第6話 これから


 ノドカを死なせないようにする……だと。



 キリメの言葉を反芻する。



 ノドカは、尚も満面の笑みで俺を見ている。彼女もダンジョン探索者の端くれだ。



 未踏破ダンジョンと魔族の関係性くらい知っている。



 既に察しは付いているみたいだ。



「ノドカ……」



 運命を受け入れているのか。それとも俺に気を使っているのか。



 やはり笑顔が絶えることはない。



 キリメに抗議したい気持ちもあったが、もう成ってしまったものは仕方ない。



 彼女も言っていたではないか。



 変更は不可、だと。



「具体的に俺は何をすればいい。俺はどうやってノドカを守ればいい」



「その前に、ノドカの仕事から説明すべきじゃな」



 俺とノドカは、キリメに連れられて洞窟の地面に形成された道の中腹までやって来た。



 そこには台のようなものがあり、彼女が手を翳すと青白いモニターが浮かび上がる。



「お前さん達に分かり易いよう、"改造"しておいたからのぅ。さ、ノドカや。おいで」



 ノドカは両脚を揃えて小さくジャンプし、モニターの前まで行くと眼を輝かせる。



「おぅおぅ、ノドカは本当に愛いやつじゃ──さて、ノドカはただダンジョンを作ればよい。全てお前さんの思うがままじゃ。先ずは、このモニターに触れて──」



 キリメがモニターを弄る。



 俺達に分かり易くということで、ゲームのような映像が映し出されていた。



 立体的な洞窟が俯瞰的に表示され、俺達の家が丸々隅に置かれている。



 ふと地上がどうなっているのか気になったが、それはまた後でいいか。



 モニター上に、俺達の居場所は赤点で表示されていた。



「ほら、指を出してご覧。それをこうしてぇ──」



 モニター上で描かれる洞窟の輪郭に触れ、押し広げていく。



 すると、ゴゴゴ──



 実際の洞窟が変動し始めた。



「そうじゃ。良く出来たのぅ、ノドカや」


 

 キリメがノドカの頭を撫でる。俺は思わず手が出そうになったが、抑えた。



 当のノドカはというと、よっぽど楽しかったのか、口を窄めて喜びと興奮を表現している。変な顔だ。



 俺の扱いは便宜上、ダンジョン副マスターとのことだ。但し、実際は未踏破ダンジョンに居る一介の魔族に過ぎない。



 モニターの操作権限は、俺にもあるとのことで、少し弄らせて貰った。



 メニュー表のようなタブがあり、障害物や、トラップの生成も可能なようだ。



 確かにちょっと面白い。本当にゲームをやっているようだ。俺はノドカと一緒になって口を窄めた。



「ダンジョンなら魔物がポップする筈だが、それはどうやるんだ」



「そう焦るな。それはお前さんに取って来て貰いたい」



「取って来る……?」



「そうじゃ。魔物や階層守護者を召喚するには、装備品やアイテムを用意する必要がある。そうせねば、探索者に渡すものが無いじゃろぅ?」



 魔物や階層守護者が倒されれば、用意した装備品やアイテムがドロップするということらしい。



「まぁ先ずはやってみようじゃないか。何かアイテムは無いのか? 装備品でも良いぞ?」



 キリメに言われて、俺とノドカは一度家に戻る。



 探索者が装備出来る防具は「頭・胴・腰・脚」が存在する。更に「装飾品」をそれらに付けてカスタマイズも可能だ。



 武器は「剣・銃・弓・槍……等」で、挙げればキリがない。



 ダンジョン内で得られる全てのモノは「アイテム化」という現象が起こる。



 例えば、大きな魔物を倒し「巨大な骨」がドロップしたとする。傍迷惑な大きさを誇るそれを、持ち運びのは不可能だろう。



 しかし、それを携帯可能な大きさに縮めることが出来るのだ。



 「アイテム化」した巨大な骨は、正六角形の「盤」に閉じ込めることになる。



 武器や防具も同様である。



 俺とノドカは自宅からアイテムボックスを持って来て、その中からアイテム化したモノを取り出す。



⚫︎銅の剣 レア度1 攻撃力15

⚫︎皮の鎧一式 レア度1 防御力10



 俺の手持ちの装備はこれだけ。これを渡してしまえば、俺が使う武具が無くなってしまうのでダメだ。



 俺が渋っていると、ノドカがあるナイフをキリメに差し出していた。



 俺が昨日あげたシルバーナイフだ。



「ノドカ。いいのか? お前にあげたモノだぞ?」



 凄く気に入ってくれて、昨日は沢山振り回して遊んでいたのに。



 ノドカは少しだけ寂しそうな笑みで、頷いた。



「そっか……次はもっと良いモノを持ち帰ってやるからな」



「……ふぅむ。これであれば階層守護者が呼べるな。ノドカや、この中から好きなのを選ぶといいぞ」



 キリメがシルバーナイフを台の上に置くと、モニターにリストのようなものが表示される。



 俺はそれを覗き見て、眉を顰める。



「えっと。ゴブリンにアンデット、スライム……パッとした奴が居ねぇ」



「仕方あるまい? じゃが、階層守護者の役割を与えられた魔物は、強ぅなる。進化させればな」



 地道に頑張ることじゃ。と、キリメは言う。



「ま、最初だしな──お、ノドカ。これなんてどうだ? 幽霊だってよ。この中だと1番強そうじゃないか?」



 しかし、彼女が選択したのは「スケルトン」だった。



 え、なんでなん。



「では召喚しようかの。次いでに、階層も作っておいてやろう」



 キリメがスケルトンの項目を押すと、シルバーナイフの輪郭が崩れ、細かな粒子となって消えた。



 その後、天井から音が聞こえてくる。



 ゴゴゴ──ゴンッ!!



「うむ、出来たぞ。一度観に行ってみようか」



 言われるがまま、キリメに付いて行く。



 洞窟の地面に形成された道の終点──そこに青白い円形のポータルが出現していた。



 そこから上階に行けるらしい。



 ポータルに入ると視界一杯に輝き、ワープが完了する。



 キリメが作った上階は、同じく洞窟であった。天井が大きく吹き抜けており、そこから柔らかな朝の日差しが降り注いでいる。



 ダンジョンは"異界化"されているので、勿論洞窟の外が地上(ダンジョン外)ということはない。



 陽光が降り注ぐ先に、跪く"何か“が居た。



 白い骨格に見窄らしい麻の布を巻いている。



 スケルトンだ。腰にはシルバーナイフに似た剣を所持している。



⚫︎スケルトンナイト


所持武器:シルバーナイフ

強さ:探索者ランク9級相当

弱点:打撃系統、光属性魔法、水属性魔法


備考:矢に対して絶対的な耐性有り。



 アナライズの結果、このような情報が得られた。適当に見たい情報をアナライズしたので、この程度の魔物であれば、もっと情報を引き出せると思う。



 ノドカが俺を殴る。と同時に服を掴み、飛び跳ねる。めっちゃ興奮している。



「行ってこい。お前を守る"ナイト"だ」



 そう言うと、ノドカが物凄い勢いで走って行った。



「のぅ、お前さん」



「何だキリメ。気安く話し掛けんな」



「ノドカはどうして、あんなに楽しそうなの?」



 なの……?



 キリメは、スケルトンナイトの周りをクルクルと回るノドカをじっと見つめていた。



 どうしてって言われてもなぁ。



「アイツは基本的に何があっても楽しそうにしてるよ。俺を心配させないようにとか、何だって言えるけど、ノドカの口から直接聞かないことには、やっぱり分からん。きっと殴られようと笑ってるだろうな、ノドカは」



 父親である宴土ミナタを見て、過呼吸を引き起こしてしまうが、それはノドカの深層心理に「不安」や「恐怖」がちゃんとあるということだ。



 楽しそうにしているだけで、心の奥底では不安を抱いている可能性だってある。やたらハイテンションなのは、それを無理矢理抑え込んでいるとかな。



 宴土ミナタや、名前も顔も思い出せない母に見捨てられて約7年──



 その時間を、ノドカは無理矢理笑って乗り越えてきた。それだけは間違いない。



 お陰で"賑やか"に過ごせている。



 これからだ。これから強くなろう。



「そぅかぁ。お前さんにも分からぬのか」



「当たり前だ。ふん──」



 俺はキリメを置いて、ノドカの元に行く。



 跪いていたスケルトンナイトが立ち上がると、200センチ程度の身長があった。



 ノドカは頭を反らせて、口を開けて見上げていた。そんな彼女の鼻を摘んでから、俺も見上げる。



 見上げるって程でも無いが、スケルトンナイトと俺は大体20センチ程度の身長差である。



「デカいな」



 しかし、ヒョロくて頼り甲斐がない。



「おい、ガイコツ。このダンジョンにはお前しか魔物が居ない。何があってもノドカを守れよ。いいな、何があってもだ」



 強調して、ノドカを守るように命令する。



 スケルトンナイトは細い腕をお腹に当て、俺に向かってお辞儀をした。



 めちゃくちゃ紳士的だ。



 それは腰に刺した剣を抜き、ノドカに手渡すともう一度跪く。



 ノドカは受け取った剣を見て、案の定首を傾げている。俺も何がしたいのかよく分からなかったが、



「ノドカ、多分あれだ。騎士と姫がやるやつ。肩にチョンチョンって──やって欲しいみたい。きっと形から入るタイプだ、こいつ」



 小声で言うと、ノドカは若干引き気味で頷いた。



 彼女は慣れない手付きで剣を動かし、スケルトンナイトの両肩に切先を当てる。



 最後に剣をスケルトンナイトに戻すと、それはノドカの手にキスをしてから立ち上がる。



「ちっ、キザなやつ……」



 ノドカは少し照れていた。



「ダンジョンランクはGじゃな。ランクを上げれば階層が増え、出来ることも増えるからの」



 追い付いて来たキリメが言う。



「大体分かった。そうだ、キリメ。ノドカはダンジョンから出れたりするのか?」



「無理じゃ。ノドカが居ないとダンジョンが攻略出来なくなるからの」



 やはりそうか。ドロップ品を用意するなど、あくまでもダンジョンを成り立たせる必要がある訳で、ノドカをダンジョン外に避難させる事は不可能らしい。



「しかし、休日の設定は可能じゃ。他の高難易度ダンジョンもそうじゃろ?」



「休日か」



 休日という言い方はともあれ。



 ダンジョンランクが上がれば上がる程、ダンジョンへ入場できる曜日が少なくなる。



 それはダンジョンを易々と攻略させない為の自衛措置であるらしい。



 攻略メンバーの都合が合わないとか。他の高難易度ダンジョンと曜日が重なっているとか。探索者のコンディションの良し悪しとか。



 探索者は様々な要因を元に、ダンジョン攻略を中止する。



 自然発生するダンジョンもそういった都合を理解し、1日でも長く存続させる為に策を講じている。



 休日の設定はその内の1つだ。



「最大5日間ダンジョンを閉鎖出来る。今は無理じゃがな。外に出たいのなら、当分の目標はダンジョンランクをCまで上げることかのぅ?」



「Cか、遠いな……分かった。兎に角、俺はダンジョンへ潜ってアイテムを持って帰ればいいんだな」



「そうじゃ。では早速行くとするかのぅ?」



「当然だ」





<作者より>


 という訳で、やっとスタートラインに立てましたね。次回はダンジョンへ向かいます。


 ダンジョンにも力を入れて行きたいので、どんな感じかなぁって楽しみにして頂けると嬉しいです。




・topics


 武器の属性について。各武器には「斬撃系統」「打撃系統」「突系統」の属性を持っています。剣であれば「斬撃系統」ですね。但し、真っ直ぐ突き刺せば「突系統」扱いになる場合もあります。勿論、弓や槍等に比べてダメージは劣ります。



 魔法の属性について。「火・風・水・雷・光・闇」の属性があります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る