第8話 初めてのダンジョン攻略
【スライムの溜まり場 踏破済み Fランクダンジョン】
【第1階層】
広々とした障害物のない洞窟が続いている。高い天井や壁に埋まっている鉱石は自ら発光しており、まるで星空を彷彿とさせた。
ここへ来たのは凡そ4年振りくらいだ。
「危なかったのぅ。して、お前さんは誘拐犯で、妾はその被害者かのぅ?」
「逆だ、馬鹿。俺達を誘拐し、ノドカをダンジョンに監禁してるのはお前だ」
俺達は一般市民に見つかってしまい、警察沙汰にまで発展してしまった。逃げ込んだ先はこのダンジョンだったが、流石にこんな幼児向けのダンジョンに入場したとは思うまい。
元よりそのつもりだったが、少しの間ここでやり過ごそう。
「久しぶりに来たけど、美しいダンジョンだな」
【スライムの溜まり場】という名の通り、ここはスライムしか出現しない。幼稚園児から小学校低学年向けのダンジョンだ。
スライムは殺傷性が極めて低い、低ランクのモンスターである。但し、スライムに身体を飲み込まれて窒息するケースもある。
更に赤色のスライムだけは酸性が強く、幼児が飲み込まれると、数分で死に至るそうだ。
コツン、コツンと脚音が洞窟に反響した。
キリメは「あー!!」と大声を出して、山びこのような音の跳ね返りを楽しんでいる。
クソうるせぇ。
「おっ、スライムが出たぞ、お前さん。ほれ、お手並み拝見じゃ」
「よし来た!!」
キリメはこのダンジョンへの入場がどうも不服なようだが、ちゃんと理由はある。
以前の俺の貧弱なステータスでは、ここのスライムを一撃で倒すことが出来なかった。攻撃性「B」の実力が如何程か、確かめておきたい。
というか、まともに戦闘をしたのは物凄く昔の話だ。
「先ずは剣を出して……」
「待て、お前さん」
俺がアイテムボックスから銅の剣を出したところで、キリメに待ったを掛けられた。
「何だよ、良いところで」
「わざわざ、そんな武器を使うのか? お前さんのスキルを使う時じゃないのか?」
スキル。魔素適格者に与えられた力の1つだ。
魔法や身体能力の向上と比べ、より摩訶不思議な力を持つ。
「魔族は"偶然"強いのではない」
「え……?」
「その者に適した強さが与えられるのじゃ。お前さんで言えば、正にそのスキルじゃろうな。ほれ、やってみせよ」
「……わ、分かったよ」
俺は渋々剣を戻し、スキルを発動させる。
正直、恥ずかしくて見せたくなかった。
俺のスキルは「爪」である。
ただ爪が伸び縮みするだけだ。
利点は爪を切らなくてもいいこと。それに伴い、深爪にならないこと。くらいだろうか。
小学1年生で発現し、宴土ミナタにガッカリされたのを覚えている。それからだ。
彼が冷たくなったのは──
「どうじゃ? 強そうではないか?」
スキル「爪」を発動した俺の両手には、肥大化した黒い爪があった。その爪は指を覆い、まるでクローのような、鉤爪のような形となった。
「す、すげぇ」
指を覆う爪だが、関節が曲がるようにパーツ分けも施されている。
キリメが言うには、これも最適化の一つだと。
俺の身体はストイックに強さを求めて進化している。カチカチに硬質化した爪であれば、引っ掻いても以前のように剥がれる心配はない。
「お前さんに武器は必要ない。お前さんは己の身体を使い、鍛えあげるんじゃ。魔族としての格を高めよ。さすれば、新たなスキルも得られるじゃろう」
「新たなスキル……?」
スキルは"進化"する。
が、そういう意味か?
「お前さんは人間と魔族の2つの身体を持っておる。魔族の『スキル』もあるんじゃないかのぅ」
「な、なるほど……?」
理屈はともあれ、まぁ貰えるものは全て貰っておこう。
将来、宴土ミナタや皆城カイム、それに如月シズク先輩だって敵になるかも知れなのだから。
俺は肥大化した爪を構え、一切敵対する素振りを見せないスライムに向き直る。
それはふっくらと美味しそうに佇んでいる。それを倒すには、細胞膜的な何かを破る必要がある。
さぁ、どうなる。
現状、爪のリーチは短い。伸ばすことも出来そうだが、それでも近付かなくてはならない。
俺は屁っ放り腰になりながら、スライムににじり寄っていく。何度か手前で空振りして、ようやく届いた1回がスライムを切り裂く。
切り裂かれたスライムは瞬く間に弾け飛び、ただの水となって地面に消えていく。
「なっ──!?」
「の、心配要らんかったろぅ?」
スライムが弾けた。
それは俺の攻撃がスライムの耐久力を超過し、有り余った衝撃がそれの身体を弾いたのだ。
「攻撃性Bは伊達じゃないってことか」
「次じゃ。この際だから、存分に身体の使い方をマスターするんじゃ」
⚫︎スキル「爪」
攻撃力 200
備考:肥大化、硬質化等により攻撃力は変動。
★
スライムは壁や床から湧いて出る。また、洞窟に水溜まりのような場所もあり、それは大体スライムだ。
「はああっ──!!」
ガリガリ、と硬い地面を切断しながら、低空でスライムを切り裂く。スライムは弾け飛んだ。
魔力による強化無しで、これだ。
思わず笑みが溢れる。
「ははっ……あははははっ──」
「楽しそうじゃな、お前さん」
「俺が、こんな……信じられない。ど、どうだキリメ。カッコいいか!?」
「……はい? 妾にそのような感性は無い」
「あ、そう。キリュメスの人格を宿していても分からないのか」
「うーむ……」
ちょっとテンションが上がって尋ねてみただったが、キリメは腕を組んで悩み始めてしまった。
彼女が黙り込んでしまったので、俺はスライムからドロップした小さな魔石を回収していく。
次々とスライムを葬っていった。
以下、ドロップ品。
⚫︎スライムの魔石×8 レア度1
⚫︎スライムの体液×6 レア度1
⚫︎スライムボール×2 レア度1
⚫︎スライムの酸×3 レア度1
⚫︎スライムの目玉×1 レア度2
★
【最終階層】。
ここでは、第2階層が最終階層だ。
円形のフィールドの中心に、大きな半透明の水溜まりがある。
スライムの"溜まり場"だ。
近付くと、半透明の青い水溜まりが震え始める。
十数体のスライムが溢れ出し、やがてそれは合体し、巨大な1体のスライムになった。
吊り上がった口角の所為で常に笑っているように見える。
⚫︎スライム(凝集体)
強さ:探索者ランク9級相当
弱点:氷属性魔法
耐性:火属性魔法、斬撃系統、打撃系統、突系統
備考:14体のスライムが凝集している。
アナライズの結果はこうだった。
耐性は優秀だが、耐久性が低過ぎる余り意味を為していない。
今回も一撃で葬ってやろう。
そう意気込んだのも束の間、
「ん……!?」
スルスルと這う1体のスライムが沸き出していた。
赤いスライムだ。
「お、珍しいな……でも、何で──」
赤いスライムは、スライム(凝集体)に接近すると、くっ付いてしまった。
「おっとぉ……」
⚫︎ レッドスライム(凝集体)
強さ:探索者ランク8級相当
弱点:火属性魔法
耐性:氷属性魔法、斬撃系統、打撃系統、突系統
備考:15体のスライムが凝集している。
アナライズの結果が変化した。
弱点と耐性が一部入れ替わり、若干強くなっている。
探索者ランク8級っていえば、昨日の俺と同じ強さじゃないか。
レッドスライム(凝集体)は口角が下がり、ムッとした顔で俺を見ていた。
ちょっと強くなったからって、生意気だ。
俺も生意気に自慢の爪を構える。
すると、レッドスライム(凝集体)は自身の身体を潰し、バネのようにして大きく飛び上がった。
「ちょっ──」
俺の身体が巨体の影で覆われる。
俺は慌てて避けようとするも、そこで視界に入ったのは、ボーっとしているキリメだった。
「キリメ、お前な……!!」
俺は走り、キリメを抱きかかえる。勢い余って転んでしまい、彼女を腕の中に収めて受け身を取った。
直後、目前でレッドスライム(凝集体)が着地する。
「のわぁ……な、何するんじゃ」
「ちゃんと集中しなさい。食べられるところだったんだからな!!」
「おぉ。大きなスライムじゃな」
「話聞いてる?」
レッドスライム(凝集体)から距離を取ったところで、俺はキリメを降ろした。
そいつは相変わらず不機嫌そうな顔で、俺達を見ている。
俺は深呼吸して決心する。
掌を上向きに開き、それぞれの指の関節を僅かに曲げる。
レッドスライム(凝集体)は先程と同様に、高く飛び上がってきた。
魔族化に伴った身体の変化について、もう一つ分かったことがある。
俺の"眼"についてだ。
俺の眼は、外側の白目はそのままで、黄色い角膜と縦方向に伸びた黒い瞳孔がある。
当然、意味も無く変化した訳じゃない。
キリメが言うように、強くなる為の変化だ。
俺の眼は、良く視えるようになった。
視力だけではない。動体視力についてもだ。
落下してくるレッドスライム(凝集体)を、タイミングを間違えることなく、爪で切り裂くことが出来た。
別に凄いことではない。高校生の探索者であれば、誰でもやってのけるだろう。
でも、眼の変化がプラスに働いていることは、間違いないだろう。
俺の爪には僅かな弾力が伝わってきた。それとほぼ同時に、レッドスライム(凝集体)を包む膜が破れ、風船を割るみたいに弾けた。
赤色の液体が空中に舞って、降り注ぐ。
「ふふん、お見事じゃ。流石は妾の主様よの」
ぼたぼたと血の雨で濡れた俺を見て、キリメは妖艶に笑うのだった。
⚫︎レッドスライム(凝集体)の魔石×1 レア度3
⚫︎スライム(凝集体)の体液×2 レア度2
⚫︎スライムボール大×1 レア度2
⚫︎スライムボール赤×1 レア度2
★
【底知れぬ闇に落ちて 踏破済みEランクダンジョン】
【最終階層】
次に訪れたのは、直ぐ近くにあったダンジョンだ。
俺とキリメは、先が見えない真っ黒な空間に囲まれていた。
いや、先が見えないのではない。
先が"無い"のだ。
2本の松明が間隔を空けて並んでおり、俺達は前進してその間に立つ。
道は丁度、そこで途切れていた。1歩踏み出せば、無の空間に落下してしまう。
だが、見下ろして見れば、数百メートル下に、同じように2本の松明で照らされた地面があった。
この【底知れぬ闇に落ちて】というダンジョンは、崖から飛び降りて進まなければならない。
度胸試しとして知られるダンジョンだった。
「俺、これ無理かも知れないわ」
<作者より>
サクサクと強くなって貰います。
取り敢えず、最初のダンジョンなのでスライムさんに登場して貰いました。
・topics
ドロップ品について。
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