第17話 迷う男
初めて知った。迷いは力を奪うのだと。
「おいおい、急に押され始めてねえか!?」
「スタミナ切れか!? 気合入れろや、馬鹿野郎この野郎!」
俺は戦いに集中すると戦闘に必要なこと以外の音が耳に入らなくなる傾向があった。
だが今は外野の声がしっかりと聞こえてしまっている。本格的にまずい。
まずは己を立て直さねばならない。このことはわかる。だが、何分初めての経験なので対処法がわからない。
思考能力さえ鈍ってしまった気がする。最初はこの脳みそを正常に再回転させることが急務と思えた。
「ちいっ!」
反撃ができない。攻撃をしようとするとなぜか力が抜けてしまう。
いや、理由などわかってる。そして、今はそのことに関して深く考えてはならないこともわかる。
こちらからの攻撃が不可能なら、近い間合いにいつまでも留まっている必要などない。
まず距離をとることを俺は心の中で選択した。
ただ、まっすぐ後退するワケにはいかない。後ろには今も「どうする!? 加勢するか!?」「いや、まだちょっと待て!」などと言い合っている連中がいる。
となれば左右のどちらかで、俺は左を選択した。相手の右腕が危険なのであるから、本来は向かって右に向かうのが正解である。敵の攻撃範囲外に逃れやすい。実際、敵の攻撃から逃れるというよりかいくぐるといった感覚に近いが、こちらへと進むことに目的があるのだった。
防戦一方となった俺に対し、ソードグリズリーは口から涎をまき散らしつつも興奮した様子で猛攻を繰り返してくる。ついさっき俺に刻まれていたというのにゲンキンなものだが、これがモンスターというものである。そもそも攻撃が無理なので回避に専念すれば何とかなった。
やがて目的のものが見えてくる。
断崖であった。
上空にいた時に確認済みであった、川の流れによって浸食を受けえぐられたような地形だ。
そこへ誘う。
バレないよう上手くやらなければ……、との考えが頭に浮かんだが、モンスターは一度戦闘状態に入ると自己保全のための行動がほぼ見られなくなる生物である。そのことを俺は身をもって経験していた。
今も血走るその
が、念には念だ。俺は攻撃の一つ一つを目的地の方角へと避けていく。まっすぐではなく、できる限り蛇行してジグザグに。幸い、ようやくと腕にも力が戻ってきつつあった。しのぐのが容易になる。
20は攻撃を躱しただろうか。断崖まで残り50メートルほどの位置に到達する。
変わり映えのない荒地の中ですとんと道がなくなっているため、事前に上から見ていなければ俺も気づけなかっただろう。
ここで俺は、わざわざよろけてみせる。疲労によって一時的に足の力が抜けたみたいに。
初めての演技ではあったが、上手くいったようだ。
ソードグリズリーが大好物を見つけたかのように身体ごと跳びこんできた。
吠えながら突き出される右腕、その巨大剣を跳んでかわし、着地と同時に身体を入れ替える。ダンスの要領だ。これも動画で観たことしかないが、不安定なところに腕を引っ張って回転を加えてやるだけ。
そして素早く腰の携帯バッグに手を入れて、つかんだ中のものを出す。2個の手投げ爆弾である。安全ピンを2つまとめて押しこみ、素早く安全ピンを抜きつつソードグリズリーの腹部の毛の中に潜りこませるように置く。
触れてわかったが異常に毛が硬い。針金かと思えるくらいだ。そんな中に潜り込ませたのである。しかもご丁寧に俺の大剣で傷をつけた個所だ。落ちる心配はない。
下がり際、俺は大剣を盾のように前方へ構える。
直後の大爆発。ラボ特製の対モンスター用爆弾だ。対人間用とは威力が何倍も違う。バックジャンプで俺の身体がまだ空中にあったせいもあって吹っ飛ばされた。
実に半年ぶりくらいにラボの武器を役立てた気がする。
そして俺はというと、吹っ飛ばされた勢いに逆らわず接地と同時に自分から転がって2回転ほどしながら立ち上がった。即座に構えもするが爆風によって舞い上げられたチリと埃で相手の姿が視認できない。
崖から転落させられたかと思うのも束の間、やがてそれらが晴れると腹部をえぐられた超巨大熊が姿を現した。これがただの猛獣であれば絶対に致命傷だろう。内臓が見えるくらいの傷である。ここで万が一生き残ったとしても、数日のうちに衰弱死すると思えた。だが、相手がモンスターでは希望的観測にすぎない。
とはいえ、崖際には追い込んだ。さらに爆破の音と衝撃で朦朧としているかのようである。動きが見られない。
俺は再度バッグの中に手を入れ常備3個、つまり最後の手投げ爆弾を起動し投げつける。
今回は爆破の結果が良く見れた。着弾は顔面付近。防御態勢もとらなかったソードグリズリーは後方へ吹っ飛んで崖に消えた。
俺は一応警戒しつつも崖際まで行き、下をのぞき見る。崖下はやはりか川が流れていた。
落差は相当であり、川も急流であるせいか落下した筈のソードグリズリーの影も形も発見できない。流されたか、あるいは沈んでいったか。
いずれにしても脅威は去った。
俺はいつの間にやら深く深く息を吐いていた。
◇
生来の肉体で俺は眼を醒ましてベッドから起き上がった。
戦闘は終わったというのに緊張が抜けない。平たく言えばずっとドキドキしている。
アストラル体放出遠隔固定機使用後の確認作業もほとんど無意識、無自覚のままこなした。
毎回のルーティーンが終えて、
「おい、眞栄城。お前大丈夫か?」
「……え? ええ? だ、大丈夫だよ?」
我ながらヒドイ受け答えだなと思った。大体からしてなぜ疑問形になってしまったのか。
太田さんは一度溜息を吐いた。
「あのなぁ、眞栄城。そんな返答を聞いて心配しないヤツはいないぞ」
「…………」
だよなぁ、と思いつつ今度は返す言葉が見つからない。
「……今回のモンスターは手強かったようだな。お前が相対しながら敵を倒し切れないとは、私は初めて見たぞ」
「そ、そうだったっけ?」
俺の撃破率は実のところそれほど高くない。……ハズである。
ただ、救援部対策課に移動してから、於保多さんが担当となってからは確かにただの一体も逃してはいないのかもしれない。
「正直言って……、お前らしくなかったな」
「…………」
またしても俺は返す言葉を失う。俺らしさってなんだ? とも頭の中で疑問に思ったりもするが、要するにいつもの俺から受ける印象とは違うって意味だということはわかる。
「申し訳ないよ。倒せなくって」
於保多さんは、やや大げさに手と首を横に振ってみせた。
「何を言っているんだ。いつも言っているだろう、ここは救援部対策課特別室だ。助けることが第一で、敵を倒すことは二の次だってな。その意味でお前は完璧に任務をこなした。4名の要救援者、その全員が無事だったのだからな」
「……そういやそうだったね」
転属したての頃は於保多さんによく言われたものだった。無理に敵を倒さなくてもいいんだぞ、と。
単純に逃げるより打ち倒してしまったほうが楽だったからだが、今日は楽ではなかった。
「私が言っているのは今日の眞栄城の戦闘の様子だよ」
「やっぱり今日も観てたんだね?」
俺が戦闘中にゴーグル型端末をかけなくてもいいと許可されている理由の一つに、ほぼ必ずと言っていいほど観戦者の存在があるということが挙げられる。今回もそうだったが、俺の救援を呼んだ人たちのことだ。
「ああ、今回はお前の同期でもあるリューの視点を借りた」
「へぇ、同期がいたんだ?」
「気づいていなかったのか。彼はお前の戦いを実況してくれていてな。なかなか巧みだったぞ」
余計なお世話だなぁとも思うが、於保多さんの話の核心はここからであった。
「中盤までは完全にお前が押していた。確実に独壇場だと思えたよ。だが、突然それが崩れた。何があったんだ?」
俺は再び二の句が継げなくなる。
言えるはずない。
あの時脳裏に突然浮かんでしまったのはあの日の強敵ドラゴンと、その後に出会ったチビドラゴン。
そして連動し思い至ってしまった。
眼の前のソードグリズリーにも腹をすかせた赤子がいるのではないかと。
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