第二話:「消えた200人の観客たち」
葵の部屋に朝日が差し込む頃、彼女のスマートフォンが鳴り響いた。画面には叔父の健一からの着信が表示されている。
「葵、大変なことが起きた」
健一の声には焦りが滲んでいた。
「昨夜の魔術ショーで、観客全員が消えてしまったんだ」
葵は眉をひそめた。
「全員って、何人くらい?」
「約200人だ。跡形もなく消えてしまった。そんなバカな話という言うだろうが、本当なんだ」
「詳しく話して」
葵は真剣な面持ちで聞き入った。
健一は深呼吸をして説明を始めた。
「昨夜、市民劇場でマジシャンのグレート・ミステリオのショーがあった。最後の演目で、彼は観客全員を消す魔法を披露すると宣言した。そして、まばゆい光と煙の中、観客席にかけられていたカーテンが落とされた。そのカーテンが上がった時、誰もいなくなっていたんだ」
「出口は?」
「全て監視カメラで押さえていた。誰も出ていない」
葵は静かに考え込んだ。
「座席には何か残されていた?」
「ああ、観客の持ち物だ。バッグや携帯電話まで、そのままになっている」
「マジシャンは?」
「彼も助手も姿を消している。警察は彼らを容疑者として追っているが、まだ見つかっていない」
葵はパソコンの電源を入れた。
「分かったわ。劇場の構造図と、そのマジシャンの情報を送って」
1時間後、葵はすでに大量の情報を処理し終えていた。彼女は健一に連絡を入れた。
「叔父さん、いくつか気になる点があるわ」
「何だ?」
「まず、その劇場。去年大規模な改装工事をしているのよ。それと、マジシャンの助手が2週間前から姿を消しているの」
健一は驚いた様子で聞いていた。
葵は続けた。
「それと、劇場の構造図を見ると、床下に大きな空間があるの。通常、こんなに広い空間は必要ないはず」
「なるほど。他には?」
「空調システムよ。最新のものに換わっているけど、処理能力が劇場の規模に対して過剰すぎるの。まるで、何か特殊なガスを急速に循環させられるように設計されているみたい」
健一は息を呑んだ。
「それで、君はどう考えている?」
葵は慎重に言葉を選んだ。
「まだ確証はないわ。でも、観客が劇場内のどこかに隠されている可能性は高いと思う。その大きな床下空間が気になるわ」
「分かった。その線で調査してみよう」
健一は即座に動き出した。
1時間後、健一から連絡が入った。
「葵、君の推測は正しかった。床下の隠し部屋で全員を発見したよ。今、救出作業中だ」
葵はほっとため息をついた。
「良かった……みんな無事?」
「ああ、幸い重症者はいないようだ。全員、何らかの薬で眠らされていたようだ。君が言った空調によるガスだろうな。200人全員を隠し部屋に一斉に移動するなんて……まったく大した仕掛けを作ったもんだよ……・だが、まだ謎は残っている。なぜ犯人たちはこんなことを?」
葵は深く考え込んだ。
「叔父さん、この事件には不自然な点が多すぎるわ。普通、誘拐なら目立たないように少人数を狙うはず。でも、この事件は逆よ。わざと大々的にしている」
健一は驚いた様子で聞いていた。
「確かにそうだな。200人もの観客を一度に消すなんて、常識では考えられない」
葵は続けた。
「そう、だからこそ犯人の目的が見えてくるの。これは、おとりよ」
「おとりだって?」
「そう。犯人たちは、この派手な事件で警察の目を引きつけようとしたのよ。おそらく、もっと大きな別の犯罪を覆い隠すために」
健一は息を呑んだ。
「なるほど。そう考えると、これほど大規模で危険な作戦に出た理由が説明できる」
葵は淡々と説明を続けた。
「おそらくマジシャンと劇場のオーナー、そして裏で動く組織の共謀よ。彼らは改装工事の際に仕掛けを施し、長期的に計画していた。マジックショーという完璧なカバーストーリーを使って」
「しかし、それほどの大がかりな作戦を実行するほどの、別の犯罪とは一体……」
葵は真剣な面持ちで言った。
「それを突き止めるのが、私たちの次の仕事ね」
健一は頷いた。
「そうだな。何か思い当たることはあるか?」
葵は目を閉じ、深く考え込んだ。
突然、彼女の目が見開かれた。
「叔父さん、今日は何の日か覚えてる?」
健一は少し戸惑った様子で答えた。
「ああ、市の重要文化財の移送日だ。旧市庁舎から新しい博物館へ……まさか!」
葵は急いで説明を始めた。
「そう、きっとそれよ。劇場での事件は、警察の注意をそらすためのおとり。本当の狙いは文化財なの」
「なるほど」
健一は唸った。
「確かに、警察の大半がこの劇場事件に掛かりきりになっていた」
葵は続けた。
「文化財の中には、国宝級の美術品もあるはず。それを狙った犯罪組織が、マジシャンや劇場を利用したのよ」
健一は即座に電話を取り出した。
「すぐに文化財の警備を強化する。葵、君の推理のおかげで間に合いそうだ」
数時間後、健一から再び連絡が入った。
「葵、君の推理は完璧だった。文化財を狙った強盗団を逮捕できたよ。劇場の事件に気を取られていなければ、見事に盗まれていたところだった」
葵はほっとため息をついた。
「良かった……。叔父さん、犯人たちは何か話した?」
「ああ、劇場の事件は確かにおとりだったそうだ。観客は数時間後に目覚めるように調整された薬を使っていたらしい。彼らの計画では、我々が観客を発見する頃には、文化財とともに国外に逃げ出しているはずだった」
葵は静かに微笑んだ。
「完璧な計画に見えたでしょうね。でも、どんな計画にも必ず盲点はあるものよ」
健一は感謝の言葉を述べた。
「葵、本当にありがとう。君の洞察がなければ、我々は大変な失態を犯すところだった」
葵は少し照れくさそうに笑った。
「私にできるのはこれくらいよ。あとは警察の仕事ね」
電話を切った後、葵は窓の外を見つめた。彼女の世界は小さな部屋に限られているが、その鋭い洞察力は遥か遠くの事件さえも解き明かす。今日も、彼女は安楽椅子に座ったまま、世界の謎に挑み続けるのだった。
(了)
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