第三話:「消えた花嫁の謎」

 葵の部屋に朝日が差し込み始めた頃、彼女のスマートフォンが鳴った。画面には叔父の健一からの着信が表示されている。


「葵、緊急事態だ。君の力を借りたい」


 健一の声には焦りが混じっていた。

 葵は眉をひそめた。


「どうしたの、叔父さん?」


「友人の娘の結婚式に出席する予定だったんだが、肝心の花嫁が姿を消してしまったんだ」

「えっ、どういうこと?」


 葵は真剣な面持ちで聞き入った。


 健一は深呼吸をして説明を始めた。


「花嫁の優美は、昨夜まで普通に過ごしていたそうだ。でも今朝、目覚めの電話をしたら出なくて、部屋に行ってみたら誰もいなかったという」

「部屋の様子は?」

「争った形跡はないらしい。ウェディングドレスと携帯電話だけが残されていた」


 葵は静かに考え込んだ。


「家族や花婿に何か心当たりは?」

「いや、皆目見当がつかないらしい。優美はこの結婚を喜んでいたと聞いている」


 葵はパソコンの電源を入れた。


「分かったわ。優美さんのSNSアカウントの情報を送って。それと、最近の行動について分かることがあれば教えて」


 1時間後、葵はすでに大量の情報を処理し終えていた。彼女は健一に連絡を入れた。


「叔父さん、いくつか気になる点があるわ」

「何だ?」

「まず、優美さんが最近よく古い映画を見ていたみたい。特に『エターナル・サンシャイン』というロマンス映画を繰り返し観ていたのが気になるわ」


 健一は驚いた様子で聞いていた。


 葵は続けた。


「それと、彼女の携帯電話に残された最後のメッセージ。『E.S. 1:05:30 → 現実』って書いてあるの。これ、暗号みたい」

「なるほど。他には?」

「優美さんの友人にオンラインで聞き込みをしたわ。どうやら最近、優美さんが結婚について不安を漏らしていたみたい。でも、誰にも詳しくは話さなかったそうよ」


 健一は息を呑んだ。


「そうか……でも、これらの情報からどう結論を導き出せばいいんだ?」


 葵は少し考え込んでから答えた。


「叔父さん、『エターナル・サンシャイン』って映画を知ってる?」

「いや、聞いたことがない」


「その映画では、主人公たちが思い出の場所に逃げ込むの。そして、『E.S. 1:05:30』は映画の1時間5分30秒地点を示していると思うわ」


 健一は興味深そうに聞いていた。


「それで?」

「その場面を確認したの。海辺の小さな家が映っていたわ。そして『現実』……」葵は少し間を置いた。「優美さんの故郷の近くに、その家によく似た建物があるはず」


 健一は驚いた様子で声を上げた。


「そういえば、確かに優美さんの実家の近くに、使われていない古い別荘があったような……」


 葵は静かに言った。


「優美さんはたぶんそこにいると思う。結婚への不安から、一時的に逃げ出したのよ。でも、完全に姿を消すつもりはなかった。だから、ヒントを残したの」


 葵は少し考え込んでから続けた。


「優美さんの気持ちを想像してみて。結婚への不安と期待が入り混じる中で、一人になりたい気持ちと、でも大切な人たちを心配させたくない気持ちが交錯していたはずよ。携帯にヒントを残したのは、きっと『私を見つけて』という無意識の叫びだったんじゃないかしら」


 健一は興味深そうに聞いていた。

 葵は続けた。


「優美さんは、自分の気持ちに正直になりたかったのね。でも同時に、誰かに自分を理解してほしい、探してほしいという願いもあった。そのジレンマが、あの暗号のようなメッセージになったのだと思うわ。映画のタイトルを使ったのも、きっと『私の気持ちを本当に分かってくれる人なら、このヒントが分かるはず』という思いがあったんじゃないかしら」


 健一は深く頷いた。


「なるほど。人の心の複雑さを改めて感じるな」


 葵は静かに微笑んだ。


「そうね。優美さんは、自分の気持ちと向き合う時間が必要だっただけ。でも、完全に一人になりたかったわけじゃない。誰かに寄り添ってほしかったのよ」


 健一はすぐに動き出した。


「分かった、今すぐ確認する」


 1時間後、健一から連絡が入った。


「葵、君の推理は正確だった。優美はその別荘にいた。今、家族と話をしている」


 葵はほっとため息をついた。


「良かった……無事で」


 健一は続けた。


「優美さんは結婚への不安を抱えていたそうだ。でも、ここで自分の気持ちと向き合えたと言っている。結婚式は少し遅れるが、予定通り行われるそうだ」


 葵は静かに微笑んだ。


「そう……良かった」


 健一は感謝の言葉を述べた。


「葵、本当にありがとう。君のおかげで、大切な日を台無しにせずに済んだ」


 葵は少し照れくさそうに答えた。


「いつも言うけど私にできるのはこれくらいよ。でも叔父さん、時々人の心って難しいと思わない? 表面上は幸せそうでも、内心では悩んでいることがあるのね」


 健一は優しく言った。


「そうだな。だからこそ、君のような鋭い洞察力を持つ人が必要なんだ」


 電話を切った後、葵は窓の外を見つめた。彼女の世界は小さな部屋に限られているが、その鋭い洞察力は人々の心の奥底まで見通すことができる。今日も、彼女は安楽椅子に座ったまま、人々の幸せのために自分の力を使い続けるのだった。


 葵は静かに微笑んだ。彼女の前には、まだ多くの謎が待っているようだった。そして、それらの謎を解くことが、誰かの人生を少しでも良い方向に導くかもしれない。そう思うと、葵の胸は小さな期待で満たされていった。


(了)

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