第16話 悩む男part2
「リュー! まだ走れるか!?」
「はっ、はいっ! 親分! まだ大丈夫です!」
4人の強化調整体が赤茶けた大地の上を走り抜け、その背後を一体のモンスターが追い駆けていた。
親分と呼ばれたチームリーダーが先頭で、リューと呼ばれた者が最後尾である。
「じゃあもっと足動かせよぉ、馬鹿野郎この野郎!」
「君がやられる悲鳴なんか、誰も聞きたくないってことだよ! もう少しだ、がんばれ新人!」
「りょっ、了解でーす!」
他のチームメンバーからも叱咤激励を受けるリュー。
彼が気にかけられるのは新人以外にも理由があった。
彼の強化調整体は馬型なのである。上半身は人型に限りなく近く、特に顔面は彼本来の端正なマスクに非常によく似ているのだが、下半身の特に両足が馬のもの、つまりは人間からすれば逆関節と呼ばれるものだった。
当然に人間のものとは動かし方が異なるため、習熟には時間がかかる上に最初はバランスをとることさえ難しい。更に最高速度こそ期待はできるものの、スタミナを消費しやすいという欠点がある。
気を抜けば他に遅れるのは必然と言えた。
そもそも追い駆けてきているモンスターがもっと素早ければ、とっくにチーム全員追いつかれていたに違いない。今、彼らとつかず離れずの距離にいるモンスターは全長こそ6メートルを超えるくらいであったが、ずんぐりとしていて手足が短い。しかも走行に使うのは3本だけであった。
チームメンバーの声で気合を入れ直したのか、リューは仲間たちに追いつく。
「よぉし、その調子だ、リュー! 馬鹿野郎この野郎!」
「親分! もうすぐです! もう少しで救援部からの到着予定時刻になりますよ!」
親分呼びされたチームリーダーが走りつつも空を見上げた。
そして、いささかに表情をほころばせつつ、その顔をリューに向けた。
「おぉし、間に合った! リュー、今から救援に来るのはマインナーズに選ばれて一年目の新人、つまりはお前の同期だ!」
「同期、ですか!?」
見上げると、分厚い雲の層を抜けて一人の影が落下してきているのがわかった。
前回と違い通信可能距離限界まで余裕のある場所であったため、俺は雲を抜けてすぐ目標を確認できた。
「於保多さん、要救助隊を目視で確認したよ!」
前回と違って降下位置がドンピシャだった。これも通信可能距離内である恩恵と言える。とはいえ、ここまで眼と鼻の先とは珍しい。
俺は急いでゴーグル型端末をつけて通信を行った。
「よし、ではダイゴ頼んだぞ! 敵はソードグリズリーだ!」
「了解! それじゃあ通信終わり!」
俺はそれだけ言って端末を外し、元のバッグの中へと戻した。
正直、俺の戦い方は荒い。
動きの量だけで言えば、近距離戦を始める前と後では比べようもないくらいに増えた。
そのせいか戦闘の最中に外れて落としてしまったり、あるいはぶつけてしまったりと、俺はもう2度もこのツールを壊してしまっている。1度目は修理で済んだものの、2度目は完全破壊だった。
うちの会社において全ての装備品はレンタルか買い取りである。指定装備品なしで出撃するのはご法度なため、壊れたら弁償か再購入でいずれにせよ給与天引きとなる。さすがに3度目はやりたくない。
ソードグリズリーに関する説明は既に受けて知っている。
ここら辺を荒らす超危険なモンスターの内の1体だ。
外見は赤い毛皮の巨大な熊といった様相だが、右腕の肩から先を分厚い甲殻がおおい、更にその先の爪が変異し長く伸びて1本へと合体、変質し腕部の甲殻と融合を果たした巨大剣のような形となっている。
毛が硬いのか、はたまたその下の皮が硬質であるのかはわからないがほとんど全ての銃弾をはじき返し、中でも右腕の甲殻は対戦車ライフルの弾ですら防ぎきってみせたという。そりゃあ危険視されるワケである。
強敵を前に俺のテンションは上昇しつつあるのがわかった。自分を落ち着けさせる意味もあり、俺は周囲の地形に眼を配る。
こういうのは上から確認できるうちが花だ。
どうやら前回のと違ってずいぶんと起伏に富んでいる。くぼみやへこみが多い。万が一にもハマって追い込まれるようなことは避けたい。
また、少し離れた場所には底が見えないほどの深い崖が見える。周辺より低い位置にあるので、川などの水の流れによって浸食されたのだろう。今も水があるのかどうかはわからないが。
さて、そろそろ地表なので俺は武器を構える。
次いで、いつものように大剣の切っ先を真横に向けて思いっきり振るった。逆風が発生し俺の身体は一瞬ふわりと浮く。
そして着地する。
だが、ここからが本番だ。それに今回のように要救援者たちの眼の前に着地すると決まって起こることがある。
普段パラシュートで降りる彼らにとって俺の着地方法は不可思議かつ衝撃的であるらしい。今回も恐れた通りだった。
「足が止まりかけているぞ! 呆けるな!」
はっとした彼らだったが、ソードグリズリーは既にそのすぐ背後にまで迫っていた。
名の由来となる右腕の巨大剣は本体の全長の半分ほどの長さがある。つまり、2メートル超程度の俺の大剣よりも1メートル近く長い。それの届く間合い内にまで余裕などもはやなかった。
俺は全速力で駆けると要救援者たちの間を通り抜け、ソードグリズリーの眼前に到達。
驚いたモンスターは即座に、恐らく反射的に俺に向かって右腕の巨大剣を打ち下ろす。
「むんっ!」
対して俺はここまでの勢いものせて全力で大剣を振り上げた。
まずは小細工なしの真っ向勝負。相手の攻撃に掛け値なしの全力をぶつけてみる。
とてつもなく重い。
俺は即座に正面衝突から受け流しの方向へと思考をシフトする。パワー勝負は負けだ。だが、強化調整体であっても純粋な力と力でモンスターに対して上回れることなど滅多にない。
そもそも倍以上の体長の差があるのだ。体格差と体重差に関しては言うまでもない。
力の方向を逸らせてやった巨大剣が大地に深く突き刺さった。
「援護は不要! 俺たちから距離をとってくれ!」
俺は視線を敵から外すことなく後ろのマインナーズたちに指示を飛ばした。
こういった状況でも俺から援護を願う時もあるにはあるのだが、前回と違って今回は相手の全長が6メートルほどしかない。俺は相手のすぐ至近距離でウロチョロしながら戦う。この程度の全長差だと誤射が怖い。おまけに並大抵の銃弾ならばはじき返すというのだから、跳弾の危険も考えられた。
「了解だ! 後は頼むぜ、エースさんよ!」
もっとも、素直にこちらの指示に従ってくれるかどうかは相手チームリーダーの気質による。今回は当たりのようだった。
まぁ、ハズレの場合は於保多さんに説得を頼むことになる。あけすけに言ってしまえば怒鳴りつけてもらうワケだ。
「親分! むこうに岩場がありますよっ!」
「おうっ! 野郎ども、あそこに隠れるぞ! リュー、お前ゲームの実況解説をしていると言ってたよな!? 彼の戦闘動画を録画しながら同じようなことをしてみやがれ!」
「は!? 親分、それは無茶ぶりですよ!」
「いいからやってみろ! モノは試しだ!」
前言撤回。当たりかどうかは微妙なところだ。
とはいえ邪魔しなければ及第点か。などと思うことにしよう。
気持ち的に若干引っかかるものはあるが、戦いに集中していれば次第に雑念は消える。いつもそうだった。
「ぐるぅオオ……!」
真っ赤な巨熊が右腕を地面より引き抜きつつ
次いでソードグリズリーはそれを、自身の胸を張るかのようになるまで大きく振り被ってみせた。
巨大剣の角度、その向きが変わる。俺は敵が袈裟斬り、俺に対して斜めに斬り下ろしてくる剣閃を予測した。
「ぐぁオッ!!」
果たして予測通りの攻撃がきた。それを俺は向かって左に、剣閃が来るほうによける。
当然、こちらのほうが難易度も危険度もハネ上がる。が、あらかじめ振るわれる攻撃の軌跡がわかっているのなら、さほど難しいことではない。そしてあそこまで振り被っていたのだから、剣戟のそれを、今更軌道の変化をつけることも不可能だ。
であれども俺は油断はしない。俺はモンスターのすぐ脇を駆け抜けつつも大剣を横に振るった。
「ぐゥウッ!?」
いわゆる胴抜きと呼ばれるテクニックである。動画で観ておぼえた。
そしてちゃんと斬れていた。腰もしっかりと入れていなければ全力をこめてもいないので、表面がえぐれただけかもしれないがこれで俺の大剣が相手に通じると確信できる。
「ほっ!」
もう1つ確かめたいことがあり、俺は即座に反転しつつ跳んで間合いを詰める。狙いはあえての、敵の右腕。
横薙ぎの俺の攻撃を、ソードグリズリーは肘のあたりを使ってガードする。
ガイン、と正に硬質そのものの音が鳴る。見れば、傷はつけたものの甲殻の表面だけだ。あの奥に幾枚かが重なっていることも考えられるため、やはり右腕狙いは得策ではないようだ。斬り落とせるなら斬り落としてしまえばその瞬間に勝ちが確定するのだが、さすがにそう簡単とはいかないらしい。
とはいえ、だ。
「うがァアッ!!」
振り払うようなソードグリズリーの攻撃を俺は屈んで躱し、斜めに斬り上げる逆袈裟の攻撃を返した。敵の右脇腹から左肩付近まで赤い線がはしり、鮮血が噴き出す。
「ぐォオオアッ!?」
さっきよりも深く入れた。ソードグリズリーはのけぞり、数歩後退する。
正直、俺は少しガッカリしていた。
今の世界で、俺と同じ戦い方をする者はいない。なので、俺は過去の本や動画、なによりゲームを参考に今の自分自身の動きを構築してきた経緯がある。
そんな俺にとって、今回の敵は俺自身の実力を測る良い相手になると思っていたのだ。
もちろん、モンスターが人間とまったく同じ動きを行うとは思っていなかった。しかしそれでも同じような武器同士、動きが似るのではと期待していたのである。
結果として、動きは似てはいた。しかし、次元が違う。ソードグリズリーのそれは単なる力任せの、身体能力で振り回しているだけのものにすぎない。こちらの対応を考えていない、ただ襲いかかるだけ単調な攻撃としか思えなかった。
今も連続しての猛攻も俺は難なく処理し、そしてその1つ1つに反撃ができていた。
元々の赤い毛皮は血の色によってさらに鮮明となっている。
ソードグリズリーはよろけ、意思とは別に後退していく。深くはなくとも既に10回以上は斬りつけた。いかにモンスターがタフであっても弱るに決まっている。
もう終わらせるべきだ。そう考えて俺は突撃する。
あせって突き出されたであろう右腕を跳んでかわし、頭部を狙って振り下ろす。
瞬間、俺の中でくすぶっていた何かが、突然思い出された。
顔面を真っ二つに割るべく振り下ろしたハズの剣がはずれて左肩を深く斬った。骨も断ち、左腕を落とさせかけたものの問題はそこではない。
本来の狙いから大きくはずしたこと、そしてその原因こそが問題だった。
一度後方に大きく跳んで、俺は心の中で原因を探る。本当は頭を抱えて目もつむりたいくらいだったが戦闘中にそれはできない。
「ぐゥウウウウ……!」
ソードグリズリーは唸るだけで攻撃をしかけてこない。
俺を警戒してか、あるいは左肩の傷はかなり深いであろうから回復に専念しているのか戦闘に一時の空白が生じる。
おかげで、ようやく見つけた。
俺自身があの一瞬で何を思い出したのかを。
前回戦ったモンスター、あの時戦ったドラゴンと、そしてドラゴンの子供のことであった。眼の前のコイツにも、そういった存在がいるのかもしれない。
そう考えてしまった。そう想像してしまった。それだけでもうダメだった。
自分の中のテンションが急にガタ落ちていくのがわかる。力が抜ける。手足の感覚が鈍い。集中力が保てない、続かない。
まずい、本格的に。
戦いが再開しても、俺は押され始めていた。
そして気づく。俺は今、迷っているのだ。
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