第20話 たまには遊ぶ男




『バーニング!!』


 モニター内で俺の操作するキャラクターが黄色く光り、かつ全身をオーラのようなもので包みながらそう声を発しつつも突撃するその拳が、まるで浮浪者かに見える服装のもう片方のキャラクターの顔面に決まった。次いで、別の声での『K.O!』のアナウンスと同時にまったく同じ文字が画面中央にデカデカと表示される。


「うがあっ!? また負けた!」


 そして俺の隣の野々田から悲鳴が上がった。気持ちはわからないでもないが、一応は共用の場所である。おまけに彼の声はよく通るので、少しは自重してもらいたい。


「ははっ! 負けがこんできたなぁ、龍ちゃん!」


 だが、俺たちのすぐ後で観戦している山貫は地声からしてデカい。今更な話だった。


 ここは俺たちの通う都立冨崎ふさき高校の自由室だ。


 今の時代、学生連中はその放課後の時間の消費方法に頭を悩ませていた。

 旧世界であれば部活か塾が定番だったと聞くが、部活の方は教師の数とその勤務時間が限られるために数が限られてしまい、相対的に所属できる人数にも限度がある。自主的に運動しようとしても校内の施設は部にすべて占拠されているのが普通であり、外のは数が少ない上に使用にも金もかかる。

 塾の方はもっと高い。二級市民以上でなくては不可能なレベルだ。こういうところも格差を助長する要因だと批判が出ているらしい。

 次の選択肢だったというバイトは更に不可能だ。前述した通り、働けるものは一部のエリートのみ。学生を雇ってくれる企業などない。

 最後の、街にくり出して遊ぶという選択肢は完全に無理だ。三級市民の学生ぶぜいにそんな金があるワケがない。

 金も場所もないくせに時間だけがあり余っている三級市民学生連中の行き着く先は、最終的に自宅だ。つまりは誰か一人の家で集まるということになる。だが、これまた難しい。

 こちらも前に説明したが、経済的に自立しなければ家族と同居は絶対条件である。しかも、自分の部屋もない狭い家の中で、だ。小さい頃ならともかく、高校生ともなればさすがに迷惑だろう。

 そこで、ほとんどの学校には今、こういった自由室が用意されることになったのだ。

 余談だが、現在の俺は運の良い事に一人暮らしである。にもかかわらず、友人たちを自宅に呼ばないのは当然、就職したことを知られたくないからだ。大体からして一人暮らしがバレたら最後、たちまちのうちにたまり場と化すにきまっている。

 自由室の設置は名目上、一応の勉学目的となっているが、実際にそんな目的で使っている者は一人もいない。そもそも自主的な学習を行うのは一流大学に進学して就職し、何が何でも一部のエリートの仲間入りをしたいという明確な目的があるからだ。そういった連中は教室にこもるか図書館に行く。なにしろモニターなどが用意されているくらいである。これに自分たちの個人端末をつないで、皆、動画を観たりゲームをしたりする。


 普段なら俺は一緒に遊ぶ時でも仕事が終わって帰宅してからのオンラインで、なのだが、今日はその仕事が休みになった。於保多おおたさんは俺の体調を考えてか、時々こういう平日の休みをポンとくれたりする。

 ちなみに山貫の『龍ちゃん』とは野々田のことだ。野々田のフルネームは野々田龍太郎。ただ、いない時は俺と同じく苗字の呼び捨である。

 俺って気を遣うタイプだからさ、というのが山貫の弁だが、野々田の方が背が高く、山貫とはかなり差があるからではないかと俺は見ている。

 実際、野々田はシュッとしていて、顔もイケメンタイプだ。声も良く、男性としては少しキーが高いがそれだけに良く通り、相手の印象にも残るタイプである。アナウンサーか声優向きの声だと思うし、周囲も同じような評価だったりする。卒業後はその道に進むつもりなのか、自分のプレイするゲーム動画に実況を当てたりして動画制作を行い、小銭を稼いでいる。最近はワリと人気になってきたようで、俺と同じくらい下校するのが早い。

 今日は珍しく俺が(仕事がないので)ダラダラ帰る予定だと知ると、野々田も今日だけは動画制作を休むつもりだったらしく、だったら久しぶりに自由室でということになったのである。

 今やっているのは対戦格闘ゲーム、略して格ゲーだ。もちろんレトロゲームの範疇に入るものである。

 ただし、20世紀と21世紀、世紀をまたいで流行した超有名シリーズで、知っている人は知っているし格ゲーの最高峰として未だに一定の人気を保持している。そのためか、シリーズの中のいくつかは、有志の方々によって現行さながらの強さを競うランクマッチモードができるようになっていたりもする。

 俺たちが今遊んでいるのはその中でも、最もキャラクター間のバランスが整っていたとされるタイトルで、格ゲーをやるなら今現在普通に売られているモノすら差し置いてコレと奨められるやつだ。

 俺が使っているキャラはシリーズでも珍しい完全他社からのゲストキャラクターで、このためかスタンダードな性能を持ちつつガンガン前にいける突進系の技も備えているものの一つ一つの技の性能が抑えめでキャラパワーは低い方である。

 対して野々田は、最初こそ忍者キャラを使っていたのだがそれで俺と山貫に勝てないので、このタイトルの最強キャラの一角に必ず名前が挙がるハイスタンダードなキャラに変えた。

 字面だけで見ると俺のキャラの上位互換としか思えないが、勝てるものだ。


「チッキショウ。なんで勝てねえんだよォ……」


 野々田は本気で頭を抱えだした。

 さっきので10連敗。性能が上といわれるキャラで、しかも最後はお互いギリギリの接戦だったので悔しさもひとしおなのだろう。


「飛びすぎなんだよ、何度も!」


 山貫がそう解説する。

 これはアドバイスというよりも事実だからだろう。

 実際、大事な場面で飛んでくれるので確実に対空して落とせば良いだけだった。

 ただし、山貫も気づいていないのかもしれないがこれだけで勝てたつもりはない。


「まァ、眞栄城の突進技の使い方もうまかったよな! 突然使い出したりとか! さっ! そろそろ俺と代われよ」


「ええ~!? マジかよ~」


 文句を言いつつも席を譲る野々田である。

 おっと、山貫は気づいていたようだ。ってコトはこの先はなかなか難しい。連勝もしずらくなるだろう。

 彼の言う通りだった。俺のキャラはスタンダードといわれていてもそれだけじゃあない。変則的な戦い方、前に出て相手を押しこむような戦法の、マネごと程度はできるのである。

 要は緩急だ。これをうまく使えば、一つ一つの技の性能が劣っていてもなんとかやれるものである。

 山貫が端末に自分の操作デバイスをつなげ直している間、手持ち無沙汰になった俺は野々田に話しかけた。


「なぁ、野々田。あっちの調子はどうだ?」


「あっちってなんだよ。……ああ、ひょっとして動画制作のこと?」


「そうそう」


 格ゲーに関してはアレなのに会話の察しは良い。

 俺がそんな失礼なことを考えていたせいではないだろうが、野々田が黙る。言うか言うまいか迷っているように感じられた。


「どうした? なんかトラブったのか?」


「いや、そういうことじゃあないんだが……、ついこの前にバズったマインナーズの白い虎のヤツ、知ってるだろ?」


「あ、ああ」


「もちろんだぜ! 俺なんか時間があると、つい見ちゃったりしてよォ! 昨日はもう再生回数が1000万超えてたぜ!」


 興味のある話題だったのか、山貫も話に加わる。

 というか、もう1000万超えてたのか……。シティ内の全市民が一人につき10回以上視聴していることになる。もちろんそんなことはあり得ないだろうから、実際は山貫のような熱心な人物が再生回数を伸ばしているということだろう。


「んで? それがどうしたんだよ?」


 山貫が続きを急かす。

 だが、ここでもう一度逡巡したように野々田が黙り、芝居がかったような動きで額に手を当てた。

 実は野々田はこういったキザったらしい仕草をよくする。容姿が無駄に整っていることから不格好や不釣り合いと感じることはあまりないが、俺たちを含めた周囲の人間からは少しウザったい残念なイケメン扱いを受けている。

 わずかな間があって、野々田が話を再開した。


「そいつの完全新規の動画が今朝アップされたんだ」


「マジかよ!? 完全新規ってことはよ、つまり一番新しい直近のバトルってことか!?」


 と、なるとこの前のソードグリズリー戦の様子ということになる。前半は良かったが、後半は余計なことを考え始めてしまい、まるでダメだったヤツだ。

 テンションが勝手に上がっていく山貫とは逆に、俺の方はだだ下がりである。


「で、それがなんか関係あるのか?」


「あるんだよ。実はツテがあってさ、その動画の実況をなんと俺が担当させてもらえることになったんだ。昼休みに確認してみたら、もう10万再生いってた」


「マジ!? すっげえじゃん!」


「おお、良かったな。おめでとう」


「おめでとうはまだ早えーんだ。俺のチャンネルじゃあねーんだよ。まぁ、再生数が良けりゃあ、多少のマージンは貰えるかもしれねーけどな。そん時は奢るよ」


「楽しみにしてるよ」


「どっちにしろ良かったじゃん! 今からそれ観ようぜ!」


 まぁ、そういう流れになることは承知していた。野々田も当然、いいねー、観よう観よう! と乗り気だ。

 ここで俺だけが無駄に抵抗するのもおかしな話だろう。変な誤解を生みかねない。

 俺は嬉々として端末を操作し、動画を流す準備を進める野々田の姿を、遠い眼で眺めるのみだった。




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