第5話 人類の敵
「今日からお前さん達は人類の敵だ」
キリメが微笑を浮かべ、そう言った。
「人類の敵……ぃ? キリメ、お前は何を言っている。俺達は別に誰かと争う気は──」
キリメは尖った八重歯を見せる。
妖艶で悪戯めいた不気味な笑みだ。
何かを企んでいる笑みだ。
それは漫画に出て来る「悪役」のキリュメスそのもの。
一体どっちだ。
キャラに成り切っているのか、それともロボットであるコイツの意思か。
「あ゛ぁぁっ──!!」
すると突然、ノドカが苦しみ始めた。久しぶりに声を発したからか、声帯を擦り潰すような悲痛な声になっている。
「ノドカ!?」
彼女は顔を歪め、心臓の辺りを握り潰すように押さえていた。
一瞬だけ、ノドカの眼が赤くなっているように見えた。まるで怪物のようにだ。
気の所為、か……?
「──!! ノ、ノドカ、胸が苦しいのか!? 待ってろ、背中を……えっと、俺はどうすれば──」
俺は震えた手で、彼女の小さな背中に触れる。そこで感じた彼女の辛さと、己の無力。背中を摩ってみるが、良くなる気配はない。
嗚咽を繰り返し、今にも倒れてしまいそうな彼女を支えつつ、キリメを睨み付ける。
「キリメっ!! これは一体どういう事だ!! もしも……もしもノドカに何かあったら──っ!!」
しかし直後、次は俺に異変が起き始めた。
「──っ!?」
心臓が大きく鼓動した。
いや、鼓動したんじゃない、心臓が"何か"に押し広げられている。
そんな感じだ。
激しい痛みが伴った。
俺はノドカと同様に胸を強く押さえながら、微笑を続けるキリメを睨み付けた。
「くそっ──キリメ、お前……騙したのかっ!?」
だが、彼女はすました顔で答える。
「別に騙してなどおらん。ほら、ノドカの方はもう終わったみたいじゃぞ?」
「何だ、と……!?」
俺はキリメの眼線を追い、ノドカに眼をやる。
そこには、凄く元気そうなノドカが居た。
彼女は何事も無かったように直立し、首を交互に傾けている。
眼は赤くない。普通のノドカだ。
やはりあれは見間違いだったらしい。
「のぅ? 元気そうじゃろ?」
「いや、でも。くっ──」
俺は未だ痛みが続いている。頭痛や吐き気も生じ始め、立っているのも難しく腕を地面に落とす。
そんな俺にノドカが駆け寄って来る。同じように背中を摩ってくれた。
たったそれだけでも、案外辛さというのは緩和されるみたいだ。
「そぅ睨むでない、ノドカ。時期に良くなる」
暫くして、キリメの言った通りに胸の痛みが治った。連鎖的に頭痛や吐き気も無くなり、どちらかというと調子が良くなってきた気がする。
凄く力が湧いてくる。
「ふぅむ、お前さんは結構長かったみたいじゃな。お疲れさん。なっはっは」
呑気な笑みを浮かべるキリメを睨み付ける。
「……キリメ聞かせろ。今のは一体何だ」
しかし、キリメが答える前に、ノドカが俺を突いた。
「え、何……?」
彼女はパチッと眼を見開き、口を窄めて驚いている。興奮気味に両腕を上下に振った後、お腹に飛び付いてきた。
そんな彼女の行動は、さながら昔プレゼントした大きなクマの縫いぐるみと初めて対面した時のようだ。
何が言いたいかというと、俺の無事や俺に対しての興奮ではなく、別の何かを気に入ったらしい。
「なんなんや一体……」
「お前さん。取り敢えず、自分の腕をよぅ見てみ」
眼を細めたキリメが言うので、俺は両腕を持ち上げて確かめてみる。
「お、おっとぉ……」
思わず眼を疑ってしまい、盛大に驚くことは出来なかった。
俺の腕が、灰色になっていた。
それだけじゃない。
拳の骨が極端に浮き出ており、それに伴って皮膚もゴツい。指の爪は真っ黒に染まり、鉱石のように硬質化している。
少なくとも、人間のそれではない。
化け物だ。
「ノ、ノドカ……俺ぇ……」
俺の腹に顔を埋めていた彼女は、右に行ったり左に行ったり、振子のように俺の背中を追っていた。
身体の変化に困惑する俺を、全然心配してくれない。
ションボリしていると、ノドカが動きを止める。彼女はすかさず、俺の腹にめり込む勢いで腕を伸ばした。
俺の背中にある"何か"を掴んだようだ。
「ひぃんっ──」
俺はビクッと身体を震わ、驚きのあまりノドカを押し飛ばした。背中に、本来ある筈のない感覚がある。
振り向くと、灰色の細長いものが眼の端から消えてく。
因みに押し飛ばしたノドカも、俺の背中を追って、ウサギのように飛び跳ねて視界から消えていく。
「おいおいおい、嘘だろ──」
今度は凄く驚けた。
もう、だってフリフリしてるもん。
俺の背中──お尻の少し上辺りに"尻尾"が付いていた。多分、背骨から分岐している。
「うぅノドカ……ぁ」
兄として情け無いが、泣きそうな声でノドカに助けを求める。
すると視界に戻って来た彼女は、頭に人差し指を2本、立てる。
「えぇ……?」
そのジェスチャーはつまり……?
俺は恐る恐る、自分の頭に触れた。
「へえぇぇ……もうやだぁ……」
角があった。ツルツルしたものでは無く、結構凹凸のある角だ。
その時になってふと気付いたが、口の中に牙があった。
てか、兄がこんな姿になったのに、開口一番興奮して喜んでいる妹ってどうなの。
こういうの地味に好きそうだけど。
「なっはっはぁ──面白い反応が見れたので、一先ず笑っておいたぞぉ。さて、混乱しているようじゃから、そろそろナビらしく説明するとしようかのぅ」
キリメは満足したのか、漸く話し始める。
「端的に言うとじゃな。お前さん達は、晴れて『魔族』になったのじゃ」
魔族……?
今、魔族って言ったのか?
──今日からお前さん達は人類の敵だ。
まさか、そういう意味なのか?
俺はノドカにアナライズの魔法を掛ける。彼女も俺をアナライズしたようで、同時に頷いた。
俺もノドカも、種族が「魔族」になっていた。
「キリメ。俺達を──いや、いい。どうして俺に角が生えて魔族になった。ノドカは何も変化が無いのに、魔族と出ているし。俺とノドカで何が違う」
キリメは考える素振りをし、肩をすくめた。
「知らん」
「え? 知らないの!?」
「ノドカに変異が無かった理由はな。ノドカが殻に篭っている所為やも知れん。まぁ、もう少し待っても良かろう」
全然良くないが、ナビゲーターのキリメがそう言うのなら、仕方ないか。
「魔族になった理由じゃが。『便宜上』そうなっだけじゃ」
また便宜上か。
だがキリメが言いたいことは、何となく分かった。考えてみれば、確かに便宜上そうなるかも知れない。
未踏破ダンジョンを守るのは、例に漏れず魔族だ。
このダンジョンを守るノドカは勿論、俺も魔族という扱いになる。
魔族は、1体とは限らないからな。
要するに、この未踏破ダンジョンには、俺とノドカ、そしてキリメが居る訳だ。
「しかし、変異はどう説明するつもりだ」
「まるで悪魔のように眼が黄色くなり、肌が灰色になっておるのは……種族変更によるボーナスとでも言っておいた方が、適当に納得するじゃろ」
「おい。適当って……それは俺に言ってるのか?」
キリメは「おっと」と可愛らしく言って、手を口に当てる。
「いや、ちょっと待て!! おい今、眼が黄色って言った!?」
と、そんなカロリー消費の多い驚き方をしてみたが、角と尻尾が生えているだけで既に眼の色なんてどうでも良い。
「ノドカぁ……ぐすん」
ぐすん、というのは敢えて口で言い、俺はノドカを見る。
「こんな兄ちゃんでも、兄ちゃんって呼んでくれるか……?」
すると、ノドカは笑顔で頷いた。寧ろ食い気味に、前のめりに、頷いた。
少し複雑な気分だが、
「優しい妹を持って俺は嬉しい──え、あ。尻尾が好きなん? あ、ふーん」
俺はノドカの柔らかな髪を撫でつつ、鋭くキリメを見る。
「キリメ。俺の身体は元に戻るんだろうな? それと、何をしたらいいか言え」
「元に、というのが何を指しているかは知らんが。ふむ……角や尾は引っ込む筈じゃぞ」
「……引っ込むんだ」
「そりゃぁ、生えて来たのなら、引っ込むのも道理であろう?」
俺は暫し思考し、ゆっくり頷いた。
ちょっと何を言ってるか分からない。
角をどうやって引っ込めるのか、身体をどうやって戻すのか。自分の身体に尋ねてみても、さっぱりだった。
もう少し、身体の使い方を知る必要がありそうだ。
「お前さんのこれからの仕事じゃが──
"ノドカを死なせぬこと"。ただそれだけじゃ」
「ノドカを……?」
俺は知らなかった。いや、種族が変化した時から薄々気付いていたのかも知れない。
未踏破ダンジョンに複数の魔族が居た場合、特定の魔族を殺さなければクリアにならない。「核」を持つ魔族、なんて言い方もするが。
このダンジョンに於ける魔族は、キリメ含めて3人。「核」となるのは、当然ダンジョンマスターのノドカだ。
つまり、
全人類がノドカを殺しにやって来る。
<作者メモ>
少し描写し過ぎてしまいましたが、身体の変化なのであっさり進むのも違和感あるかなと。
もう少しサクッと進めていきますね。
ナキトさんの尻尾についてですが、上手く活かせなかった場合や、必要無い場合は、私自ら切断して無かったことにしてやります。
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