第21話  妙な女




 動画が始まってしばらく経って、もうすぐ俺の調子が崩れ出す頃合いだな、と思ったところで自由室の出入り口近くで遊んでいた別のグループの一人が俺に話しかけてきた。


「なぁ、眞栄城君って君だろ?」


「ん? ああ、そうだけど。何か?」


「先生が呼んでるぜ」


「え? なんで?」


 何かした憶えは全くない。


「何かさ、知り合いが君を訊ねてきたみたいだよ。早く行ってあげな」


「あ、ああ。ありがとう」


 俺はすぐに椅子から立ち上がると、山貫たちと一言二言交わして職員室に向かった。

 背後で、おっ、これってあのマインナーズの白いヤツの新しい動画じゃん、俺も観ていい? などの声が耳に入ってきる。未だ人気らしい、が、俺は見たくない場面に差しかかっていたので丁度よかった。

 自由室を出て、職員室は隣だ。いくら自由と銘打たれてはいても、本当に何をしても良いということじゃあない。監視システムもあるが、学生共が変なことを突然おっぱじめたら即座に止められるようにということだろう。

 だが、俺を呼び出した先生は廊下で待ってくれていた。


「おお、来たか」


「すいません。んで、訪ねてきたのって、誰ですか?」


「それがな、会えばわかると言って名乗らないんようなんだ」


「へえ、誰だろ?」


「一階の待合室にいるらしい。まぁ、行ってやってくれ」


「了解です」


 俺は即座に目的の場所まで向かう。ここは5階なのでエレベーターを使うことにした。

 エレベーターの中で、俺は訊ねてきた相手が俺の姉ではないか、と予想していた。俺は一級市民になって一人暮らしができるようになり、家族と離れて生活している。本来なら高校も一級市民用の方に変えて然るべきなのだが、そちらに通うのが嫌なので一級市民であることを隠しながらも未だ三級市民用の高校に通っている。

 当然ながら、家族との別居状況がバレれば、俺が三級市民ではないこともバレてしまう。だから、あえて名乗らずに訪ねて来たのかもしれない。

 つじつまは合う。

 が、それだったらわざわざ学校などではなく、俺の自宅に直接訪ねてくればいい。

 あの姉がこんな簡単なことをわかっていないワケがない。別に実家から自宅まで距離があるワケでもない。歩いてもいけるようなくらいだし、実家からこの高校に来るのも俺の自宅に行くのも距離的に違いはなく、むしろ後者の方が近いくらいだ。

 ……もしかしたら正常な判断ができにくいくらいに切羽詰まっているのならばありうる、か。いや、だが、アレの就職時期はまだ一年以上は先のハズだ。

 などとイロイロ考えているとエレベーターが一階に着いた。

 エレベーターを出れば待合室はすぐ眼の前だ。あまり事前に考え込んでもしょうがないので、俺は覚悟を決めてドアをノックする。


「どうぞ、お入りください」


 聞き覚えのない声だった。

 俺は軽く動揺しつつも、すでにノックをしてしまっている都合上、このままドアの前で固まるワケにもいかない。


「失礼しゃーす……」


 俺は一言断った後にドアを開けて待合室に入った。

 中には制服を着た女性が一人で座って待っていた。

 明らかにウチの高校の制服ではない。そして、横顔にもまったく見覚えがない。

 俺はテーブルを挟んだ彼女の前に移動して、椅子に座る。

 正面から視てもやはり面識はない。ただ、メチャクチャ美人だということはわかった。

 もし、俺が事前にリオさんと知り合っていなかったら、数秒ポカンと口を開けながら見つめてしまうという、無様なマネをしてしまっていたかもしれない。それほどのとびきりだった。

 ただし、同じ超がつく美女でありながらリオさんとはまったく系統が違う。

 あの人の美がある種日本人離れしたエキゾチックさであるのに対し、眼の前の自分と齢の変わらぬように視える少女のものは実に純和風的なものだった。

 目鼻立ちは非常にはっきりしているものの、パーツ一つ一つの主張はかなり控えめで全体的にまとまっている。

 長くて艶めいた黒髪は額の真ん中で左右に分かれており、中心に近い部分のみ頬を隠して顎に少しかかる程度で切り揃えられている。

 これのおかげか、えらく小顔に感じられた。なんという髪型かは忘れたものの、古いアニメか時代物などの映像作品かなんかで観た記憶がある。まるで美しい日本人形が美少女に変身したかのようだった。

 ますますワケがわからない。こんな美少女と知り合うどころか一度でも顔を合わす機会があったなら絶対に記憶に残っている。

 どう考えても彼女と俺は初対面のハズだ。とはいえ、それを自分の方から言い出したくはない。

 君とどこかであったことありますか? なんて、言い方を間違えたらナンパの台詞みたいではないか。

 だからといって、俺、君のこと知らないんだけど、誰? とも言いたくない。万が一、知り合いであったら、ミリも憶えていなかった俺の印象は最悪だ。

 しかしながら、別の第一声も浮かばない。迷っていると、彼女の薄桃色の唇が上下に分割した。


「あなたが、眞栄城さま……ですね?」


「え? ええ、まぁ……」


 肯く俺。

 声まで美しい。鈴の音のようだ。

 しかし、俺の精神は絶賛混乱中である。俺のことを知っているハズの相手が確認をしてくるとは一体どういうことか。


「へぇ……、案外、こちら側の外見はいたって普通の方なのですね」


「は? 普通?」


「あッ。ごめんなさい、私ったら。初対面で失礼なことを」


 少女はハッとしてから両手で口を抑えた後、明らかに俺に対して頭を下げた。

 そんな光景に俺の頭は増々混乱する。だが一方で、彼女の初対面という言葉に安心してもいた。


「君は……?」


「申し訳ありません。どうしても、本物のあなたとじかにお会いしてみたくて。こんな押しかけるような真似をしたことを改めて謝罪いたします」


 そう言いつつ、彼女は立ち上がって再度深々と頭を下げた。

 急な展開にどうにもついていけない俺の前で、なぜか彼女は立ったままもう一度座ることもなく、身体の方向を出入り口のドアの方へ向ける。

 そのまま一歩二歩と進む姿に、もう彼女が帰るつもりであると悟った俺は慌てて言葉を紡ぐ。


「待った! 君は一体……?」


 誰なんだ、とまでは言えなかった。彼女がこちらに振り向き、にっこりと花の咲くように笑ったからである。


姫積ひめづみ志乃しの、と申します。またいずれ……」


 名もどこか古風に感じられた。

 彼女はそれだけ言うとドアを開け、去り際にもう一度頭を下げたままドアをゆっくりと閉めていった。



   ◇



「ふう」


 帰路の途中で、俺は溜息を吐いた。

 今日はなんともおかしな日だった。

 やれやれである。なんか疲れた。

 腹も減った。

 いつもの食事はたいてい合成食料で済ませる俺だが、今日だけは特別な美味いもんを食いたくなってしまった。心と身体が疲れた時には美味いもんを食うに限るに決まっている。

 さて、だとするとこの周辺と帰り道にはない。三級市民用の高校の近くに高級料理店があったって払える奴がいるワケない。

 居住区にもない。商業区まで足を延ばす必要がある。となれば、会社最寄りの駅まで乗っていくとしよう。

 せっかく会社休みだというのに、結局同じような場所まで行くことになるが、まァ、仕方がない。

 ギョーザにでもしようか、と思ったところで電話が鳴った。


「ん?」


 着信元を確認すると、会社の於保多さんの番号だった。

 珍しいことだった。

 於保多さんは滅多なことでは休日に電話をかけたりして来ない。ひょっとすると初めてのことではないかと思えた。

 妙なことは続くもんだな、などと思いつつ、俺は着信を押す。


「はい。於保多さん」


『眞栄城か? 休みだというのに連絡してすまん』


「いや、別に、大丈夫だよ。それで、何かあったの?」


『ああ。どうせすぐに知ることにはなるだろうが、その前にお前に伝えときたくてな……』


「え? 何が?」


『いいか、よく聞け眞栄城。太刀峰たちがやられた』


「は?」


 俺は、於保多さんの言ってる意味が良くわからなかった。




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