第五話:「消えたメリーゴーランドの謎」

 初夏の陽気が街を包む土曜日の朝、葵の部屋に爽やかな風が吹き込んでいた。彼女のスマートウォッチが小さな音を立て、メッセージの到着を告げる。差出人は叔父の健一だった。


「葵、君の知恵を借りたい。ドリームランドのメリーゴーランドが動かなくなったんだ」


 葵は眉をひそめた。ドリームランドは地元で人気の遊園地だ。彼女は即座に返信した。

「詳しく教えて」


 健一からの説明が続く。


「昨日の閉園後、定期点検でメリーゴーランドを動かそうとしたら、まったく反応がなかったんだ。このメリーゴーランドは100年以上の歴史があるアンティークで、遊園地の目玉なんだよ」


 葵は考え込んだ。


「故障の原因は?」

「それがわからないんだ。メンテナンス記録を見ても、特に問題はなかった。だが、おかしなこともある。監視カメラに不自然な映像が映っていたんだ」


 葵の興味が湧いた。


「どんな映像?」

「夜中の2時頃、メリーゴーランド付近で人影が動いているんだ。だが、その時間帯に誰もいるはずがない」


 葵はパソコンの電源を入れた。


「分かったわ。スタッフの勤務記録、来場者数の推移、そしてメンテナンス履歴を送って」


 1時間後、葵はある仮説を立てていた。彼女は健一に連絡を入れた。


「叔父さん、気になる点がいくつかあるわ」

「何だい?」

「まず、メンテナンススタッフの一人、田中さんの行動が不自然よ。彼、最近競合他社の遊園地によく出入りしているみたい」


 健一は驚いた様子で聞いていた。

 葵は続けた。


「それに、監視カメラの映像。人影が動いていた時間、田中さんのIDカードでゲートが開けられているのよ」


 健一は息を呑んだ。


「まさか、内部犯行?」

「可能性は高いわ。田中さんが故意にメリーゴーランドを壊した可能性がある」


 健一はすぐに動き出した。


「分かった。田中を事情聴取してみる」


 翌日、健一から連絡が入った。


「葵、君の推理は外れたようだ。田中にはアリバイがあった。彼は夜勤明けで実家に帰省していたんだ。IDカードの使用は、同僚が借りて使ったらしい」


 葵は困惑した。


「そう……でも、それじゃあ監視カメラの人影は?」

「あれは防犯システムの誤作動だったよ。それに、メリーゴーランドの故障も単なる老朽化だったそうだ」


 葵は落胆した。


「そう……私の推理、完全に外れちゃったわね。ごめんなさい、叔父さん」


 健一は優しく言った。


「気にするな。誰にだって間違いはあるさ」


 電話を切った後、葵は窓の外を見つめた。

 自信を失った彼女の目に、いつもの輝きはなかった。


 葵の心の中で、自己嫌悪の感情が渦巻いていた。

 これまで、彼女の推理はほとんど間違ったことがなかった。

 その自信が、今や大きく揺らいでいる。


「私の推理能力は、本当に役に立つのかしら」という疑念が頭をよぎる。

 同時に、叔父の健一を失望させてしまったという申し訳なさも感じていた。


 部屋の中を見回すと、そこにはこれまでの事件解決の記録が並んでいる。

 それらが今は、彼女の無力さを嘲笑っているようにさえ感じられた。

 葵は深いため息をつき、ベッドに身を投げ出した。


「もしかしたら、私はただの物知りなだけで、探偵きどりのいけ好かない奴なのかもしれない」


 そんな思いが、彼女の心を重く圧迫していた。


 しかし、その夜遅く、健一から再び連絡が入った。


「葵、君に聞きたいことがある。今日、遊園地に古いメリーゴーランドの収集家が来ていたんだが、彼が何か変なことを言っていったらしくてね」


 葵は耳を傾けた。


「彼が、このメリーゴーランドの一部のパーツが本物じゃないじゃないかとカンカンに怒っていたというんだ。でも、それがどう関係するのか……」


 葵の目が再び輝きを取り戻した。


「叔父さん、もう一度メリーゴーランドを調べてみて。特に動かなくなった部分を」


 翌日の夕方、健一は興奮した様子で葵に報告した。


「葵、君の勘は正しかったよ! メリーゴーランドの重要なパーツの一部が模造品だったんだ。しかも、その模造品が原因で故障していたんだよ」


 葵は微笑んだ。


「やっぱり……」


「でも、なぜ君はそれに気づいたんだい?」


 葵は説明を始めた。


「収集家の言葉がヒントになったの。それで、遊園地の歴史を調べ直してみたの。10年前に経営難があって、その時に一部のパーツを安い模造品に替えた可能性があったわ」


 健一は感心した様子で言った。


「なるほど。で、結局どうなったんだい?」

「前のオーナーが経費削減のために模造品を使っていたの。でも、それを誰にも言わなかった。田中さんたちは、その事実に気づいて隠そうとしていたのね」


 葵は更に詳しく説明を続けた。


「まず、10年前の経営難の時期に、遊園地の支出が急激に減少していることに気づいたの。特に、メンテナンス費用が大幅に削減されていた。それなのに、メリーゴーランドは動き続けていた。これは不自然よ」


 彼女は息を整えて続けた。


「次に、その時期の部品交換記録を詳しく見てみたの。すると、高価なはずの部品が驚くほど安い金額で記録されていた。これは、本物の部品ではなく、模造品を使っていた証拠だわ」

「そして、田中さんたちの行動。彼らは最近になって、頻繁にメリーゴーランドを点検していた。これは、模造品の劣化に気づき、何とか隠そうとしていた証拠よ。でも、もう限界だったのね」


 葵は最後にこう締めくくった。


「結局、経費削減のために使われた模造品が、長年の使用で限界を迎え、メリーゴーランドを止めてしまった。そして、その事実を隠そうとして、かえって不自然な行動が目立ってしまったというわけ」


 健一は深くため息をついた。


「葵、本当にすごいよ。推理がはずれたなんて言って本当にすまなかった」


 葵は照れくさそうに笑った。


「ありがとう、叔父さん。でも、これで分かったわ。最初の印象に囚われず、もっと広い視野で考えることの大切さを」


 電話を切った後、葵は再び窓の外を見つめた。夕暮れの空に、遠くの遊園地の観覧車が小さく輝いている。彼女の目には、新たな決意の色が宿っていた。


 次はどんな謎が待っているのだろう。葵の心は、すでに次の冒険への期待に胸を躍らせていた。


(了)

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