんてことは出来ない。


 

 俺は今、妙に自信が付いている。行ける気がする。



 あの4人と力を合わせれば、勝てる筈だ。



 今なら赤鬼は背中を向けている。



 よし行ける。


 

 俺は皆んなから怖がられる魔族なんかより、ヒーローになってみたかった。



 これは父親──宴土ミナタの影響でもあったのだけれど、本心でもあるのだから。



 俺は走り出し、赤鬼の露出した大きな背中に目掛けて飛び付いた。



 両手の爪を全て突き刺し、俺は赤鬼に取り付いた。



「グゥアアアアッ──」



 赤鬼の悲鳴を上げ、俺を振り払おうと暴れ始める。



 俺は左手で背中の肉をがっちりと握り、右手で切り裂いた。顔に血が掛かろうと気にせず、何度も切り裂いた。



「なっ、なんだこの化け物は──!?」



「こいつ、一体何処から現れたの!?」



「皆んな、落ち着いて。アナライズすれば分かる。魔族よ」



「じゃあ、未踏破から出て来たのか!? 徘徊者ってこと? この近くにそんなのあった!?」



「もしかして、あのSランクダンジョンから? でもあそこは神委家が──」



「取り敢えず逃げよ!! もう倒せそうだし、徘徊者は流石に応援呼ばないと無理よ」



「でもこいつ、ランクはあまり……待って、上がって行ってる!?」



「そ、そういえば配信は!? 付けたまんまじゃない!?」



 そんな周囲の喧騒は、俺に届いていない。



 俺はただ、ひたすら殺すことだけを考え、助けることだけを考え、赤鬼を切り裂いているのだから。



 既に赤鬼は倒れていた。



 赤鬼の背中は陥没し、骨や内臓が見えているが、本能が赴くままに俺は腕を振るう。



 とても美味しそうに思えた。



 何故か食欲が唆られる。



 顔に付着した血を舐め取ると、思考がある一点に収束していく。



 この肉を食べたい。



 魔物の肉を焼いて食べることはあるが、人型の魔物は抵抗があり、日本人は好まない。



 俺も僅かに抵抗を感じている。それも生肉なのだから、当然といえるだろう。



 でも、どうしようもなく、鮮やかな赤色が美味しそうに見えるんだ。



 食べなければ、きっと後悔するだろう。



 俺は切り裂いて抉り取った肉を、ひとつまみ、口に運んだ。



「──っ!!」



 肉を口に含んだ途端、衝撃が脳天に直撃する。



 美味い。今まで食べてきたどんな肉よりも美味い。



 俺は思わず、牙を使い直接肉を剥ぎ取った。



「んんーーっ!!」



 美味すぎる。



 噛めば噛む程、濃厚な旨味が口に広がる。



 赤い魔物だからだろうか。

 他の魔物も美味しいのだろうか。



 もしかして人間も美味しいのだろうか──



 ふと、肉と眼が合った。



 いや、人間だった。



 黒髪のショート。整った顔立ちで、カッコいい容姿をしている。



 彼、違う。彼女はボーイッシュな女性だ。



 厄静キョウカ。俺のクラスメイトだ。



 彼女は尻餅を付き、身体を震わせて、俺を見ていた。



 とても美味しそうに見える彼女を、残りの3人が連れ戻しに来る。



「キョウカ、何してるの!? 行くよ!!」



 彼女達はそうして去って行ってしまい、残された俺は死亡した赤鬼を見る。



 あれ、俺は何をしていたんだろう。



 俺は立ち上がり、赤鬼の上から飛び降りた。



 すると、赤鬼から魔石とドロップ品が落ちていた。



「まぁ、これは貰っておこう」



 ダンジョン外で死亡した魔物は消滅しない。なので、死体はこのままだ。



 爆発を聞き付けた人も集まって来ている。



 4人の女生徒は逃げたが、代わりに近隣住民が俺を囲んでいる。



 俺が少し動けば、彼らは悲鳴を上げた。



 住宅街なので家の窓から覗き見る人だって居る。キリメの忠告通り、俺は盛大に見つかってしまった。



 だが、大丈夫だ。俺達のダンジョンの位置さえバレなければいい。



 この時はそう考えていた。



 俺は捜索隊が来る前に、逃走を測った。




<作者より>


 皆んな大好き、配信に映り込む回でした。私も好きです。



・topics


魔物の色について。


緑→青→黄→赤の順に強くなる種が多いです。但し、スライムのように青が最弱の場合もあります。その場合、緑が青の次に弱くなります。また、黒や白といったイレギュラーも確認されてます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る