第3話 ダンジョンマスター①


 私、如月シズクは以前、天城ナキト君に助けて貰ったことがある。



「僕の後ろに隠れて!! どうしてこんなところにゴブリンが──」

「僕は宴土ナキト。君は──シズクっていうのか。大丈夫、これくらい──」



 小学生の頃だった。今は珍しくないけど、ダンジョンの外に魔物が出て来たの。歳下なのに、彼は凄かった。



「ううん、僕は強くなんかないよ。父さんのように成りたくって、ちょっと頑張っているだけだよ」

「魔物が怖いの? だったら、逃げちゃえばいい。大丈夫、僕が守ってあげるから──」

「僕と同じ学校なんだ。じゃあ、これからは僕の後ろに居るといい」


 

 私よりも小さな彼の背中は、とても逞しく、カッコ良く見えた。



 でも、今の貴方は──



 一体、どうして……? 何があったの……?


 

 どうして私を覚えていないの?



 そっか。なら今は、私の背中に居るといいよ。





 ポーションを飲ませて貰い、身体に受けた傷がゆっくりと治っていく。



 でも、まだ痛い。



「……うっ」



「まだ動かないで、ナキト君。大きな傷が塞ぎ切ってないよ」



「シズク先輩……あ、有難う御座います」



「うん、いいよ」



 神委学校高等部3年の如月シズク。探索者ランクは「3段」。学園1位だ。



 俺は彼女に"また"助けられた。



 身体が癒えてきた俺は、彼女に支えられて背中を起こした。



「シズク先輩は、どうしてここに?」



「え? ぐ、偶然だけどぉ……?」



「そうですか。これで3度目ですかね、助けられたの。あはは……」



 日本に数万とあるダンジョンで、よくもまあ何度も出会う。でも彼女が居なかったら、本当に死んでいたかも知れない。



 彼女が居てくれて良かった。感謝してもしきれない。



「私は神高(神委学校の略)の後輩を守る為に、1年生向けのダンジョンを回っているの。偶然よ、ぐ う ぜ ん」


 

 そう言って、彼女は床に置いた細長い銃を持ち、カチャカチャとコッキングを行った。



 薬莢が飛び出るようなことはない。



「そういえば、どうしてコッキング式の銃なんですか? シズク先輩なら、連射型の方が──」



 ふと気になって聞いてみた。



 彼女が扱う武器は、自身の魔力を弾として飛ばす『魔法銃』と呼ばれる代物である。



 魔力消費が激しい上に、一部地域ではダンジョン外で取り出すことすら許されない。



 敵を討伐するのに弾数を要する為、前者の欠点が特に辛い。現代では実弾兵器が主力だが、ダンジョン内では剣の方が強いとされている。



「実はね、普通に連射出来るのよ。改造して貰ったんだぁ。ルーチンというか、コッキングをすると威力の高い弾が撃てる気がしてね。それに、敵も欺けるしぃ?」



「確かに毎回コッキングをして撃っていたら、戸惑うかも知れないっすね」



「でしょ!? それにこっちの方がカッコいいっしょ? カチャカチャして、楽しいし」



 へへっ、と如月シズク先輩は笑う。



 身長が高く、海のように豪快な波を打った青髪を揺らす。



 湖のように静かな瞳は、薄い緑の波紋が1つ広がっている。



 如月シズク先輩が向ける無邪気な笑みは、学校で見る普段の彼女とは少し違う気がした。



「それ。めっちゃ分かります」





「わざわざ家まで送って頂いて、有難う御座います」



「ううん。別に……じゃあ、また学校でね」



 シズク先輩は魔物が出たら危ないから、と家まで送ってくれた。



 シズク先輩と手を振り交わして、俺は家に入った。



 鞄を置き、服を着替え、ソファで休む。



「……はぁ」



 深い溜息が出た。



 今日は散々な目に遭った。いや、弱い俺が悪いのだが、しかし今回のは流石にやり過ぎだ。



 斉藤レン。



 彼からは特に敵意を感じる気がする。



 妹の為にも、もう少し強くなるべきだと、今日は実感した。



「あーやだなぁ。頑張りたくなぁい。やだやだやだ」



 すると、リビングの扉が開く。



「あ、ノドカ」



 天城ノドカ。



 小柄で茶髪のロング。

 神委学校中等部の3年生だ。

 


 ノドカは両親から見捨てられたショックで鬱になり、殆ど声を出さなくなってしまった。



 直近で声を聞いたのは、3週間前のお風呂でばったり会った時の「あ」だ。



 ノドカは猫のように擦り寄って来て、可愛い笑みを浮かべる。喋らない分、表情の変化やスキンシップは多めなのだ。



 言っておくと、彼女は現在も鬱だ。



 父親、宴土ミナタをテレビで見た時の彼女は、過呼吸を引き起こしてしまう。



 彼女にとって、父と母は今だにトラウマなのだ。



「そうだ、ノドカ。これ、ダンジョンで拾ってきたぞ」



 シルバーナイフ──銀色の短剣をノドカに手渡すと、両手にそれを乗せて眼を輝かせた。



「あげるよ。こういうの地味に好きだもんな」


 

 うんうん、と首を小刻みに縦に振って喜んでくれる。ナイフを振り回して、遊び始めた。



 クソ危ねぇ……。



「外でやりなさい、そういうのは」



 今日の出来事をノドカに言う必要はないだろう。心配させてしまうだけだ。



「さ、俺は風呂入って来ようかなぁ──え、背中を流すって? い、い一緒に入るって!?」



 ノドカは身振り手振りで、そう言っている。純粋無垢なのは、人との付き合いが殆ど無いからだと思う。良くも悪くも、社会性を知らないのだ。



「なら一緒に入るか。但し、水着でな」





 日を跨いで、朝になった。



 いや、朝にならなかった。



「ん……?」



 窓の外が暗いままだ。



 おかしい。時計は朝の7時を示して、アラームもたった今鳴り始めた。



「何か変だぞ……ノドカ」



 自室を出て、ノドカの部屋を見に行く。しかし、彼女は部屋に居ない。



 布団を脱ぎ捨てた痕跡があった。



「ノドカ、何処だ!?」



 1階へ駆け降りると、玄関の扉が開いていることに気付く。俺はその脚で家の外へ出た。



「──な、なんだこれは!?」



 家の外は真っ暗だった。だが、この暗闇が"夜"ではないと、直ぐに分かった。



 ぼんやりと燃ゆる幾つかの松明が設置されており、暗闇の全貌を明らかにしている。



 ここは、大きな洞窟の中だ。



「ノ、ノドカ!?」



 玄関先の地面──そこは明らかに人工的に作られた平らな道が形成されていた。



 その道の先に、ノドカは立っていた。

 


 洞窟を見上げていた彼女は、俺の存在に気付くと走ってくる。勢いよく抱き着いてきては、興奮気味に何かを伝えようとしている。



「ノドカ、これ──」



 どうやら彼女も気付いているらしい。



「こ、これっ。ダンジョン生成に巻き込まれたのか!?」



 ダンジョンは不定期且つ前触れなく、地球の何処かに現れる。



 神社の鳥居やマンホール、横断歩道、延いては犬小屋にまで──



 何処にでも、ダンジョンの入り口が現れる。



 更に俺は洞窟を見渡し、あることに気付いた。



「ちょっ!? い、家が……俺達の家がダンジョンの中にあるじゃん!?」



 自宅がすっぽりと洞窟の中にあった。扉の先にダンジョンが繋がっているだけかとも思ったが、なるほど、通りで窓の外が暗かった訳だ。



 すると、ノドカが俺の腕を引っ張る。



「なに? え、向こうに人が……!?」



 眼を凝らすと、玄関から伸びる道の先に人が立っているのが分かった。



「ち、近くに行ってみるか……」



 靴を履き、ノドカと共に近付いてみる。



 その人影が動く気配はない。



 更に近付くと、白っぽい身体が見えてきた。人型なのは間違いないが、全体的にツルツルとした──



「こ、これってロボットか?!」



 腕や側頭部、胸、腹に繋ぎ目のような線がある。俺の持ち得る知識では、これをロボットと呼ぶ。



 しかし、ノドカが否定する。彼女はツンツンと俺を突き、両手を自身の眼に持って来て、メガネを作る。



「あー。アナライズしろってことね」



 アナライズは、無属性魔法のひとつだ。



 知りたい情報を得ることが出来る魔法だ。



 知りたい情報と言っても、スリーサイズが分かる訳ではない。単に相手が何を装備していて、種族は何かなど、そういうのが分かる。但し、様々な要因によりアナライズが無効化される場合がある。



 マナーとして、ダンジョン外では断り無しに使用してはならないことになっている。



「えーと、じゃあ。アナライズっと」



 口に出して魔法を唱える必要はないが、つい言ってしまう。



 先ず、これが何なのかだ。



 すると、



「えっ、ま、魔族!? ノドカもそう出たって!?」



 動く気配のない人型のロボット。身体は女性に近い。



 俺の眼には、こいつが『魔族』とはっきり出ていた。



 ダンジョンに徘徊する魔物の中には、『機械種』が存在する。であれば、機械の魔族が居ても別におかしくはない。



「魔族ってつまり、未踏破ダンジョンを守護する奴らだよな?」



 未踏破ダンジョンには、魔族がいる。

 特定の魔族を討伐して初めて、踏破済みとなる。



 魔族の姿は様々で、人間に近い個体も存在している。その為、アナライズの魔法は必須技術なのだ。



「こいつが所謂、ダンジョンボス……ってことなのか?」



 ノドカは首を傾げて、俺を見た。



「ちょっと触ってみる……?」



 試しに言ってみると、ノドカが実行する。



 ロボットに手を伸ばすと、それは突然動き出し、俺達に向かって歩き始めた。驚いたノドカは、飛び跳ねて戻ってくる。



「な、なんだ!?」



 それの身体に青白い光線が宿り、瞳が光り輝く。



「お、おい……」



 ゆっくりと歩いてくる。



 機械特有の意思の欠落。敵意があるのか、ないのか、さっぱり分からない。



 ロボットは俺達の目前で停止した。



「ノドカ、お兄ちゃんの傍に居ろよ。俺も怖いから、1人で逃げるなよ。絶対だからな」



 ノドカは俺の背中に隠れつつ、頭をひょっこりと出してじっと見つめてくる。何か言いたそうにしているが、俺はそれどころじゃない。



「な、何か言えよ、ロボット。魔族なら会話出来るんだろ……?」



 ロボットは俺の声に反応し、光の線を明滅させる。そして、喋り始めた。



『人格を設定して下さい』



 そんなことを言い始めたのだ。




<作者より>


 ちょっと用語が増えましたね。


 ここで覚えるべきポイントは、未踏破ダンジョンには魔族が居る、です。1体とは限りません。複数体居る場合は、特定の1体を倒す必要があります。


 因みに踏破済みダンジョンには、魔族が居ません。最奥には、ポップするボスが居るだけです。


 つまり、未踏破ダンジョンには、意思を持った敵が居ます。


 魔族ということは、魔王も居たりするんでしょうか。

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