第1話 末路と現在


 自宅がダンジョン生成に巻き込まれる前日のことだ──



【猛獣の休日 Dランクダンジョン】

【第2階層】


 

 魔素適格者専用の学校──神委学校高等部1年。俺(天城ナキト)は所属するパーティ『白蝶』と共に、ダンジョン探索を行っている最中だった。



 今回赴いたのは『猛獣の休日』。

 


 目的は、学校の上半期課題『パーティ内でレア度4以上の武具を1つ以上入手』の達成に向けてだった。



「全員寝てるし、ウケるー」

「ここって本当にDか? 敵全部スルー出来んじゃん」



 ダンジョン内の様相は、ジャングルと例えるのが1番分かり易いだろうか。



 ダンジョンの入り口がマンホールだったにしては、とても綺麗な青空が広がっている。



 『猛獣の休日』。



 名前の通り、獣型の魔物が多数存在している。但し、全ての敵が眠っているのだ。



 "休日"というのは、そういった理由から付けられているのかも知れない。又は、休日という名前だから、全ての敵が眠っているのか。



 ダンジョンの名前は、生成された瞬間から自然と命名されている。その為、名前の由来については、想像で語るしかない。


 ダンジョンランクも勝手に割り振られている。



 そう。誰が付けた訳でもない。



 そんな"概念"のような「システム」が、この現代には沢山ある。



 探索者に『探索者ランク』なるものが勝手に割り振られているのも、別に悪意はないのだ。



 俺こと天城ナキトの探索者ランクは「8級」だ。



 魔素適格者として生まれて15年。探索者ランクは、身体の成長と共に自然と上昇(10級→8級)した分だけ。



 通常の15歳ならば、低くても6級。平均値でいうなら4級程度はあるだろう。



 つまり、俺はダンジョン探索者として何もやって来なかったのだ。



 本当に、ただサボっていただけ。



 だがら、斉藤レンや清水アラキ、白鷺(しらさぎ)メイ、純恋(すみれ)キサキのパーティメンバーから蔑まれているのも、自業自得といえる。



 だが、名誉の為にも言い訳をさせて欲しい。



 俺と妹の天城ノドカを虐待して捨てた、大手ダンジョン探索者の父親が嫌いだったのだ。当時は、俺は8歳だった。



 体裁を守る為に無理矢理入学させられた神委学校。俺は、ここで意図して落ちぶれてやったのだ。



 本当にそれだけ。だから、誰も悪くないことにしてほしい。



 悪いのは宴土(えんど)ミナタ──俺の父親だ。



 因みに母親は、俺達が捨てられる以前から離婚済みである。何故か親権が宴土ミナタにあるのは、俺達が母親からも見放されているからだ。と、聞かされている。



 ミナタと名字が違うのは、面倒ごとを避ける為であり、殆どの人間は俺がミナタの息子であるとは知らない。


 

 知っているのは、学校の上層部だけだ。



 まぁ、俺が無能であると彼らに伝われば、宴土ミナタの株も下がるだろう。



 これは、そんな子供地味た抵抗である。



「おっ、宝箱あんじゃん」

「どうせゴミだろ?」

「でも課題早く終わらせたいし、折角だから取りに行こうよ。ね、キサキ」

「え? あ、うん……」



 そんな会話がパーティメンバー間であった後、後ろを歩いていた俺に全員が振り返る。



「ナキト君、行って来てよ。それしか役に立たないんだからさ」



 誰よりも早く口を開いたのは、白鷺メイだった。



 スカートの裾を上げ、長くて白い脚を出している。黒い長髪は水面のように揺れ、切長の双眸が嘲笑とばかりに細められている。



 学級委員長でもあり、成績は優秀。とても美人な彼女は、クラスの人気者だ。



 因みに自慢じゃないけど、俺が落ちぶれていなかった小学校の時に、2度告白されている。多分、彼女には黒歴史なんだと思う。



 その当て付けも、きっと含まれているのだろう。



「し、白鷺さん。あれ、見えないの……?」



 俺は分かり易く指で差し示す。その先には、猛獣が眠っていた。



 しかし、白鷺メイは苛立ちを露わに地面を叩き「だからなに?」と、そう言い返してくる。



「ただのトラだろ」

「キバが突き出していて、尾が2本あるだけのな」

「ト、トラじゃなくて、ヘルタイガーぁ……」

「キサキは黙って」

「ご、ごめん……」



「ちょっと待ってくれ、白鷺さん。俺には無理だから」



 俺がそう言うと、白鷺メイはピクリと眉を動かす。



「じゃあ何……何なの!? ナキト君はただ見てるだけで、この課題をクリアしようとしてんだ」



 周囲の男2人が「うわ、まじ?」と白々しく言う。小さくて可愛いマスコットのような純恋キサキは、あわあわとしている。



 純恋キサキは、中学になるまで白鷺メイに虐められて不登校だったと記憶している。俺がこのパーティに所属する以前──パーティ結成時から白鷺メイとは、一緒に行動しているようだ。



 随分と仲良くなったらしいな。



 白鷺メイに痛いところを突かれてしまった俺は、何とか反論する。



「俺は一応、ダンジョンとか調べて──」



「じゃあここのダンジョンは?」



 白鷺メイは俺の言葉を遮ってまで、分かり切ったことを聞いてくる。



「それはレン君やアラキ君が勝手に……」



「だってレン。言われてるよ」

「うわうっざ。人の所為かよ」

「パーティに入れてやってんのによぉ」



 高等部の殆どの生徒は、パーティを組んでいる。勿論、強制はされていない。



 俺がこのパーティ『白蝶』に入ったのも、つい先月のことだ。



 俺があまりにもクソ雑魚ナメクジだから、父の圧力があったのかは知らないが、学校から強制的にパーティを組まされた。



 学校側は気を使ってクラスで1番強い、白鷺メイのパーティに入れようとした訳だが、何故か彼女も断らなかった。



「ねー早く行ってよ。この後キサキの家に行くんだからさぁ」

「じゃあ、俺達も一緒に──」

「ダメに決まってんじゃん、エッチ」



 純恋キサキによれば、宝箱の手前で眠っている猛獣は、ヘルタイガーという名の魔物らしい。



 鼻息を立ててしっかり寝ているが、起きたら間違いなく俺は殺されるだろう。



 『猛獣の休日』というダンジョンは、Dランクの中ではかなり高難易度だ。



 恐らく猛獣が全員眠っている為、ダンジョンランクが低く見積られていると予想される。



 恥も外聞もなく、ここはゴネるしかない。



「し、白鷺さん……俺には無理だよ。弱いの知ってるだろ? それにパーティ加入時に先生から説明があった筈で──」



 その時、突然銀色の閃光が俺の右側に抜けていく。



「──っ!?」



 振り返ると、斉藤レンが血の付着した剣を握っていた。


 

 右腕に激痛が走る。

 火傷するように熱い。



 俺は、右腕の肘から下を失っていた。



 き、斬られたのか!?

 全く見えなかったぞ。



 俺は無くなった腕を目の当たりにし、ただ悶絶するしかなかった。



「あ、ごめーん。あんまりウザいからやっちゃったわ」



 斉藤レンが言う。騎士が持っていそうな両手剣を軽々と持ち、血を拭きながら笑っている。



「うわっ、痛そー。俺流石に人の腕を切ったことはないわー。指ならあるけど」

「ちょっと、レン。あんまりやり過ぎないでよ」

「わぁってるって」


 

「ち、治癒魔法を……いや、私のスキル? あっ、ポーションの方が──」



 純恋キサキが慌てた様子で言う。しかし、それは白鷺メイによって静止させられた。



「キサキ、勝手なことしないで」

「で、でも……っ」

「あんたさ、私に喧嘩売ってんの?」

「そ、そんなはず無いじゃんっ」

「じゃあ下がってて」

「ふぅぅ……」



 俺は這いつくばり、腰のアイテムボックスからハイポーションを取り出す。蓋を口で開け、がぶ飲みした。



 すると、忽ち腕が再生する。落ちた腕は消滅した。



 痛みが消えて、落ち着いたのも束の間、



「さっさと行けってんだよぉっ!」



 斉藤レンが俺を蹴り飛ばす。バキリと、肋の骨が砕けた。



「くそっ──」



 次はポーションを飲んだ。そして、俺は両手を挙げて降参する。



「ま、待った──!! 行くから!! 暴力は止めてくれ!!」


 

 このままでは、同級生の暴力で学校から支給されたものを全て使い切ってしまう。



 それだけは不味い。



「んだよ。最初からさっさと行けやっ!」



 斉藤レンは声を荒げる。清水アラキ以外は小学校から同じだが、レンは友達をダンジョンで殺害したことがある、と噂されている。



 ダンジョン内での殺人は、法律で禁止されていない。ダンジョンには死が付きもの──全員が刃物を持ち、現場の保存も難しい。他殺かどうかを調べるのは困難だ。



 勿論、日本人がそう易々と殺人を犯すことはないが、やはりゼロとはいかない。

 


 俺は妹のノドカの為にも、生きなければならない。ここで、彼を刺激するのは良くない。



「わ、悪かった。行くからさ……」



 激昂した彼は、白鷺メイや清水アラキにも止められない。ダンジョン探索者ランク「2段」の彼は、学園内で3位の実力者だ。



 俺は手を上げつつ、恐る恐るヘルタイガーの元に近付いていく。それの真後ろに生成されたポケットのような空間に、宝箱はあった。



 ヘルタイガーは、動物園のライオンよりも遥かに大きい。

 


 鼻息が脚に吹き掛かる。



 俺は息を殺して、何とか宝箱に辿り着いた。



「よ、良かった……」



 宝箱を開けると、銀色の短剣が入っていた。



⚫︎『シルバーナイフ』 レア度2

 ・攻撃力40

 ・俊敏性アップ 微



「シルバーナイフ、レア度2か。残念──」



 ダンジョンの最深部では無いので、これも仕方がない。もう少し奥へ進めば、レア度4も狙える筈だ。



 俺は引き返し、ヘルタイガーの元を通って戻る。起こさないよう、細心の注意を払って──



 ドサッ。



 突如、そんな音がした。

 俺は脚を止める。



 ヘルタイガーの脚元に、矢が刺さっていた。




〈作者より〉


 1話目なので、やや文体が硬いですが、もう少し砕けて書きたい所存。4話まで見て頂ければ幸いです。その辺りでダンジョンマスターになります。


 また本文の数字に関しては、個人的に漢数字が読み難いので、英数字で記載します。というか、読み易い方で都度変えます。

 

 設定については、雰囲気で楽しんで貰えればと思います。ですが、おかしな部分等があったらアドバイス下さい!!てか、欲しいです!!



・topics


ダンジョンランク G〜SS

探索者ランク 10級〜1級→1段〜不明(※1)

武具やアイテムレア度 1〜10(※2)


ダンジョンランクD=探索者ランク4級=レア度1〜5


※1 : 現在の最高ランクは6段。恐らく最大値ではない。

※2 : 現在判明しているアイテムはレア度10が最高値。最大値は不明。

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