第2章 「俺と迷宮に……!」

「覚えてくれてたんですね。嬉しいなぁ……」


 にっこりと、彼は笑った。

 それはアルムちゃんのような可愛らしい笑みで、それでいて彼の顔の良さが引き立ち、不覚ながら少しドキッとさせられた。


「流石に覚えてるわよ。命の恩人だもの。……本当に、ありがとうね」


 そう伝えると、彼は手で顔を覆う。耳が紅くなっており、所見の”紳士な不審者”とは程遠いものだった。


「命の恩人……!俺だって、貴女に……」

「え?なんて言ったの?」


 彼のぼそっと呟いた一言が聞こえず、反射的の聞き返してしまった。


「いえ!なんでもありません!……っといけないいけない。大切な目的を忘れるところでした」


 はぐらかされた。


「ライラさん……俺と」


「俺と?」


 まさか、あのもじもじとした感じ、紅潮した頬、まさかまさかまさか!

(えまって、私達まだ出会ってから1時間も経ってないのに!?)

 この生まれて20ウン年間、男っけの無かった私に、嘘!?


「待ってそんな私っ「俺と迷宮に潜ってくれませんか!?」……はえ?」



 ……はえ?



「んな、なんてぇ??」


 私の耳にデバフが掛けられていなければ迷宮に潜って……あれ?

 明らかな自意識過剰。ナルシストよろしくめっちゃ自惚れてしまった。

 死ぬほど恥ずかしい。今の私は目の前の真っ赤なお顔の彼と、良い勝負できるだろう。


「えと、迷宮に潜ってくれませんか?」

「……向こうのカフェで、話聞くね……」

「っ!はいっ!」


 〜◯◎◉◎◯〜

 空き家が多く、人通りの少ないこの通り。

 そこにひっそりと営業している私のお気に入りのカフェ、『レ・ガロ』。そこで話を聞くことにした。

 人はいつも通り少なく、こういう落ち着いた雰囲気が好きで、よく通っている。

 好好爺のマスターはよくサービスしてくれている。好き。


「それで、詳しく聞いてもいい?」


 珈琲とサービスのナッツをつまみながら聞いた。


「まずは、あの時、逃げてしまってすいませんでした」


 あの時…あぁ、ウェアウルフの時のことか。そんな気にすることでもないと思うだけど……。


「ライラさんが一番なのは当たり前なんですけど、地上に漏れたモンスターは複数いたので……」

「全然気にしなくていいよ。他の救援に向かってくれたんでしょ?ならありがとうだよ」


 ライラさんが一番ってなんだ?


「それで本題なんですけど、ライラさん、迷宮に潜りたいんですよね?」

「なんで知って」

「盗み聞きました」


 正直でよろしい。でもすごいな、私一応そういう気配には敏感なんだけど…全く気付かなかったな。

 ともあれ話が早い。つまるところ協力してくれる感じかな?


「そうだね。私の呪いを解くために、冒険者に復帰するために……いち早く」

「なら!俺と一緒に潜りませんか!?」


 大歓迎……とは言えないのが現実。

 迷宮内は何があるかわからないし、何より迷宮内でのは、証拠が残りづらい。

 モンスターに死骸が食われ無くなったり、壁や地面に埋めれば迷宮の修正力が吸収してくれる。

 迷宮管理組合LCUもそのことを問題視し、対策を考えているが…まぁ難しい話だ。


 それでも。

 私は呪いを解きたい。

 この右手に刻まれた紋章を、呪いの証を消し去りたい。


 なにより――早く冒険がしたいから。


「……いいよ、よろしくね」

「いやったぁ!!」


 静かな店内に響く声、我に返った彼は恥ずかしそうに珈琲を啜った。ズズズッ。


「それで?どうやって武器無しの私を迷宮に連れてくの?」

「ライラさんには俺の支援者サポーターという体で行こうと思います」


 支援者サポーター。 魔術師メイジ射手アーチャー、後方からの支援を主とする者の総称。

 火力支援だけでなく、俊敏や力、幸運などを上昇させるバッファーや、回復専門のヒーラーなどもいる。

 ……まぁ、パーティを組んでいる人の話で、私には関係のないことだけれど。


 一人で潜っている私は、ポーションを買い込み、魔力が少ないながらバフ…初級の身体強化を覚え、コツコツやってきたのだ。

 偶にランドとかと潜る時には、あまりの快適さに涙を流したものだ。


「まぁ一応身体強化できるし、ギリギリ支援者サポーターと言えなくもない……?」

「大丈夫です!」

「あっそう?」


 珈琲も飲み終わり、ナッツも美味しゅうございましたと、この日は別れることにした。


「……ふふ」


 自然と笑みが溢れる。やっと呪いについて進展があるかもしれないのだ。嫌でも期待してしまう。


 この日、私は年甲斐も無く眠れなかった。


 第2章

「俺と迷宮に……!」


 用語解説

 迷宮の修正力…迷宮内が破壊、損傷した場合、迷宮自身が徐々に修復する力。原理は不明。

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