第7話 道中


 俺達の家は丸ごと、ダンジョンの中に入ってしまっている。でも、実際にダンジョンから地上に出てみれば、ちゃんと俺達の家があった。



 キリメの話によれば、



「侵入者は窓や玄関を潜れば、ダンジョンに入場することが出来る。なんから、壁を壊しても入場出来るぞ」



 とのこと。



 ダンジョンに入場する条件は、俺達の家の"輪郭を跨ぐ"ことだった。



 その境界線が異界化し、別次元にダンジョンとして繋がっている。



 境界線が入り口ということで、俺達の家はダンジョンにも、地上にも存在が許されているという訳だ。破壊した場合は、両方が破壊される。



 因みに、家の中に入りたいのであれば、一度は"必ず"ダンジョンに入場する必要がある。これはダンジョンマスターであっても適用されるルールだ。



 このルールの所為で、誰も家に招待出来なくなった。したことないけどね。



 ダンジョンの中から家の玄関を開けた場合は、通じる先を都度選択出来る。



 さと、



 俺達のダンジョンは未発見だが、見つかってしまうのも時間の問題である。



 全国で未発見のダンジョンは、数百程度あるとされている。これを多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれだが。



 一攫千金を狙いで、未発見のダンジョンを探す者達が居る。どうやってダンジョンを探すのかは不明だが、そういったスキルがあるのかも知れない。



 俺達の住む神委市は人口が多い。



 そういう輩でなくとも、住宅街のど真ん中にある俺達のダンジョンは、必ず発見されてしまうだろう。



 タイムリミットは、それまでだ。





 現時刻は朝の7時過ぎ── キリメと一緒にダンジョンの外へ出た。



 目的は勿論、ダンジョン探索に赴く為である。



 キリメと一緒に行動しているのには、理由がある。


 

 彼女は数日に一度だけ、ポータルの生成が可能なのだ。



「上階へワープ出来るのじゃから、外部から自宅へワープすることも可能に決まっておろぅ? 但し、ポータルの生成は基本的にダンジョン内でのみじゃ。体内魔力だけではポータルの生成が困難じゃからな」



 ということらしい。キリメの可逆的なロジックは触れないでおこう。



 魔素、つまり魔力の源は、ダンジョンの中でしか生成されない。多量の魔力を消費するポータルは、魔素が豊富なダンジョンの中でなら生成が可能とのこと。



 ダンジョン探索中は、キリメさえ居ればいつでも戻ることが出来る。



 逆にいえば、移動中にダンジョンへ侵入されれば万事休すという訳だ。



 だから一先ず、近場のダンジョンへ向かうことにした。



 近場のダンジョンは、なんと4つもある。数キロ離れたところに2つと、その道中に1つ。最後の1つは高難易度であるSランクダンジョンだ。



 後者のSランクダンジョンは、神委学校の敷地内にあり、関係者以外入れないようになっている。



 因み、そこは未踏覇ダンジョンだ。



 神委市の人口が多いのも、それが深く関係している。具体的には省略するが、世界で初めて生成されたダンジョンである為、様々な施設が乱立したのだ。



 その他の3つは、



 EとFランクの踏覇済みダンジョンと、その道中にCランクの踏破済みダンジョンがある。



 無論、今から行くのはEとFランクのダンジョンだ。



「お前さん、ちと待たんか。妾を置いて行くでない」



 住宅街を駆けていたところ、キリメに止められた。



 幸い、誰ともすれ違っていないが、今の俺は角と尻尾が生えた灰色の悪魔だ。眼も黄色いし。



 そんな姿を見られたら、一発でアウトである。



 俺は、遅れて走ってくるヘロヘロのキリメを路地裏に連れ込んだ。



「お前さ、俺の貧弱なステータスに付いて来れないって、どうなってんだよ」



 ステータスというのは言うまでもなく、力の強さや耐久力を「SS〜G」又は「数値」で視覚化したものだ。



 あくまで参考程度である。その日の体調や感情次第で、「A」から「SS」に上昇したりもする。その逆もまた然りだ。



 俺のステータスは、自慢じゃないがちょっと強い小学6年生程度しかない。



「お前さんや、妾の話を聞かんか」



 ボテッと俺に身体を預けてきたキリメが言う。結構走った割に、彼女は汗ひとつ掻いていない。



 たまに忘れそうになるが、ロボットだから汗は掻かない。疲れた顔をしているのは、キリュメスに成り切っているからだろうか。



 え、じゃあ、もっと走れるってこと?



「言ってみろ、キリメ。時間がないから端的にな」



「お前さん。自分の脚の速さに気付いとらんのか? ……ステータスを見よ、全く。鈍感にも程がある。ノドカのことになるとやたらムキになる癖に、自分のことは──」



 ここぞとばかりにめっちゃ言われる。



 それはそうと、ステータスか。



 俺は自分自身にアナライズの魔法を掛けてみた。



 すると、表示されたそれに眼を疑う。



「ちょっ!? な、何だこれ──!?」



「馬鹿め」



⚫︎天城 ナキト


<ステータス>

・耐久性 S

・持久力 A

・魔力量 B

・魔力操作 F

・攻撃性 B

・俊敏性 B

・治癒力 C

・物理攻撃上昇率 180%

・魔法攻撃上昇率 110%

・物理防御上昇率 140%

・魔法防御上昇率 140%


探索者ランク:6級




 ステータスが著しく上がっている。



 元々高かった耐久性だが、それでも「C」止まりだった。


 

 他は「D」や「E」だった。魔力操作が相変わらず「F」なのは、技術の問題だからだろうか。



 各種上昇率も「100%」を切っていた筈だ。



「どうしてステータスが上がっている。お前これ。探索者ランクで言えば……どれくらいだ? 2級とか1級とかか!?」



「少しは察したらどうかのぅ。身体が悪魔みたいになったじゃろ?」



「それのお陰で、ステータスが軒並み上がったのか!?」



 いや、これは幸先が良いぞ。何だかズルをした気分だが、ノドカを守る力を得たことに変わりはない。



「驚くのは早いぞ、お前さん。一切トレーニング無しでそれじゃ」



「まだまだ伸びるってこと?」



「まぁ普通に考えれば、そうじゃろうな。お前さんの努力と、才能次第じゃ」



「さ、才能か……」



 そうだ。思い出した。



 俺は探索者ランク5段の宴土ミナタの息子だった。世界最強と謳われる皆城カイムが「6段」。父はその、たったの1つ下だ。



 限りなく最強に近い血を、俺は皮肉にも引いている。



「何じゃそんな顔をしよって」



「い、いや別に──もう休めたか? さっさと行こうぜ」



 良い意味で考えよう。これもノドカを守る為だ。



 俺がミナタの息子であることは事実だ。才能というより、ステータスのポテンシャルを間違いなく受け継いでいる。



 魔族化というアドバンテージがあれば、彼よりも強くなれる可能性がある。そうすれば、俺に怖いものは無くなる。



 宴土ミナタに復讐が出来る。後悔させられる。



 殺すことが出来る。



 いや、駄目だ。そんなことを考えてはいけない。



「お前さん……?」



「あ、いや。ほら、行こ」





 それから路地裏を進み、身を隠しながらダンジョンを目指した。しかし、あまりにも遅過ぎる。



 たった数キロ圏内にあるダンジョンにも関わらず、かれこれ30分歩いても、まだ到着していない。



 誰にもすれ違わないよう、引き返したりしている所為だ。



 外出する人も増えている。このままでは……。



「キリメ」



「なんじゃ──ぬわっ!? お、お前さん、いきなり何するんじゃ!?」



 俺はキリメを背後から、掬うように持ち上げた。膝辺りをギュッと抱いて、彼女には俺の二の腕に座らせた。俺の突起した角を持って貰うことで、バランスも良い感じだ。



 彼女の体重が意外と重たいのは、きっとロボットだからだろう。二の腕に伝わる彼女のお尻は柔らかく、とても心地良い。



「走るからな。落ちないように角を持ってろよ」



「お前さん、分かっておるのか!? 人間に見つかれば、妾達は面倒なことに──ぬぁっ!? は、速いってばぁ!?」



 彼女の忠告を無視し、俺は走った。



 身体強化魔法を使うことで、更にスピードを出せる。魔力操作が「F」とはいえ、これくらいは出来る。



 だが、常に力んでいる状態というか、無駄は多い。



「お前さん。前方に世間話をする人間が2人居るぞ」



「ああ、見えている」



 手前の角を曲がり、やり過ごす。



「次は小さな人間が3人」



「くそっ──」



 住宅街であるここは、幸い格子状の道が続いている。どのようなルートを通っても、目的地に辿り着くことは出来るが。



「ワンワンッ──!!」



「ヤバっ」



 すると、犬の散歩をしていた1人の女性とバッタリ出会ってしまった。



「きゃあああっ──!!」



 若い女性は悲鳴を上げ、尻餅を付いた。



 俺は今のうちに全速力で逃走する。



 少し焦り過ぎたか。ダンジョンに向かうのは、もっと朝早くか、夜にすべきだった。



「ま、魔族ぅっ!? だ、誰かっ──魔族が女の子を攫ってるわ!!」



 と、女性がそう叫んでいた。



 キリメは巫女服を着て、キツネ耳が生えた少女である。



 だが、探索者が所有するスキルの中には「獣化」なるものがある。



 猫耳や犬耳、ネズミ耳などをオシャレ感覚で生やす探索者がいるのだ。



 何処ぞの人気ダンジョン動画配信者のスキルが「獣化 虎」であり、彼女のメディア出演も相まって、若者の間で絶賛流行中なのだ。



 耳を生やした程度であれば、魔族とは断定されないらしい。なんなら、猫耳カチューシャを着ける始末である。



 一方で、俺は角を生やした灰色の肌に、黄色い眼の化け物だ。



 明らかに魔族である。



「だから言ったじゃろ。急げ、人間が集まって来るぞ」



「分かってる。分かってるよ!!」



 感情の昂まりによってステータスが変動する場合がある。所謂、想いの力って奴だ。



 女性に叫ばれたことで焦りに焦っている俺は、先程よりも速いスピードで走れた気がする。



 その道中で、更に何人かに見つかってしまった。


  

「もうそこのCランクダンジョンで良いのではないか!?」



 キリメが指をさした先は、崩れた民家だった。



「駄目だ。そこはクラスメイトと会う可能性がある。それにCランクなんて、俺にクリア出来る訳無いだろ!!」



 因みに、先程述べた人気ダンジョン動画配信者は同級生だ。



 4人組の配信者で、その内の1人がクラスメイトに居る。「獣化 虎」を持った女の子は、隣のクラスだ。



「お前さん、今日は平日じゃぞ? それにお前さんのステータスなら、余裕じゃ」



「駄目だ。先ずは、現状の力を知る必要がある。当初の予定は変えない」



「ぐぬぬぅ……分かった。お前さんの好きにすればええ。しかし、努努忘れるな。いつかダンジョンはバレるからの」



「ああ。だから、それまでに強くなり、強くする必要があるんだ」



 誰かが俺を通報したらしく、遠方でパトカーの音が聴こえてきた。



 大気中に魔素が無いダンジョンの外では、魔法の使用が制限される。



 ダンジョン外に魔物が出歩かないのは、弱体化を恐れてだ。魔族も同様である。


 

 だから、俺のような存在はかなり珍しい。



 こうやって通報されては、結構な騒ぎになってしまうだろう。



 後悔しつつ、ダンジョンに急いだ。




<作者より>


 ちょっと情報が多かったですかね。大事な部分は以下の点です。


・主人公の家は、変わらず地上に存在している。そこだけ陥没している訳ではない。

・ステータスが飛躍的に上昇。

・キリメがポータル生成出来る。


 これくらいでしょうか。


 最近のテンプレであるダンジョン動画配信者が言及されましたね……。



・topics


ステータスについて。


 各種上昇率:武器を装備した場合、どの程度攻撃力、防御力が上昇するのかを表してます。計算式は「武器攻撃力+(武器攻撃力×上昇率)」です。

 また耐久性と攻撃性は、この上昇率が一部影響しています。



 以下、細かいです。本編で言及するかは不明。


 厳密に言うと、何も装備しなくとも恩恵があります。「素手」にも攻撃力のステータスが割り振られています。マスクデータとして、装備品には「ステータス反映率」という概念もあり、基本無視で大丈夫ですが、素手や錆びてるのにめっちゃ強いには、ならないよう出来てます。素手は「攻撃力10 ステータス反映率10%」です。この場合の計算式は、「10+(10×攻撃上昇率)」にステータス反映率を掛けたものが、最終値になります。なので、精々、攻撃力の最終値は1〜3くらいです。但し、魔力が加わると、ステータス反映率に影響し、数値が跳ね上がります。


 上昇率の概念は、攻撃ステータスが高すぎて物に触れただけで破壊しちゃった、みたいなことを防ぐ為のものです。

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