第9話 初めてのダンジョン攻略②
【底知れぬ闇に落ちて 踏破済みEランクダンジョン】
【最終階層】
数メートルの道はそこで途切れ、垂直の崖が俺達を待ち受けていた。
試しに大声を出してみても、決して響かない。何故なら、周囲には"先の無い"暗闇が広がっているからだ。
崖縁に2本の松明が並んで立てられ、進むべき道を教えてくれている。
「ここから落ちればいいんだよな……」
ここは全国でもほんのりと有名な度胸試しのダンジョンだ。特殊なバフ 『落下ダメージを一切受けない』が自身の身体に付与される。
松明が示す通り、俺達はただ崖を飛び降りさえすればいい。
階層は無く、何度か飛び降りれば、ボスが待っているらしい。
背筋に悪寒を覚えながら、崖の下を覗いてみる。
多分300メートルくらいの崖だろうか。崖の下には同様に松明が2本並んでおり、道を示してくれている。
「飛び降りても平気なのだろぅ? 簡単なダンジョンじゃないか」
「そう、だけど……」
確かに簡単なダンジョンではあるけれど、幾ら何でも崖が高過ぎるような。
300メートルって、東京タワーくらい?
ちょっと無理かも知れない。
「うぅ、キリメぇ……」
「な、なんじゃ、情け無い顔をしおって……それなら、妾から先に飛んでやろうか?」
「それはダメ。一緒が良い」
1人取り残されたら、絶対飛べる自信ないわ。
「お前さんがそんなに怖がりだったとわの……」
「キリメ。お前は怖くないのか?」
「ふん。これくらい妾なら余裕じゃ」
「ふーん」
「ほれ、手を繋いでやろう」
キリメから小さな手が差し出された。握ってみると、満足そうに彼女は笑う。
無機質な皮膚は少しヒンヤリと、しかし、確かな意思を感じた。
キリメのことはあまり信用していない。ただ、理解したいとは思う。
彼女は何を思って俺達と一緒に居るのか。俺達を選んだ理由はあるのか。
キリメなのか、キリュメスなのか。
彼女の手から伝わってくる圧力が、忙しなく変化している。
やっぱり彼女は、高いところが怖いのだ。
「せーので飛ぶぞ、お前さん。いいな? せーの、じゃぞ?」
「ん」
「ふ、ふむ……お前さん、心の準備は出来たかぁ? 勿論妾は出来ておるがな?」
「まぁ程々かな」
「な、なら……もうちょっとだけ待とうかのぅ。妾の主様じゃからな。ちゃんと気を使ってやらんとな。なっはっは……」
わざとらしく笑うキリメは、崖下をチラッと見る。彼女の喉が上から下へ波打つように動いた。
「キリメ、大丈夫か……?」
「のぉっ!? だ、大丈夫じゃぞぉ? もう準備が出来たのか? ──おっと、そう急がんでもよいよい」
キリメは人差し指を出して、唱えるように語り始める。
「ノ、ノドカは今頃何をしているかのぅ。土産話の1つでも持って帰ってやらんとな? お前さんもそう思うじゃろぅ? おぉそうじゃ、ここいらで少し昔話を聴かせてはくれぬか? 妾はもっとお前さん達のことを──」
やたら口数が増した彼女を前にして、恐怖はもう無くなっていた。
俺はキリメの膝を背後から掬い上げると、抱きかかえる。
「なっ、何じゃぁ──っ!?」
ここに時間を掛け過ぎるのも良くない。
彼女を持ち上げたまま、思い切って崖に向かってジャンプする。
刹那、自由落下に晒された。
空気の層に身体が沈み込んでいく。反対に体内の臓器に浮遊感を覚えた。
頬を切っていた風圧はやがて、キリメの肉圧に変わった。彼女の絶叫が耳元で鳴る。
「ぎゃあああああっ──!!」
「うぅっ──!!」
俺達は直ぐに最高速度に達し、数秒で地面に衝突する。
俺は尻餅を付く形で地面と激突し、落下の衝撃により背中や頭、脚が地面に押し付けられた。
慣性によって俺は地面に叩き付けられた訳だが、痛みもといダメージはなかった。
とても不思議な感覚だ。
落ちてみれば、意外と楽しかった。
キリメは俺の上でうつ伏せになっており、次の瞬間には顔を上げ、俺の胸を何度も叩いた。
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ──!! 馬鹿ぁっ!!」
振り下ろした腕は「落下」に含まれるらしく、痛みが伝わってこない。
存分に殴るといい、キリメ。
「せーのは!? せーのは何処に行ったぁ!? せーのでって言ったじゃん!!」
「ごめんごめん。悪かった」
「ぐぬぬぬぅ──」
キリメは眼尻に涙を溜めた双眸を潰し、俺を睨み付ける。
ロボットの癖に涙も出せるとはな。
「だが、キリメ。意外と楽しかっただろ? 終わってみれば、あっという間だ」
「むぅぅ──そういう問題じゃないわい。妾は……せーのでって言ったのじゃぁぁ」
「分かった。本当に悪かったって。次はせーので飛ぼう、な?」
「ふん……」
崖はまだ、幾つか続いている。
次の崖は更に高くなっており、キリメは嫌そうに口を曲げた。
「お前さんの胸で飛びたい」
そんなふうに言うので、抱っこしてあげた。不覚にも可愛いと思った。
「はい。せーのっ──」
そうして、俺達はもう一度飛んだ。
胸な収まったキリメは、身体をギュッと丸めて眼を閉じていた。今度は悲鳴を上げなかった。
地面に叩き付けられるも、やはり痛みはない。2人揃って起き上がる。
「ど、どうだキリメ。楽しかったろ……」
「……ま、まぁ」
彼女は相変わらず不機嫌だが、少しは楽しんでくれたらしい。
もう一度崖を飛び降りて、大きな円形のフィールドに辿り着いた。ここが終点らしい。
「キリメ。ダンジョンボスが居ないぞ」
「ふむ。そうみたいじゃな」
すると、辺りを見渡したキリメが叫んだ。
「お前さん、上じゃ!! 伏せるのじゃ!!」
俺達の身体を、大きな影が包み込む。
キリメの言葉に従ってしゃがみ込むと、俺の頭上──角の直ぐ上を刃が掠めて行く。
「──っ!?」
俺は慌てて距離を取った。
カラカラカラカラ──
それは頭蓋骨を左右に振り、音を奏でる。
俺達を襲ったのは、スケルトン種だった。
しかし、ノドカが召喚したスケルトンナイトよりも一回り大きく、荒々しい。
威嚇のつもりか、巨大な剣と盾を装備した腕を大きく横に広げている。
⚫︎ペイルスケルトン
強さ:探索者ランク8級相当
弱点:水属性魔法、打撃系統
備考:突属性に絶対的な耐性。
「お前さんのステータスなら負けることはない。恐れずに戦うのじゃ」
「了解」
俺は早速スキルで爪を伸ばし、大きく構えるそれに、にじり寄って行く。
先手を取ったのは、ペイルスケルトンだった。
それは右手に持った剣を、水平に薙ぎ払ってくる。ダンジョンランクが低いからか、それとも俺の動体視力が良くなったからか、非常にゆっくりな動作だった。
俺は頭を下げて薙ぎ払いを避けると、懐に入る。
魔力操作「F」の俺は身体強化魔法を上手く扱えない。でも使えない訳じゃない。
全身を疎に覆う魔力を、全力で右手に集中させる。そうして放たれた俺の斬撃は、ペイルスケルトンの右肩を切り裂いた。
すると、ペイルスケルトンの右肩と肋骨の一部が粉々に吹き飛んだ。
それはカラカラと首を振って、膝を付く。
俺は続けて頭部を狙い、腕を振るう。
ペイルスケルトンの楕円の盾が、俺の爪を阻もうとするが、
爪が盾に触れた瞬間、ペイルスケルトンの左腕を盾ごと吹き飛ばす。
両腕を亡くしたそれの頭部を改めて切り裂き、あっという間に勝敗が決した。
「ふぅ……」
ひと息、吐く。スライムと戦った時よりも、上手くいったんじゃないだろうか。
このダンジョンは度胸さえあれば、小学6年生でもクリア出来る。
俺みたいな初心者でも、勿論勝って当然だ。
しかし、この胸の高鳴りはとても心地が良かった。もっと戦いたい。
もっと倒したい。
もっと殺したい。
そんな衝動が、襲い掛かってくる。
「大丈夫か、お前さん? いや、しかし。見事じゃったのぉ。弱いボスとはいえ、爽快じゃった。お前さんも、そうは思わなんだか?」
「え? あ、うん」
「それは良かった。ほれ、戦利品じゃ」
キリメが差し出して来たのは、ペイルスケルトンが所持していた盾だ。
⚫︎スケルトンの大盾 レア度2
物理防御力25
魔法防御力45
⚫︎ペイルスケルトンの魔石 レア度2
⚫︎ペイルスケルトンの肋骨×2 レア度2
⚫︎ペイルスケルトンの脆い骨×4 レア度1
装備品が出たのはラッキーだ。盾は軒並み防御力が高い。但し、それは敵の攻撃を防いだ場合のみ反映されるものだが。
俺は盾を受け取り、アイテムボックスに閉まった。
「さぁノドカも待ってるし、帰ろっか」
「そうじゃな」
魔石や骨等のドロップ品を回収した後、俺達はダンジョンを出るのだった。
既に捜索隊が組まれているとは、知る由もなく……。
<作者より>
キリメさんは早速キャラ崩壊されてますね。次回か、その次か、配信関連出ます。
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