第18話 迷う男 part2




 黙りうつむいてしまった俺に、於保多さんは言葉を続ける。


「……まぁ、お前の不調もわかる」


「え?」


 ギクリとして俺は反射的に顔を上げた。


「急にうちの会社、いや、マインナーズの急先鋒にまつりあげられてしまったんだ。気負うのも無理からぬ話だろう」


 於保多さんは腕を組んで、いわゆるしたり顔ってヤツでしきりに頷いている。

 まさかバレたのかと思ったので俺自身としてはかなりホッとした。恐らく於保多さんは俺が急な状況の変化によるプレッシャーのせいで、調子をくずしていると判断しているようだ。

 悪いがまったくの勘違いである。実のところ俺は、プレッシャーどころか重荷すら感じていない。

 いや、ひょっとすると自分でも気づかない内に微細な影響を受けているのかもしれないが、少なくともさっきの戦闘にはない。

 アレの原因は明白だった。ただ、それは俺の中で明白なだけで、他人にわかることではない。だから、於保多さんが的外れな推測をしても無理のないことであった。


「しかし、出撃前にも言ったが根を詰めすぎなようだな。今、結果がきたぞ。お前の強化調整体のコンディションは今日の出撃前と何も変わっていない。つまり先の戦いの不調は肉体的なものではなく、精神的な疲弊に原因があるものと考えられる。眞栄城、自主練をやめろとは言わん。だが、毎回というのはさすがにもう許可できないぞ。今日もだ。任務に出た日は遠慮しておけ」


「そ……、そうだね。わかったよ」


 勘違いしてくれるならありがたいことだった。無理に訂正しない方がいいと判断し、俺は於保多さんの意見に対して素直に従う形をとる。

 日が開いてしまうのは正直不安だが、あのチビドラゴンなら大丈夫だろう。食事を持っていくといつも嬉しそうに食うが、腹を空かせている様子は特に見らなかった。


「モンスターってさ、一体なに食ってるんだろうね……?」


「ん? ……おいおい、私たちだろう。というか、私たちの強化調整体なのだろうよ」


 意図せず口から自然に出てしまった言葉なのだが、於保多さんは律儀にも答えをくれる。


「いや、それはわかるんだけどさ。俺たちだって毎日行くワケじゃあない。ましてや毎度毎度やられてるワケでもない。となると、普段なにを食っているのかと思ってさ」


「ふーむ、確かにな」


 於保多さんは腕を組んで考える仕草をしてから続ける。


「思うに、モンスターはモンスター同士で喰い合っている……のではないかな」


「うえっ、共喰いか」


「必ずしも共喰いとは言えないかもしれん。モンスターも様々な種類がいるからな」


「あ、そっか」


 深く考えず一緒くたにしてしまった。於保多さんの言う通り、モンスターの種は多岐にわたり、個体差も激しい。


「……というか、モンスターの生態に興味があるのなら、ラボの仲佐古なかさこ研究員に詳しく聞いてみればどうだ?」


「へっ? リオさんに? いや、迷惑でしょ」


 彼女とて忙しいだろうしな、という考えで俺は返答する。

 が、於保多さんは自信を持った感じでやや大げさに首を横に振った。


「そんなことはない。彼女はそういったアドバイザー的な役割も担っているんだ」


「え? そうなの?」


 初耳だった。


「ああ、そうだ。言わば俺たちマインナーズの疑問に答えるのも彼女の業務の一つなんだ」


 考えてみれば、リオさんは俺が何かしらの疑問を投げかけたりすると少し嬉しそうに、にこやかに答えてくれていた。気さくな人だなと思っていたが、あの表情には自身の業務を遂行しているという純粋な満足感みたいなものが含まれていたのなら納得だ。


「なるほどね」


「気になることがあったら積極的に質問した方がいい。何しろ、俺たちの小さな疑問点が、モンスター攻略の糸口となる可能性もあるのだからな」


「ああ、そういうこともあるのか」


 確かにそれはそうだろう。戦いにおいて相手の弱点を知ることは最重要だ。

 俺は意図的に敵の死角などを突く戦法を使用しているがあくまでも独学、いや、単なるフィーリングに近い。いわゆる自己判断だ。専門家の太鼓判がもらえるならばそのほうがいい。


「それに、お前は現場に出ているんだ。そして彼女は研究職。今やお前もウチ一番の実績があるのだから、そんなお前の質問は仲佐古研究員にとっても金言となる可能性が大いにある。遠慮なくぶつけてこい」


「そっか。わかったよ、行ってくる」


 その後、勤務時間を終えて、俺は帰路につく前にラボへ向かった。




「モンスターの生態についての解説? もちろんいいわよ! まかせて!」


 ラボに着いて事情を話すとリオさんは快く、というか嬉々として引き受けてくれた。

 於保多さんの言った通りだった。元々面白半分で他人をノセようとする人とは思っていなかったが、内心ホッとする。

 リオさんは手元のタブレット端末を操作して、ラボの待合室兼談話室の壁に簡単なモンスターの内部構造を表示させた。かなり簡略化された図で、まったくグロくない。


「まず断っておくけど、モンスターの研究は発展途上もいいところよ。わかっていることは少なく、ほとんどが仮説に基づいたものであると認識しておいてね」


「わかりました」


「最初は、何を食べて生きているかってことよね。外界には食料となりそうな植物は、もうほとんどないもの。草食の大型動物、あるいはモンスターがいるとは到底思えないわ。いたとしても小型で、土の中に潜んでいるのでしょうね。でも、それだけであの巨大な肉体を維持できているとは到底思えない。普段、何を食べて生きているのかと考えるのは、当然の疑問でしょうね」


 俺はリオさんの声に肯く。実は本当に知りたいことはコレではないが、疑問には前から思っていたものだった。

 彼女は続ける。


「結論から言うと、於保多室長の推論はほぼ正解よ。討伐されたモンスターのお腹からは君たち強化調整体の肉体の一部や、他のモンスターの成れの果てが発見されたわ。全体からして約3分の1ほどは、ね」


「え? 3分の1? 残りの半分以上は?」


「お腹どころか消化器官のどこにも、何も発見されなかったわ」


「い!? ってことは、アイツらはほとんどがスキっ腹だってこと!?」


 リオさんが肯いた。


「ええ、そうよ。食べ物は摂取されると数日間は体内に残るハズだから、少なくともそれ以上の期間、固形物を口にしなかったということになるわね」


「そんな状態で俺たちと戦っているってことか……」


「そうなるわね。数日以上、下手をすると1週間かそれ以上に何も食べていない可能性もある状態なのにあそこまで暴れられるのにも驚きだけれど、私にはあの巨体を維持できている方がちょっと信じられないわね」


 リオさんは諸手を広げてから、やや大げさに首を振る。

 俺は何か言い返した方がいいかと思い、刹那的に頭に浮かんだことを口に出してしまった。


「でも、ゾウとかサイとか、肉を食っていなくとも巨大で力強い生物はいるんですよね?」


「そういうのは草食動物といってね、確かに肉は食べないけれど草や葉を摂取することで腸に棲んでいるバクテリアなどが肉体を強く、大きくする成分、栄養素を提供してくれるようになっているの。ただ、やっぱり効率は良くないから、起きている時間のほとんどを食事の時間にあてていなければならないわ。大体からして、栄養素を得る機会が少ないのに活動的なのもおかしいけれど、問題はあの攻撃的なフォルムよ!」


「フォルム……ですか……?」


 どうにもリオさんのテンションがだんだんと上がってきているようだ。


「ええ! 爪とか角とかびっしり、しかも大きなものがはえているでしょう!? 野生動物にとって爪とか角とかって普通はただのリスクなのよ!」


「リスク? あれ? でも、今までの生物にだって大きな爪や角を持ったヤツはいましたよね? たとえば……、鹿とか」


 なぜか俺の頭に浮かんだのは、旧世界の奈良という地方の光景であった。


「鹿は大抵が骨粗鬆症だったの」


「え? そうだったんですか?」


「他の動物であれば骨に行くであろう栄養が角に回っていたからね。でも胃が複数あるから木の皮だって食料にできるくらい鹿は消化能力が高いので、何とか修復しつつやっていけたのよ」


「つまり、使ったそばから補充できていたっていうワケですか?」


 リオさんは一度パチンと手を叩き、俺を両手で指差す。


「その通りよ! だから、ほとんど何も口にしていないハズのモンスターたちがあそこまで動けているのがもう既に謎なの。正直、説明不能よ。これまでの地球の生物上とは常軌を逸してる存在なのかもしれない」


「ひょっとして、何かを食う以外の方法でも栄養分を補給できているんですかね?」


 またもパッと頭に思い浮かんだことを口走ってしまったのだが、リオさんが眼を剥いて俺のことを見つめてくる。


「……ど、どうかしたんスか?」


「君ってやっぱり地頭が良いよね……。あ~あ、眞栄城クンが知識さえつけてくれたら良い研究仲間になれると思うんだけどなぁ……」


「…………?」


 最後の方は何を言っているのかイマイチ聞き取れなかった。

 まぁいい。俺は話題を次へと進ませる。


「あの、リオさん。もう一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」


「……ん? もちろんよ、なぁに?」


アイツらモンスターって、どうやって増えてるんでしょうか」


 俺の質問に、彼女は一度溜息を吐いてから答えた。


「それもまったく研究が進んでいないモノの一つね。なにしろモンスターの幼体どころか産まれたばかりの個体すら、まだ私たちは発見できていないのだから」


 これが、今の俺が最も知りたい事柄であった。




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